第21話『旧山道』
炎に包まれたセレーネ村から脱出した俺たち三人は、僅かな月明かりを頼りに草原を駆けていた。
「ゼロさん! 村から無事脱出できたのはいいけど、これからどうするんだ!?」
「まずは北にある旧山道を目指してひた走る! そこから山越えして、王都を目指すぜ!」
走る速度を緩めぬまま、早口でそう教えてくれる。俺もルナの手を握りながら、先導してくれるゼロさんに必死について行く。
「え、素早く逃げるなら、街道を通った方が良いんじゃないのか!?」
エラール街道を抜けて、エラール村の先にある関所を超えればすぐに王都だ。街道のほうが道も綺麗だし、急ぐならそっちだと思うけど。
「さすがにあの街道は見張られている可能性があるんでな! ここは敢えて山越えを選んだ!」
続いてそんな言葉が返ってきた。
……そうだ。今は非常時だった。あの兵士たちがどこに潜んでいるかわからないし、できるだけリスクの少ない手段を選んでいかないと。気ばかりが焦っていて、冷静な判断ができていなかった。
「旧山道は長いこと使われてねぇから、魔物も出るかもしれねぇ。だが、その分奴らが見張っている可能性は低い。道も悪くてきついが、行けるか?」
それは質問というより、俺たちに覚悟を決めろと言っている風に聞こえた。
「……ああ。山でもなんでも越えてやるさ」
「うん!」
その意図を察して、俺たちは返事をする。正直虚勢だったけど、先の話を聞いて今更街道を進む気にはなれなかったし。
「良い返事だ。王都まで逃げりゃ、あいつらもさすがに手出しできねーだろうしな! そんじゃ、気合い入れていくぜ!」
俺たちの返事を聞いた後、ゼロさんがそう付け加えて速度を上げた。
王都に行ったことはないけど、屈強な騎士団に守られているらしいし、三人で理由を話せば保護してもらえるかもしれない。
それから先は……どうなるかわからないけど。今は安全な場所に辿り着くことが最優先だ。今は頭より、足を動かそう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……夜露で足元が濡れるのも気にせずに無心で走り続けていると、北の山の黒い輪郭が大きくなってきた。
やがて足元が柔らかい草から土へ、そして堅い岩の地面へと変わった。もう旧山道に入ったらしい。
「読み通りだ。やはりこっちは見張りがいないみたいだな。ウォルス、明かりをつけても良いぞ」
岩壁に隠れながら先の様子を確認したゼロさんが、俺たちを手招きしながら安堵の表情を見せる。
俺は井戸の底でやったように、指先に火を灯す。本当に小さな炎だ。松明と違って敵の気配を感じたらすぐ消せるし、この時ほどこの魔法に感謝したことはない。
「さすがにこの山道だと、追っ手も明かりを持たなきゃ自分の身が危ねぇからな。逆を言えば、それを目印に追っ手に気づけるわけだ」
そう話しながら、ゼロさんはルナの歩調に合わせるように速度を落としてくれる。おかげで俺の方も余裕ができてきた。
「……ゼロさん、村では助けてくれてありがとう」
そして三人が横並びになった時、ルナがお礼を言っていた。
「気にすんな。結局ギリギリになっちまったしな」
「俺だけじゃルナを守れなかったと思うし、俺からもお礼を言わせてくれ。ゼロさん、ありがとう」
「二人してよせよ。そういうのは無事に逃げ延びてからだ」
続けて俺も感謝を伝えると、ゼロさんはどこか照れくさそうに手をひらひらと振った。
「……でも、ゼロさんって本当に商人さん? すごく強くて驚いたんだけど」
「野盗に襲われることもあるから、鍛えたんだよ。戦う商人ってやつだ」
ルナからそう称賛されながら、ゼロさんはそう説明してくれるけど、一介の商人がいくら鍛えたところで、鋼の鎧を纏った屈強な兵士を一撃で倒せるようにはならないと思う。
「ゼロさんが戦ってる時、両手に魔力が発生してるように見えたんだけど……あれって何だ?」
「ああ……魔闘術って言う戦闘武術なんだが、なんて説明すりゃいいかな……」
ゼロさんは顎に手を当てて、何か考えるしぐさをする。あれ、魔闘術って言うのか。
「ウォルスが魔力を掌に集めて、炎に変えて撃ち放てるだろ。俺はその集めた魔力を炎に変えず、そのまま相手をぶん殴ってる感じだな」
そう言いながら拳を前に突き出す。実際に魔力は出てなかったけど、しっかりと力の乗った、重そうなパンチだった。
……なるほど。それで軽く当たっただけで、兵士が吹き飛ぶ程の威力があったわけか。
「ウォルスと違うところは、俺は全身に巡らせた魔力で身体能力を強化してる点と、腕以外にも魔力を宿せるってことだな」
「え、腕以外ってどういうこと?」
「足とか……最悪頭とかだな。両腕を封じられても、蹴りや頭突きで戦えるぜ」
冗談とも本気とも取れる発言をしながら、ニヤリと笑う。
そんな風に手の内を次々と晒してくれるゼロさんを見ていると、この人なら信頼しても大丈夫だと確信が持てた。それは、ルナも同じみたいだった。
「……そういえば、ゼロさんはいつルナにペンダント返したんだ?」
続いて、もう一つに気になっていたことを聞いてみた。
昨日寝室で別れるまでは確かにゼロさんが持っていたはずの月のペンダントは、今は何故かルナの首から下げられているし。
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「え?」
不思議そうな顔して、自分の首元を見る。え、なんで?
ルナを助け出した時、本当に着の身着のままで飛びだしてきたんだ。もちろん、ペンダントなんて身に着けてなかったし、
「返してねーよ。夜中、目が覚めたらなくなってたんだ」
「え? 無くなった?」
「……そうなの。ゼロさんに渡したはずなのに、夜中に目が覚めたら、枕元にあったの」
その時、ルナが胸元のペンダントに視線を落としながらそう教えてくれた。
「……どうやらそのペンダント、本来の持ち主から一定時間離れると、持ち主の元に戻る力があるみてーだな」
ゼロさんがペンダントに視線を送りながら、そう言う。
不思議な出来事だけど、実際にルナの元に戻ってきているし。疑う余地はなかった。
「……月の巫女の話、さすがに信憑性が増してきたな」
「え、月の巫女って?」
「……おっと」
恐らく初めて聞くであろう単語に、ルナは首を傾げる。
直後、ゼロさんはしまったと言った顔で口を塞ぐ。昨日の夜の調子で、そのまま口に出してしまったみたいだ。
「……実は、ルナに聞いて欲しい話があるんだけど……」
いつまでも隠していられないと悟った俺は、昨日ゼロさんや村長と話した内容をそのままルナに伝えた。
「そう……このペンダント、そんな謂れがあるものだったんだ……」
「あくまで憶測だがな。王都に着いたら、俺のツテで色々調べてやる。そう心配すんな」
ゼロさんは努めて明るく振る舞うけど、ルナの表情は曇っていた。
「やっぱり、村が襲われたのは……」
「勘違いしちゃ駄目だぞ。ルナには何の落ち度もないからな。悪いのは、あいつらなんだ」
「ウォルスの言う通りだぜ。ルナが何を責任を感じる必要がある」
……それからしばらく、俺たちは必死にルナのフォローする。ルナが選ばれたのは、たまたまだと。そう言い聞かせた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……やがて下り坂が多くなり、峠を越えたのがわかった。
先程まで出ていた月も雲に隠れてしまい、遥か上空に浮かぶ月の国からの淡い光だけが届く中を進むと、目の前に洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「ようやくここまで来たか。ここを抜ければ王都までは目と鼻の先だぞ」
「……そういえば、ゼロさんってこの道を通ったことあるのか? やけに詳しいよな」
「ああ、新米の頃に何度かな。もっとも、すぐに閉鎖されちまったんで、俺も随分久しぶりなんだが……」
そんなことを話しながら、洞窟へ足を踏み入れようとした矢先。
「……お前ら、下がれ!」
ゼロさんが叫んだ。同時、俺とルナは飛び退くように後退する。
その直後、洞窟の中から闇に溶け込むような濡羽色の法衣を身に纏った少年が現れた。
その衣装とは相反するような真っ白い肌と髪。そしてひときわ目立つ紫の瞳。
「……月の巫女、発見」
そして生気のない口元を小さく開けて、はっきりとそう言った。
ルナのことを月の巫女と呼ぶってことは……こいつは、敵だ。
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