第36話『闇夜に紛れるモノ』
ゼロさんから言われた手前、俺が見張りを買って出るわけにもいかず、俺はテントの中で持ってきた布にくるまった。
やがてうつらうつらしてきた頃、どこからか妙に低い音が聞こえてきた。まるで蜂が耳元を飛んでいるような、耳障りな音だった。
「……お前ら、テントの中に隠れてろよ」
何だろうと思った矢先、ゼロさんの低い声も聞こえてきた。隣のルナも目を覚ましているらしく、不安そうな顔を見せていた。
「ゼロさん、魔物なのか?」
「いや、そういうわけじゃねぇ」
下手したら、もっとタチが悪い奴かもな……なんて言葉も聞こえたけど、俺とルナは言われた通り、テントの中で布を被って身を隠す。
その直前にちらりと見えたのは、夜空に紛れるように飛ぶ紅い点だった。それこそドラゴンの瞳か何かだと思ったけど、あれは魔物じゃないか?
「……行ったか。お前ら、もういいぞ」
しばらくすると、ゼロさんが声をいつもの調子に戻しながら言った。テントから恐る恐る顔を出すと、そこには少し前となんな変わりのない星空が広がっていた。
「さっきの音、なんだったの?」
俺が空を見上げながら呆然としていると、テントから同じように顔を出したルナがそう口にする。ゼロさんは「ああ……」と、言い淀みながら続ける。
「今のは、リシュメリアの飛行艇だな。全く、人の国の空を我が物顔で飛びやがってよ」
たき火の灯りに照らされたゼロさんの顔が、苦々しく歪んだ気がした。
「リシュメリアって……?」
その様子を見て、ルナがおずおずと口を開く。
ルナも俺と同じで、この世界に4つの大陸があるという知識はある。でも、俺もリシュメリア大陸に関しては詳しいことは知らない。
というか、村の勉強の時間でも詳しいことは教えてくれなかったんだ。俺たちの住むラグナレク大陸を含めた、3つの大陸の話ばかりで。
「俺も何度か行ったが、他の大陸のどこよりも機械技術の発展した国だ。それこそ、さっきみたいな飛行艇を自在に乗り回すくらいのな」
「飛行、艇……?」
初めて聞く単語だった。先も言ったけど、リシュメリア大陸については、ほとんど何も知らないから。
「おう。お前らも知っての通り、大陸間の移動は本来、ゲートという装置を使い、各国の管理の下でやるもんだ。リシュメリアは飛行艇という独自の技術を使い、好き勝手に世界中を飛び回って交易している。他の国がやめるよう言っても、お構いなしだ」
もう何も浮かんでいない空を見上げながら、ゼロさんは言う。
「……よくわからないけど、決まりを守らないのは良くないよね」
「そうだ。例え話だが、ルナが普段買っているリンゴより安くて旨いリンゴが別大陸から入ってきた場合、どうする?」
「おいしいのなら、たぶん安いほう買っちゃうと思う」
「だろ。そうなると、この国のリンゴ農家はどうなる。いくらリンゴを作っても売れなくなって、廃業だ」
「あ……そっか。そうなっちゃうね」
「そうしないために、ゲートを通じて輸入されてくる交易品には税金をかけて、国内に流通している品と金額差が出ないように調整するのさ。国の産業を守るためにな」
「じゃあ、リシュメリアが勝手に品物を持ち込んだりしたら……」
「その仕組みが無視されてしまう。大変だろ」
わかりやすい例えだった。つまるところ、ゲートはバランスをとるものだから、その枠組みの外にいるリシュメリアという国は厄介だ……と、ゼロさんは言いたいんだろう。
「で、言い方によっちゃ、リシュメリアはどの国からも監視されずに暗躍してるってことになるわけだよ。そう言う意味で、俺はあいつらが臭いと思っている」
「え、臭いって?」
「……リシュメリアが、お前らの村を襲った連中かもしれないってことだ。
ゼロさんは一転、真顔になって言う。なるほど。だからリシュメリアの飛行艇が上空を飛んでいた時、とっさに隠れてろって言ってくれたわけか。万一にも、俺たちが見つからないように。
「俺はラグナレク国王として、何度かリシュメリアの皇帝にも会っていてな。その時に従えてた兵士がセレーネ村で見たのと同じ格好でよ。うすうす気づいてはいたんだが、意気消沈していたお前らに伝えるには、なかなかに酷だと思ってよ」
確かに、村から命からがら逃げだしたばかりの俺たちに『お前たちを襲ったのは空飛ぶ船を持つリシュメリアだ』なんて話をされたら、より一層の絶望に打ちひしがれていたかもしれない。
「……今更の話になるが、俺はウォルスから月のペンダント入手の経緯を聞いた時から、リシュメリアを怪しいと踏んでいたぜ?」
「そう……なのか?」
「おう。そのペンダント、でかい箱に入って、周囲に何もない草原のど真ん中に落ちてたんだろ。あの辺りに巨大な鳥の魔物やドラゴンが出没したって報告は受けてねぇし。そうなると、飛行艇から誤って落としたって線が濃厚だ」
突拍子もない話だけど、ゼロさんの言い分は筋が通っている。俺たちがペンダントを見つけた数日後に、奴らは村を襲ってきたんだし。無関係というなら、手際が良すぎる。
そしていざ村にやってきてみると、一足先にルナが月の巫女に選ばれてしまったから、村を襲ってまでルナを捕まえようとしたわけか。あのペンダントに一度選ばれてしまうと、引き離すのは無理みたいだし。
「……じゃあ、いつ空から襲われるかわからないってこと?」
ルナが空を見上げながら、不安げな声を漏らす。思わずその手を握るけど、俺の中にも一抹の不安があった。
「その辺は心配いらねぇ。前も言ったろ。この国にいる限りは、俺が手出しさせねぇよ。いくら、相手が空飛んでこようともな」
その時、心の底から安心できる声色で、ゼロさんが言ってくれた。その自信にあふれる顔を見ていると、胸の中の不安が解けていくような、そんな気がした。
この人が味方でいてくれて、本当に良かった。
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