第35話『いざ、釣りタイム』
その後、ルナは僅かな時間で大量の虫を捕まえて戻ってきた。ガサガサと音がする麻袋を手に、「これで釣りができるよね」と、心底嬉しそうで、隣のゼロさんは正直少し引いていたが、腹が減ってはなんとやら。俺たちは三人並んで、川に向かって釣り糸を垂れることにした。
「くそー、またエサだけ取られた」
「俺もだ」
ゼロさんが釣りの経験があるということで、教えてもらいながら見よう見まねで釣り竿を動かすけど、どちらも釣果はさっぱりだった。
「経験あるとは言え、何年も前にオルフェウスで釣ったのが最後だからな。感覚なんて鈍りまくりだぞ」
悔しそうに言いながら、針に新しいエサをつける。川の中を魚が泳いでいるのは見えるのに、まるであざ笑うかのように釣れない。
「あ、また釣れた!」
一方、ルナは早くも二匹目を釣り上げていた。それを見たゼロさんが「月の巫女様は釣りも得意ってか」と、俺にしか聞こえない声で言っていた。
「なぁ、ルナってもしかして釣りしたことあるのか?」
思わず聞くけど、「ううん。ないよ」とあっけらかんとした返事が返ってきた。思わず「ないのかよっ!」と、ツッコんでしまった。
「ソーンさんが釣り好きだったらしくて。小さな頃にやり方だけ教えてもらったことがあるの」
「本当かよ。セレーネ村の近くには釣り場もねーのに、よくやるぜ……」
川に仕掛けを入れながら、ゼロさんがぼやくように言う。俺も記憶をたどってみれば、教会の前に水を張ったバケツを置いて、そこへ向かって何かを投げ入れる練習をしているルナを見た覚えがある。もしかして、あの時は釣りの練習をしていたのか。
「ソーンの奴は元々エルフの森出身だからな。森の中に魚のいる泉でもあって、昔から釣りしてたんだろうよ」
釣り竿の先から目を逸らさないようにしつつ、ゼロさんが続ける。
普段気にしないから忘れていたけど、ソーンさんはエルフ族で、見た目に反して年齢はかなり上だった気がする。俺やルナと出会う前にも、色々な所を旅していたのかもしれない。
「また釣れたよ。これで三匹目だね」
……そうこうしているうちに、ルナが三匹目を釣り上げて、昼食の食材が揃った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
釣りの道具を片付けて、食事の準備に取り掛かる。落ちている薪を適当にかき集めて、俺の魔法で火をつける。相変わらず、火おこしは一瞬だ。
「ウロコと内臓を取って川の水で洗って、それから……」
一方のルナはゼロさんから魚の調理方法を教わっていた。魚が滑るのか、四苦八苦しているみたいだ。
「さすがのルナも、魚の捌き方は知らなかったみてーだな」
「だって、高級食材だし……見るのも久しぶりなんだよ」と、おっかなびっくりで魚に触れるルナと違って、ゼロさんは生き生きとしていた。見た感じ、手慣れてるし。
「この状況だし、枝に刺して塩焼きにするか」
続けて、ゼロさんはそう言いながら手頃な枝を探す。普段魚を食べることがないし、それでも十分贅沢な気がした。
「そうだ。せっかくだし、オサシミ作ろうか?」
そんな折、ルナが悪戯っぽく言った。作り方も分からないだろうし、例の黒いソースもないので、「いや、さすがにオサシミはいいよ」と断ると、ゼロさんは「お前らの口からサシミの名前を聞くなんてなー」と、驚いた声を出した。
俺が先日の食堂で注文してしまった旨を伝えると、「美味いよなアレ。酒進むしよ」と酒瓶を持つ仕草を交えて言われた。まだ酒は飲めないからわからないけど、合うのかな……?
※ ※ ※ ※ ※ ※
焼いた魚で昼食を済ませて、更に街道を南下する。時々魔物が現れたけど、俺とゼロさんでなんなく撃退することができた。
また、俺たちのような旅人を標的にした商人に声をかけられたりもして、最初の方こそ、「旅の方、何か御用入りのものはありませんか?」と柔らかい態度だったけど、品物を並べだすと段々強い態度で出るようになってきた。
野菜や果物、水といった必需品や防寒具の類を売っていたのだけど、そのどれもが王都の値段より少し高いくらいの価格設定だった。いうところの、ぼったくりだ。
さすがにゼロさんが黙っておらず、野菜の品質や王都の相場を例に出し、その悪徳商人を論破していた。
特別な品だとか入手に苦労したとか色々な理由を並べていたけど、仕入れルートに明るいゼロさんの方が一枚も二枚も上手だった。最後は逃げるように逃げていったし、あの人も相手が悪かったな。
※ ※ ※ ※ ※ ※
そして日もだいぶ傾いた頃、その日の移動をやめて野営をすることにした。
ゼロさんがかまどと寝床を用意してくれている間に、俺とルナが手分けして周辺の野草を集める。これは夕食のスープの具になる予定だ。
また魚を釣る案も出したんだけど、ゼロさん曰く、夕方以後はぱったりと釣れなくなるらしい。まぁ、魚も家に帰るんだろう。
というわけで、スパイスを効かせた身体の温まる野草のスープと、ゼロさんが持参してくれたパンにソーセージを挟んだものが本日の夕飯になった。
豚肉のソーセージは火で炙ると皮が弾けて肉汁が溢れる。それをパンが全て受け止めてくれいてるから、本当に美味しかった。昼もそうだったけど、外で食べるといつも以上に美味しく感じるよな。たくさん歩いてるってのもあるんだろうけどさ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
食後は体力を回復させるため、早めに休むことにした。
街道から少し川に寄った平地に、ゼロさんが用意してくれた大きなテントが一張り。屋根だけで壁はないけど、十分雨風は凌げるし、三人が余裕で入れるサイズだった。
そんなテントに入って、端から空を見上げてみると、満天の星が輝いていた。同時に、嫌が応にも月の国が放つ輝きが目に入る。若干の嫌悪感を抱いた俺は、堪らず視界を地上に戻す。
そこではゼロさんがたき火の前に座り込み、体を温めるためか酒を飲んでいた。
「昼間ほどじゃないが、夜行性の魔物もいる。俺が火の番をしといてやるから、お前らは休んでいいぞ」
そう言ってくれるゼロさんに、俺も交代して見張りをやると伝える。ゼロさんだって疲れているだろうし、頼ってばかりというのも悪いと思う。
「正直、ここら辺の魔物は火を焚いてりゃ寄って来ねぇよ。気にせず休め。見ろ。ルナなんてもう夢の中だぞ」
「……ありゃ。なんか静かだとは思ってたけど」
言われて見てみると、ルナはいつの間にか、俺にもたれかかるように寝てしまっていた。普段歩き慣れていないからって、こんなに早く寝ちまうもんなのか。
「お前も慣れない旅で疲れてるだろ。無理せず休んどけよ」
ゼロさんは背中越しにそう言うと、持っていた酒の小瓶をあおった。
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