第23話 シャンヌの野望



「それからもう一つ。そなたらが持ち帰った巨大な兎の事じゃが先に謝っておかねばならぬ……。一応の了承は得ていたが、やはり仔細な調査の為には解体が必須じゃった……」

「ええっ!?」

「まあ、そりゃあそうだろうな」


 頓狂な声を発する私の横で、今度のナツメは至って冷静だった。


「貴方は何でそんなに落ち着いていられるのよ!? 私はアレを丸焼きにして食べるのを楽しみにしていたのに」

「あんな肉の鎧を突いたって、内部構造なんか判るわけないだろう? ……つーか、お前はやっぱり食欲なのか! あんなもん、どうやって焼くんだよ?」

「そんなの、適当な槍にぶっ刺して焚き火にかければいいじゃない」

「絶対槍の方が肉の重さに耐えきれずにへし折れるからな、それ」

「じゃあ、丸太」

「じゃあって何だよ!? だいたい、今日も朝っぱらからたんまり食っただろ? なのに何でお前は早くも腹減りモードなんだよ!? ……おえっ、ぷっ……。思い出しただけで吐き気が……」

「男のくせに貧弱ね……」


 ナツメは蒼い顔をして、慌てて口元を手で覆う。

何か悪いものでも口にしたのだろうか?


「フォッフォッフォッ。まっこと剛毅にして愉快なお嬢さんじゃのう……」

「ほら、ギルド長だって丸焼きがいいと仰られているわ」

「言ってねーよ!!」

「好き嫌いは良くないわよ?」

「うむっ、探索者とは食べるのも仕事のうちじゃからのう……」

「ほら、ギルド長もこう仰られて……」

「何故だ……? 何故俺がおかしいみたいな流れになっているんだ……?」


 私の発言を食い気味にしながらも、ナツメは何やら一人で頭を抱えてブツブツ呟いている。


 やっぱりどこか具合でも悪いのだろうか?

頭が痛いのだろうか?


「頭は大丈夫なの?」

「お前……っ! 俺の頭がおかしいみたいに言うな! 誰のせいだと思ってるんだよ?」


 一応ナツメはパーティーを組んでいる仲間で、ついでに屋敷の余っている部屋に転がり込んできた同居人でもあるので、どこか具合がおかしいとなれば気掛かりではある。

だからわざわざ声を掛けてあげたというのに、ナツメは具合が悪いのを人のせいにしてくる。


 蒼くなったり、赤くなったり。

忙しい人間だなあと思った。

それだけ重篤な容態という事だろうか?


「ねえ、本当にお医者様に見てもらった方がいいんじゃないの?」

「そうだな。ただし、俺の頭じゃなくてお前の胃袋をな!」

「私は健康よ? だいたい、今朝の食費で有り金を全部使ってしまったから、診察料は払えないわ」

「またかよ!」


 憎まれ口を叩く余裕があるなら、きっと大した事はないに違いない。

そう判断して前に向き直れば、ギルド長がニコニコと笑っていた。

その隣のクレアさんはいつの間にか離席していた。


「仲の良い若い男女を見ると、己の若き頃を思い出すようじゃのう……」

「男女だなんてそんな仲ではありません。コレはそう……下僕です!」

「それもちげーよ! ギルド長、結局貴方もいい性格してるんだな……」

「はて? 何の事かのう?」

「チッ……」

「残念じゃが、話を元に戻そうかのう」



 誤解を解こうとする私と、舌打ちをするナツメを交互に見比べた後、ギルド長は表情を引き締めた。



「持ち込まれた個体を調査した結果、あやつの体内からこれが出てきおった」


 ごろりと硬質な音をさせて机上に鎮座するのは、燃えるような赤い色をした透明な石。

疑問符を浮かべる私とは違って、ナツメはそれが何か一目で判ったらしく、息を呑んでいる。


「魔血石……」

「そうじゃ。Cランク以上の固体の心臓内部から稀に発見される、高濃度の魔力の塊じゃ。シャンヌ殿はまだDランクゆえ実際に目にした事は無いやもしれぬが、魔導具の動力源としての需要が高い」


 そういえば、上位ランクの探索者がギルドで換金しているのを見た事があるような気がしなくもない。

それにしても……。


「ぼんやりして、どうしたんだ?」

「砂糖菓子のように綺麗なのに、これは食べられないのね」

「おまっ……。まあいい、お前の食い意地は今さらだ。魔血石は一応食えなくはないぞ、鉄錆びみたいな味がして不味いけどな。……お前、味見する気満々だけど、これは緊急時の魔力補給用。いわば非常食みたいなもんだから、今は無しな」

「まだ何も言ってないじゃない」


 食べてみたいだなんて一言も言っていない。

実際はちょっとどんなものか気になっていたけれど、先読みされたのが悔しくてそう言う。

がしかし、ナツメはまるで信じていない様子で、魔法鞄に魔血石をそそくさと納めてしまった。


「他にも、後ろ足あたりを調べると、面白い事が判ったぞ。通常のラピッドラビットと比較して遥かに柔軟で上質な筋肉を持っている他、魔力によって頻繁に 膂力りょりょくの強化がおこなわれている事も判った」

「うげっ。あのとんでもスピードは、魔力による活性が原因かよ……。じゃあ、ギルドとしてもあれがただのラピッドラビットでなく、新モンスターだと認めるんだな?」


 Fランク相当の魔物であるラピッドラビットは、魔力による活性化を行わない。

確認するようにナツメが問えば、ギルド長は頷いた。


「そうじゃのう。新モンスターの発見及び討伐、並びに隠し階層の発見。おぬしらの発見により、攻略済みとされている迷宮も再調査を行った方が良さそうじゃ。これらの功績に対して、50万ゴールドを支払おうかの」

「50万!?」

「えーっと、1ゴールドが10円くらいだから……500万円!?」

「ちと少ないかのう?」


 いきなり目玉の飛び出るような金額を提示されて、思わずダンッとテーブルに手をつき、椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。

ナツメはナツメで、祖国のお金に換算した上で驚愕の色を隠せないようだ。


「どっちかっていうと、予想外に多くて驚いているんだが」

「謙虚ですな。じゃが、若い者は貰えるものは貰っておくべきじゃ」

「50万ゴールドだなんて大金、見た事もないわ」

「それは今から見ることになるじゃろうな」

「こちらが今回の報酬50万ゴールドと、持ち込んで頂いたお品物になります」


 少ないだなんてとんでもないとやる私達の元に、計ったかのようなタイミングで褒賞金と鑑定済みの巨大兎が運び込まれる。

クレアさんが戻ってきたのだ。

彼女はこれを取りに行っていたみたいだ。


 お金が大金と言いつつ、あまり嵩張っていないのは恐らく金貨で用意されているせいだろう。

金貨ならば、50枚ほどで事足りるのだ。


「先に褒賞金の方をお渡しします」


 そう言って、クレアさんは私の手の中に金貨の入った麻の袋を落とし込んできた。


「金貨が……それも50枚……」


 袋を掴む手がプルプルと震え、中の金貨がチャリチャリとぶつかり合って音を立てる。


 正直、日常生活において金貨を使う事など殆ど無いのでそんな大金を持つ事そのものが恐ろしい。



「ATMで大金を下ろした直後の人みたいになっているぞ」

「エー・ティー・エム……?」


 よく解らない例えをナツメにされながら、それでも自分の挙動が不審になっている事は理解した。




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