第37話『湖畔の街アレス』
飛行艇騒ぎがあった翌日も街道を南下し、その日の昼前には湖畔の街アレスに到着した。
入口と関所を兼ねた橋を渡ると、目の前には日光を反射して銀色に輝く無数の運河が広がっており、その運河の上を何艘もの小舟が行きかっていた。
ゼロさん曰く、あの船は街の各所へ住民を運ぶ足の役割を果たしているほか、観光客を乗せて街の案内をする場合もあるらしい。
さらに運河の近くの小屋にはコバルトブルーに染められた布が干されていて、あれがアレス名物の染め物なんだとか。
思わず「すげぇ……」なんて声を漏らしながら、活気にあふれる街をキョロキョロと見渡しながら歩いていると、ゼロさんが「お上りさんになってるぜ」と笑っていた。
「この街も魚の養殖をしてるし、魚は安く手に入るぜ。いい時間だし、月の神殿に行くのは昼飯を食ってからにしないか?」
続けてそう言って、近くのお店を指差す。店員さんが表に出て手招きしているあたり、ゼロさん行きつけのお店なのかもしれない。
※ ※ ※ ※ ※ ※
お店に入り、空いていたカウンター席に三人並んで腰を下ろすと、何とも言えないスパイシーな香りが鼻をついた。
何の香りだろうと思っていると、ゼロさんが「この店は新鮮な魚介類を使ったブイヤベースがうまいんだ。店長、いつものを3つ頼む」と、メニューを見るまでなく注文をしていた。
どんな料理かわからないけど、ゼロさんのオススメだし、おいしいんだろう。
「……このお店、大繁盛だね」
料理が来るのを待ちながら、何気なく店の中を見渡していると、隣のルナが言った。店内はお昼時ということもあって、お客さんでごった返している。以前入ったラグナレクの食堂とは違う意味で賑やかで、いかにも観光地の食堂という感じがした。
「はい。ブイヤベース3つ! おまちどおさま!」
そんなことを考えていると、俺たちの前に料理が置かれ、先程から感じていたスパイシーな香りがより強くなった。あの香りの正体はこれだったのか。
「ここのブイヤベースは奥の大鍋で何時間も煮込んでいてな。魚介の旨味がスープに溶け込んでいて、絶品なんだぜ」
言われてカウンターの奥を見ると、ぐらぐらと煮えたぎる鍋が見える。なるほど。やけに料理が提供されるのが早いと思っていたけど、大鍋から器に移すだけならあっという間だよな。
※ ※ ※ ※ ※ ※
……その後、ゼロさんから食べ方を教えてもらいながらブイヤベースを堪能した。
正直、出されたときはどう食べたらいいのかわからなかったし。まさか、スープから具材を取り出して別に食べるとは思わなかった。
そしてお腹を満たした後は、ゼロさんの案内で月の神殿へと向かう。
食堂の目の前にある船着場から小舟に乗り、運河を進む。小さな舟が水の上を滑るように進む感覚は初めてで、時折通り抜ける風が心地良かった。
そんな中、赤い屋根の大きな建物の脇を船が通り過ぎる。
「あの建物は何ですか?」と、ルナが尋ねると、船頭さんは「アレスの大図書館です。ラグナレク中の本が集まっているとも言われ、観光名所にもなっているのですよ」と教えてくれた。
あんなでかい図書館があるのかぁ……なんて思っていると、ルナは目をキラキラさせながら大図書館へ視線を送る。さすが本好き。見に行きたいオーラ全開だけど、今の目的地は月の神殿だからな……。
※ ※ ※ ※ ※ ※
船は運河に沿ってどんどん進み、気がつけば中心部の喧騒からかなり離れていた。
「到着ー。月の神殿前ー」
船頭さんのそんな言葉とともに、舟が止まる。代金を支払い、板が渡されただけの簡易的な橋を渡って船を下りると、船頭さんは手を振りながら去っていった。
「……これが月の神殿なの?」
そして一足先に船を下りていたルナが、目の前の建物を見上げながら呟く。確かに立派な建物だけど、観光地……という割には、寂れていた。
アレスの他の場所と違い、観光客の姿も皆無。地面の石畳も整備されていないのか、所々ひび割れ、草が覗いていた。
加えて、神殿の壁にもツタが巻き付いた場所が散見され、神殿自体の古さとは別の哀愁が漂っている。
「まぁ、ここは観光地としても古い部類になるからな」と、言いながら、ゼロさんは神殿の近くに建つ小屋へと歩みを進める。俺もその後に続こうとした、その時。
「……そこのアンタ、どきなさい!」
「いって!?」
その小屋の裏から、誰かが猛スピードで飛び出してきた。虚を突かれた俺は避ける間もなく、大きく吹き飛ばされた。いってぇ。なんてパワーだ。
「おい! 危ないだろ!」と声をかけるも、俺にぶつかった相手は赤い髪を振り乱しながら小さくなっていった。謝りもしないとか、なんて非常識な奴だ。
……でもあの格好、どっかで見たような気もするけど。
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