第32話 守銭奴の意地




「何よ、あの魔物……」

「全身目だらけだな」

「さすがにキモいな、あれは……」


 目を合わせない事に気を付けさえすれば、ただの蛇だとスニーク・スネークを貶したのが悪かったのか。

泥々デロデロとしたヘドロの塊のような魔物の身体に、幾つも目が浮かんでいる。

それでいて、刺激臭や腐敗臭がしないのが不思議なくらいだ。



 とにかくヤバそうな奴。

それが私たち三人の共通の見解だった。


 さらに悪い事に、その魔物はねっとりとした体液を垂らしながら這いずるようにして、こちらに迫ってきている。


「何で早くも対敵状態なのよ!?」

「俺だって知らねーよ! ……待ってろ、今あいつの正体を調べてやるから」

「そんなに長くは待てない!」

「分かってる!」


 怒鳴り合いつつ、どう対処すべきか考えるのはナツメの役割だ。

彼には、世界中の本という圧倒的な情報源がある。


 ナツメが召喚した図鑑を捲っている間、私たちに出来る事といえば、あいつを牽制する事だけだった。

奴の這った道が黒く焼け焦げている事から、直接触れるのはまずいと判断する。



「ただ待っているのは性に合わない」

「待って! 不用意に近付いたら危ない!」

「はっ!」


 未知のモンスターの歩みは遅い。

だが、それによってより効果的に対峙する者たちに恐怖を植え付けていく。


 私が止めるのも聞かずにジリ貧は嫌だと言って飛び出し、ナイフで粘液状のモンスターを斬りつけたサイラスだったが、触れた途端にナイフの刃が融けてしまった。


「何!?」

「だから言ったでしょう?」


 ナイフの柄を握り締めて、顔面をヒクヒクと引き攣らせるサイラス。

ものの数秒でナイフは刃を失い、融け落ちた破片が目玉の権化のような魔物の足元でシューシューと音を立てている。



「ダメだ。ギルドのモンスター図鑑には載ってない」

「モンスター図鑑に載ってないって……まさかアレも新種なの?」

「少なくとも、ギルドが公式に記録しているモンスターの中に類するものはいない。つまり、世間的には新種扱いって事だ」

「随分と含みのある言い方ね?」

「デカイ組織っていうのは、だいたいそういうものなんだよ」


 私と対して変わらないか、むしろ私と同い年くらいだろうに、いったいナツメは世の中の何を見てきたのだろうか?

妙に自信ありげに言われては、そうなのかと頷くしかない。


「それじゃあ、アイツを生け捕りもしくは倒して素材なりなんなり引き剥がして持って帰れば金になるんだな? 勿論、理想は生け捕りだ」

「生け捕りするにしても、倒すにしても問題はどうやってアレを弱らせるかだわ。ナツメ!」


 ナイフ融解事件のショックから立ち直ったサイラスは、やはりファーストコンタクトの時からのスタンスを崩さなかった。

いや、むしろより利益を出す事にさらにこだわりを見せているような気がする。


 言うなれば鬼気迫る、だ。

今まで金、金と言いつつもどこか悠然と構えていたのが、急に必死になった感じだ。

何が彼をそうさせたのか、問うている暇は無い。



 迫るヌメヌメ系モンスターと、守銭奴。

両方に追い立てられて、早くどうにかしろとナツメを急かす。


 目を合わせてはいけないような気がするが、距離が縮まればそれもだんだんと難しくなってくるのだ。


 それに、こういう魔物定番の「目から殺人光線」という展開も無いとは限らない。

至近距離に来て、全方位へやられたらかなり厄介だ。



「……無い、な。世界中探してもこの魔物に関する記述は見付からない。こうなったら奥の手だな」


 暫く目を瞑って、手元で何かを操作するような動きをしていたナツメは、左右に首を振って瞼を押し上げるとそう言った。



「奥の手でも何でもいいから、勿体ぶらないで早く使いなさいよ!?」

「分かってる。……リサーチ!」


 ジリジリと後退させれ、増していく焦燥感の中でナツメは叫んだ。


 ぶわっと目玉だらけのデロデロ系モンスターが青白い光に包まれたかと思うと、すぐにその光は消え失せる。


 一瞬、文字のような記号のようなものの羅列が見えたが、今のは一体何だったのか?

そう私が訊ねるよりも早くナツメは再び開口した。



「わかったぞ。今こそお前の弓矢の出番、奴の弱点は目だ、目を狙え!」

「目ってどの目よ!?」



 最後の言葉は私にではなく、サイラスに向けられたものだった。

ナツメはビシッと例のモンスターを指差して、サイラスの矢が放たれるのを待っている。

しかし、待てどもいっこうに矢は翔ばない。



「サイラス!」


 何故矢を放たないのか?

腕の筋肉がプルプルと笑い始めたところで堪えかねたナツメは、万感を込めて射手の名前を呼んだ。

そこに含まれる苛立ちや疑問をおそらくサイラスは解っていた。

だが、彼は弓に矢を番つがえながらこう言ったのだった。



「僕の矢は一本100万ゴールドだ」



 守銭奴はやはり寝ても覚めても守銭奴だった。

人はそう簡単には変われない。



「仲間から金取るつもりかよ!」


 ナツメの怒号が密林を駆け巡った。





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