第30話 ドリッピング・プディング




「……参りました」

「ふんっ。分かればいいんだ、分かれば」


 大将にこの店の看板メニューの一つ、ローストビーフとドリッピング・プディングのプレートを出され、ひと口食べるなり、己の非礼を認めた。

それを大将は腕を組んで仁王立ちした状態で、見下ろしている。


 意外と子供っぽいとか、大人げないとか言ってはならない。


 ドリッピング・プディングとはこの国の家庭料理の一種で、肉料理の付け合わせとして広く日常的に食されるものである。


 材料は小麦粉と卵、牛乳、肉汁、塩。

それらを混ぜ合わせ、油をひいた型に流し込んでオーブンで膨らむまで焼き上げるのだ。


 ソースはこれまた肉汁から作られたグレイビーを使用しており、まさに肉を味わい尽くす為、そして肉好きの人間の為に生まれたような逸品である。


「端を齧ればカリカリ、中央の凹んだ部分はふわふわもっちり。自分で作るとなかなかこうはならないのよね。お皿に残った肉汁も、こうして拭うようにすれば余すところ無く堪能できるわ」

「いや、それよりも何でお前までまた食ってんだよ?」

「デザートよ、デザート」


 言葉にならない衝撃を受けているらしいサイラスに代わって感想を述べれば、恐怖から立ち直ったらしいナツメは私を八つ当たり気味に非難してきた。


「お前は肉までデザートと言い切るつもりか!」

「私にとってはお肉が主食であり、副菜であり、デザートなのよ。これはお肉のデザートよ。何か文句があるって言うの?」

「肉好き過ぎだろ」

「嬢ちゃんは相変わらずいい食いっぷりだな。料理人冥利に尽きる」


 飲食店における客の最大の礼儀は、美味しいものを美味しいうちに、美味しく頂く事だ。

大将の顔を見れば、それが正しいと分かる。


「そもそも、注文しないで席を陣取ろうなどと考える方が浅はかで迷惑極まりないな」

「たまには良い事言うわね、守銭奴」

「僕は守銭奴じゃないと言っただろう?」

「タダで食わせてもらってる奴がそれを言うな。何で俺がおかしいみたいな空気になってるんだ……? 俺、この面子だったらまず間違いなくまともな部類に入る筈なのに……」



 サイラスに同調すれば、ナツメは頭を抱えた。

……面倒だから放っておこう。



「そうね、まずは自己紹介からしましょうか。私はシャンヌ・ダルグ。魔法剣士よ。こっちの文句が多いのがナツメ・オリハルコン」

「オリハラだ。どうやったら間違えるんだよ?」

「あら? そうだったかしら? ナツメは考古学者よ。説明は容赦なく割愛させてもらうけれど、彼も戦闘要員よ。で、貴方は?」

「僕の名はサイラス・アーチャーだ。……そうか、君も男爵だったのか」

「貴方も貴族だったの? しかも、同じ男爵だなんて……」

「うん? どういう事だ?」

「サイラスも私と同じ男爵位を持っているのよ。アーチャーは弓使いの名門なの」


 首を傾げるナツメに説明してやれば、なるほどと頷く。



「で、その弓使いさんが何だって俺たちのパーティーに入りたがっているんだ?」

「ふんっ、愚問だな。金の為に決まっているだろう」


 それから長々とサイラスは語った。



 要約すると、初心者向けと思われていた迷宮にて隠し階層並びに裏ボス的新モンスターを発見、これを討伐した二人組の冒険者がいるという噂を耳にしたのがそもそもの事の発端だったらしい。

あの日ギルドにいた多くの者たちと同じように、彼もこれは金になるかもしれないと踏んだ。


 しかし、その後の行動が鉄砲玉のようにすっ飛んで行った他の者たちとは異なった。

彼は初心者向けの迷宮になど目もくれず、いつも通りの探索活動を続けたのだ。



「だって、事実確認なら僕がわざわざ出向かなくともそのうち嫌でも明らかになる事だろう? 砂糖に群がる蟻のような連中は腐るほどいるのだからな」

「砂糖に群がる蟻って……」

「狙うは二匹目のドジョウ、か……」



 揶揄するサイラスの言葉に苦笑する。

実際、あの騒ぎからこっち、初心者向けの迷宮には雑多色々なランクの探索者たちが殺到して大混雑だ。

サイラスが動いたのは、ギルドが調査を終えた後の事だった。


「これまで何百回、何千回と探索されてきた迷宮で未発見のエリアが見つかったんだ。欲をかいて宝を独占しようと、訳も分からないまま無闇やたらな探索をするより、実際に見つけた人間と行動を共にした方が良いに決まっている」

「まあ確かにな……」


 一理あると、ナツメと顔を見合わせながら思う。


 パーティーに入れてくれと言われ、二つ返事で受け入れるでもなく、かと言って拒絶するでもなくこうして話し合いの場を設けたのは、私たちにも迷いがあるからだった。


 あの言動からして、サイラスが面倒な奴なのは疑いようもない。

だが、それでも三人目の仲間というのに心惹かれるものがあった。


 現状、我が探索パーティーには近接戦闘タイプ二人しかいない。


 それでもやはり連携の便宜上必要だからと前衛・後衛に分かれ、多くの場合ナツメが後衛を担当していたが、如何せん火力が足りなかった。

防御の面ではナツメお得意の本棚召喚でわりとどうにでもなるが、火力不足で一回の戦闘時間が長くなってしまうのだ。


 どうすると相棒と視線だけで長い相談をし、口を開いたのは私だった。



「貴方、ギルドのランクは?」

「Cランクだ」

「分かったわ。貴方を三人目の異端の求道者として歓迎しましょう。だけど、それには幾つか条件があるわ」



 条件と聞いて僅かに眉をひそめるサイラスの目の前に、立てた右手人差し指を突きつけた。



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