第31話 毒邪眼の迷宮




 彷徨う毒邪眼の迷宮にて。


「右のジャイアント・スパイダーの糸出し攻撃まで推定5秒。4、3、2……」

「フレイム・セイバー!」

「次は左のキラーラットだ!」

「分かってるわ、よっと……」


 後方より戦況を確認して逐次出されるナツメの指示に了解と応えながら私はキラーラットに蹴りを入れた。

勿論、今のはダメージを入れる事にでは無く、牽制する事に重きを置いた一撃だ。


「よし、怯んだな。そこですかさず……」

「はっ!」


 脳震盪を起こしたようにふらつくキラーラットを見て本を片手に飛び出そうとしたナツメ。

しかしその脇を抜き去ったサイラスがトドメを刺したのが視界の端で見えた。



「はあっ!!」


 同時にジャイアント・スパイダーをフレイム・セイバーで殴り付け、魔力の出力を上げて燃やし尽くす。



「他に敵影は無し、だな」

「ふぅ……。まあ、初日にしてはなかなか様になっているんじゃないかしら?」

「そのようだな」


 パーティー加入を認めるや否や、一日とて無駄にしてはならないというサイラスの言葉に駆り立てられて、私たちは彷徨う毒邪眼の迷宮に挑んでいた。

その名前の通り、毒を持った魔物たちが大きく生息する、密林ジャングル型の迷宮だ。

ランクでいえばDランク、低ランクの探索者向けの迷宮の中では最難関に分類される。


 この迷宮に潜る事にしたのには幾つか理由があった。

ナツメが言うには、以前ラピッドキングを見つけた迷宮には一つだけ他の多くのFランクの迷宮とは異なる点があったらしい。

それはズバリ、再構築までのインターバルだ。



 迷宮のボスは道中のモンスター同様、倒されれば一定時間を置いて再生される。

しかし、その再生にも限りがあった。


 人間が迷宮を攻略し尽くし、この国の資源が枯渇してしまわないようにという天の思し召しなのか、はたまた人間への嫌がらせなのか知らないが、限りある再生の回数、期間を終えた迷宮は再構築される。

全く構造の異なる、新たな迷宮に生まれ変わるのだ。


 その回数や期間だが、一般的にはランクの低い迷宮ほど攻略から再構築までの周期が短い傾向にある。

だが、あの迷宮はもともとFランクとされていたにも関わらず、同ランクの迷宮が三ヶ月程度でボコボコリニューアルされていく中、もう何年もあのままだった。


 何の事はない、今にして思えばあれは攻略済みではなかったのだから、再構築されなくて当然なのだが、私たちが攻略するまで例外の一つだとされ、その事実自体はあまり気にされる事も無く、ギルドから近い事もあって、多くの駆け出し探索者たちがお世話になっていた。


 例外の一つと言ったのは、そんな一般的周期から大きく逸脱した迷宮が幾つかあるからだ。

ここもまた、そうした内の一つである。



「しかし、驚いた。本当に、戦う考古学者という者がいるのだな。しかも、本で殴るとは……」

「いや、お前だって人の事は言えないだろう?」


 変な奴だとサイラスがナツメの手にある程良い厚みの本『切れない腰巾着』を見ながら感想を述べれば、ナツメも負けじと言い返す。


「何故、弓使いさんがさも当然のようにナイフを振り回して戦っているの?」

「これか?」


 ナツメの言葉を継げば、サイラスは自分の手中の、銀色の刃が眩しいナイフを示した。

こくりと頷けば、サイラスは片眉を歪めた。


「弓使いがナイフを使ってはいけないという決まりは無いだろう? それに僕は自分が弓使いだとは言っていない」


 彼の口から飛び出すのは、屁理屈だった。


「確かにお前の言う通り、そんな決まりは無い。だが、じゃあお前が背負っているその弓と矢は何だよ!? それでも弓使いじゃないと言う気か?」

「別に僕は弓使いじゃないとも言っていない」

「えーい、面倒くさいわね!」

「弓矢とて、数には限りがある。使いどころを見極める者こそ真に優れた弓使いだと僕は思うね」

「何だろうな、この煙に巻かれたような敗北感は」

「きー。貴方も男なら黙ってないで言い返しなさいよ!」



 サイラスの主張は一理あるだけに言い返せない。

それが弓使いの名門家系の者ともなれば尚更だ。


 歯噛みするような思いで、文字通り歯軋りした。



「行くわよ!」


 強い感情、すなわち苛立ちも時には前へと進む力になる。



「ところで、何故一番弱い……ああ、失礼。ランクの低いシャンヌがリーダーなんだ?」

「うるさいわね! 強さにランクは関係ないわよ。私はこれから上へ上へと上っていくんだから」

「それから、ナツメのその鞄。それは何だ? 見た目の容量と実際に収納されている荷物の量が明らかに釣り合っていないだろう?」

「ああ、これは魔法鞄と言って、状態を保ったまま無尽蔵に物を収納出来る鞄だ」

「何? 何故そんな物を君が持っているんだ? 僕に寄越せ!」

「またかよ!」



 そんな会話をしつつ、破竹の勢いで私たちは一気にボスエリアまで突入し、この迷宮のボスモンスター・スニーク・スネークを撃破した。



「フハハハハ! 蛇眼がどうしたって言うのよ? 目を見なきゃいいだけじゃないの。無駄に長細いだけが取り柄のあんな魔物、私の敵じゃないわ」

「今のお前、すげー悪人面だぞ」

「シャンヌはもう少し落ち着きというものを持った方がいいだろうな。特に戦闘においては、勢いに任せていると足元を掬われるぞ」

「誰のせいだと思ってるのよ!?」


 せっかく勝利の高揚感に浸っていたというのに、男二人のせいで台無しだ。


「まあまあ。確かにお前は猪のように突っ込み過ぎだ」

「うるさいわね!」



 勝ったのに、何が悪いのか。

蛇を適当にぶつ切りにして鞄に詰め込んだナツメにさらに忠告され、苛立ち紛れにその辺りの木を出鱈目に蹴りつける。

ボスエリアにある木々はどれも巨木と言っていいほどの太いもので、これくらいじゃビクともしない。



「おい、いきなり暴れるなよ」

「いやはや……」


 止めようとするナツメの言葉も、肩を竦めるサイラスの言葉も無視した。

そうしてむしゃくしゃした気分を晴らす為、乱舞するように木々を蹴っていると、やがておかしな感触が足先に伝わった。




 ――ゴオオォォォッ。



「え……」

「嘘だろ、オイ……」

「隠しエリア、だな」



 三者三様の反応を示した私たち。

鬱蒼と生い茂っていた木立が割れるようにして、道が現れる。

その先には、全身を無数の眼が覆い尽くす未知の魔物がいた。



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