第20話『救世主』
四人の兵士たちは一糸乱れぬ動きで間合いを詰めてくる。さすが、統率が取れていた。
「ウ、ウォルスくん……」
恐怖からか、ルナが俺にピッタリと身を寄せてきていた。
……このまま行動を起こさずにいても、捕まるのは時間の問題だ。こうなったら目の前の兵士に全力の一撃をお見舞いして、そこから一点突破を狙うしかない。
俺はそう覚悟を決め、両手にそれぞれ溜めていた魔力を右手一本に集中させる……。
「は、離してください!」
……その刹那、俺の行動を予見したのか、背後の二人が一気に近づいてきて、ルナの腕を取った。
「お前ら、ルナに触るんじゃねぇ……ぐはっ!?」
ルナを助けようと振り返ると、反射的に背を向けてしまった別の兵士から背中に強烈な一撃を貰う。
「大人しくしろ!」
思わず膝をつくと、間髪を容れずに組み伏されてしまった。くそっ、離せ!
「……ま、待ってください!」
なんとか抜け出そうと俺がもがいていたその時、ルナが震える手で月のペンダントを差し出した。
……え? どうしてルナがペンダントを持ってるんだ。あれ、ゼロさんに預けたはず……?
「これ、渡します。だから、ウォルスくんに酷いことしないで」
大きな瞳いっぱいに涙を浮かべ、必死に言葉を紡いでいた。俺を助けようと、勇気を振り絞っているに違いない。
「ルナ! それを渡しちゃ駄目だ!」
俺は情けなくも地面に突っ伏しながらもそう訴える。
叫びながら、死に物狂いで手のひらに魔力を集めてみるけど、即座に足で手を踏まれ、魔力が霧散させられてしまった。
「お嬢さん。悪いが、抵抗する者を生かしておくわけにはいかなんでな」
……直後、俺の頭上からそんな台詞が聞こえた。同時に剣を抜く音も。
僅かに視線を上げると、俺のすぐ近くに別の兵士が立ち、鈍く光る剣を構えていた。まずい。こいつら、本気だ。
「いやぁぁぁーーーっ!」
ルナの叫び声が響き渡り、俺は思わず目を瞑る。
「……ぐわあぁぁっ!?」
……直後、ルナとは別の叫び声が聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、俺に剣を振り下ろそうとしていた兵士は遠く離れた場所に倒れていた。え、何が起きたんだ?
「……どこの軍隊か知らねぇが、好き勝手暴れてくれるな」
声がした方に視線を送ると、そこにゼロさんが立っていた。
けど、見慣れた商人の格好じゃない。黒いコートに身を包み、その両手は怪しくオーラを纏って、揺らめいているように見える。
「ギリギリ間に合ったか。正直、お前ら二人が自力でここまで逃げてるとは思わなかったぜ。俺としたことが、後手後手に回っちまった」
ゼロさんは抑え込まれた俺を見下ろしながらもどこか余裕顔で、まるで世間話でもするかのようだ。
「き、貴様は何者だ! この村の者ではないな!?」
俺にかける力を緩めないまま、兵士が言う。その声色から、畏怖の感情が見て取れた。
「お前らに名乗る名はねーよ。ただの行きずりの商人だ」
「ええい、訳の分からぬことを! 商人風情が、粋がるな!」
そんなゼロさんの背後から、別の兵士が剣を構えて斬りかかっていく。ゼロさん、危ない!
「よっと」
ゼロさんはまるで背後からの攻撃が見えているかのように最小限の動きでその攻撃をかわすと、そのまま裏拳を兵士の顔面に叩き込む。
「がはっ」
すると、兵士が被っていた兜はその衝撃で吹き飛び、当の本人は仰向けにひっくり返って気絶した。
……何だ今の。軽く殴っただけに見えたのに。なんであんな威力があるんだ。この人、俺みたいに魔力を扱う力があるのか?
「い、今の一撃は一体……」
明らかに動揺しているのは俺を押さえつけている兵士だ。目の前で二人の仲間が一瞬で倒されたのを見たのだし、当然の反応だろう。
……だから俺は、その動揺から生まれた隙を逃さない。静かに右の掌に魔力を集める。今度は邪魔させない。
「この……やろっ!」
そして次の瞬間、一気に解き放つ。
「うわああぁぁ!?」
俺の全力の火球を真下から受けた兵士はそのまま頭上高く打ち上げられ、何度か空中で回転しながら、かなり離れた場所に仰向けに落ちた。
「……やるな。俺が手を貸すまでもなかったか」
飛ばされた兵士が気絶しているのを確認して、ゼロさんが俺の手を取って立ち上がらせてくれる。よし、これで残る兵士は一人だけど……。
「お前達動くな! この娘がどうなっても良いのか!」
俺とゼロさんに対して、ルナを人質に取った兵士がそう声を荒らげる。ゼロさんのおかげで数的有利には立ったけど、状況はあまりよくない。
「……典型的な悪役の台詞だな」
「何?」
だけど、そんな状況下でもゼロさんは顔色一つ変えない。何か策があるのか?
「……人質を取るってのは、悪党のやることだぜ。で、悪党は成敗されるって決まっている」
ゼロさんがわざとらしく、ニヒルな笑いを浮かべた……その時。
「どりゃああっ!」
「がはっ!?」
野太い声と金属音が響き渡り、ルナを人質に取っていた兵士がルナを残して真横に吹っ飛んだ。え、何が起こったんだ。
「……悪党成敗! ってな! がっはっは!」
「え、ブラトンさん!?」
振り向いたルナが驚きの表情を見せていた。そこに立っていたのは、自警団のオッサンだった。
「……まったく。こいつらに恨みがあるのは分かるが、もう少し加減しろ。ルナも一緒なんだぞ」
そして、そのオッサンの隣にはソーンさんが立っていた。この二人、無事だったのか。
「ルナ、怪我はないか」
「はい、大丈夫です……」
予想外の二人が現れて、ルナは目をぱちくりさせながらお礼を言っていた。ゼロさんもそうだけど、何もかもが予想外だ。
「お前ら、おせーぞ」
「……ふん。俺はお前達のように血の気が多いわけではないからな。俺は俺でやることがあるんだ」
ソーンさんはルナに俺の方に行くように促しながら、呆れた口調で言う。ゼロさんの言い方からして、この二人が来るのは既定路線だったみたいだ。
「ソーンの旦那は怪我人の手当をしてくれていてな! ちぃーとばかし遅くなっちまった!」
「こら、余計なことを言うんじゃない」
そうオッサンにバラされたソーンさんがばつが悪そうに灰色の髪を掻き、そっぽを向く。姿が見えないとは思っていたけど、そんなことをしてくれていたのか。
「……しかしあんた、本当にただの自警団か? 一撃であの兵士を吹っ飛ばすなんてよ」
「そういうお前さんこそ、ただの商人だなんて嘘だろう? 相当な手慣れだぜ? がっはっは!」
ソーンさんの行動に感心していると、ゼロさんとオッサンがそんな話をしていた。俺にしてみれば、どっちもすごいんだけど。
「……しかしこいつら、夜襲とはやってくれやがるねぇ」
だけど次の瞬間、オッサンの顔から笑顔が消え、足元に倒れる兵士を足蹴にしていた。
「真っ先に自警団の詰め所を奇襲してきやがるなんて、用意周到な奴らだ。おかげで半分以上がやられちまった」
憎々しげにそう呟くけど、裏を返せばオッサンは襲ってきた兵士を返り討ちにしてここまでやってきたのか。これまでは信じてなかったけど、元凄腕の傭兵……って噂も本当なのかもしれない。
……そんなことを考えていた矢先、どかどかと足音がして、無数の兵士が俺たちの方へとやってきた。
「……マジかよ。結構な人数倒したってのに、まだ来やがるのか」
その様子を見たゼロさんが、さすがにひきつった笑みを浮かべていた。
「よーし、ここは俺に任せて、お前らは逃げな。ゲレスじーさん家の裏に、抜け道があるんだろう?」
オッサンはそう言うと、その巨躯を兵士たちの方へと向ける。
「オッサン、知ってたのか?」
「あったり前だろーが。お前らがよく使ってるからって、敢えて修理しなかったんだからよ! まぁ、結果オーライだったみてーだがな!」
オッサンはそう言って笑う。まさか、見逃されていたなんて。
「あの、ブラトンさんも逃げましょう!」
「がっはっは! 気持ちは嬉しいが、そろそろダンの奴を助けに行かねーとなぁ。あいつ、きっとベッドの下で半ベソかいてるぜ」
ルナの言葉を受け流して、オッサンが剣を構える。普段訓練で使ってる模造刀じゃない。束にも鞘にも金色の見事な彫刻が入った、立派な剣だ。
「……この人数、貴様だけだと心許ないな。この村の連中には借りがあるし、俺も残ろう」
そう言って、ソーンさんがオッサンの隣に並び立つ。すごく頼もしい背中だ。
「おいソーン、錬金術師様がカッコつけんな」
「うつけが。せっかく、新薬の実験対象が向こうから来てくれているんだからな。この期を逃す手はない」
茶化すようなゼロさんの言葉を流し、ソーンさんは紫色や赤色の液体が入った瓶を手にする。実験対象? 何をするつもりだろう。
「……というわけでゼロ、ルナとウォルスを頼んだぞ」
「おう。お前らもほどほどにな」
ゼロさんは軽い口調でそう言うと、俺とルナの肩を掴んで二人から遠ざける。
「……そんじゃ、セレーネ村自警団の力、見せてやらねぇとな! うおりゃああ!」
「……盛大な花火を打ち上げてやろう」
……その直後、俺たちの背後で金属同士が嵐のようにぶつかる音が聞こえた。続けて、謎の爆発音も。
「さて、あいつらが派手にやってるうちに逃げようぜ。あの家の裏に抜け道があるんだったよな」
ゼロさんが足早にゲレスじーさんの家へと向かっていく。俺たちもその後を追おうと思ったけど、隣のルナは背後を気にしながら、足を止めてしまっていた。
「……ルナ、二人が心配なのはわかるけど、今は逃げないと」
「う、うん……でも……」
俺も振り返り、声をかける。
浮かない顔をしているし、ルナは心のどこかで、自分のせいで村がこうなったと気づいているのかもしれない。事の発端となった自分が逃げ延びていいのか、葛藤しているのかも。
「……オッサンやソーンさんは、お前を逃がすために頑張ってくれてるんだぞ。その思いを無駄にしちゃ駄目だ」
「そ、それは……わかってるけど……」
「……俺だって、ルナを変な奴らに渡したくない。守りたいんだ」
俺は本心からそう口にして、右手を差し伸べる。
「だから……ほら。一緒に行こうぜ」
「……うん」
ルナは一瞬驚いたような顔をした後、小さく返事をして、俺の手をしっかりと握り返してくれた。
「……おい! お前ら急げ!」
その時、既に塀の向こうへ抜けていたゼロさんから声が飛んだ。
「あ、ああ! 今行く!」
俺とルナは急ぎその後に続き、燃え盛る村から脱出した。
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