第24話 命名
「はて。そういえば、新モンスターともなれば、こやつの名前を決めねばならんかったのう……」
「命名権は、第一発見者にありますわ」
「お前さんたち、何か良い名はあるかのう?」
「んな事、急に言われてもなぁ……」
山のような兎の肉を換金するか、持ち帰るか訊ねられ、お持ち帰りを選択した後。
思い出したようにギルド長は新モンスターの名前の話を振ってきた。
急に話を持ちかけられたナツメにとっては思いがけないイベントだったようで、うーむと唸っている。
クレアさんの言う通り、この国の法律では最初に発見した者に名付ける権利が与えられる。
新モンスターの発見は探索者の夢みたいなもので、これについては私も先刻承知済みだった。
その上で、一応あの階層を見つけたのはナツメだから、命名権はナツメに譲ってあげようと考えていた。
ところが、肝心の彼は名前を思いつかないようで、頭を捻ってばかりいる。
「ねえ、まだなの?」
「う~ん……」
そんなやり取りが私とナツメの間で繰り返される事、6回。
辛抱強いタイプではない私にはそれが限界だった。
「肉塊」
なかなか決められないでいるナツメに業を煮やした私ははっきりとそう言った。
だというのに、彼は短く聞き返してくる。
「……は?」
「だから、肉塊。あの巨大兎の名前よ」
「どういうネーミングセンスをしているんだ、お前は!」
「センスも何も、肉の塊だから肉塊。分かりやすくていいじゃない?」
「いえ、それはさすがに……兎が不憫ですわ」
「その理論ならば、巨大なモンスターの大部分が同じ名前になってしまうのう……」
これ以上の名前が他にあろうか。
そう言って、同意を求める視線を周囲に投げ掛けた私だったが、何故か一つも賛同を得られなかった。
「何故なの……?」
「お前、それ本気で言っているのか……? 逆に聞こう。何でそうなる?」
うちひしがれる私にナツメは問いかけた。
心なしか、彼の表情筋がピクピクと痙攣しているように見える。
そう、例えば何かを必死に堪えているような……。
「貴方がさっさと言わないから、私が決めてあげようとしたんじゃないの!」
「もっと他に何かあるだろうが!!」
「じゃあ、言ってみなさいよ?」
ギリギリのところで抑圧されていたナツメの魂の叫びは、私の一言で呆気なく解放された。
抑え込まれていた分、却って派手に爆ぜてしまったような、そんな錯覚さえ感じる。
しかし、そんな頭ごなしに否定されて黙っている私ではなかった。
私の提案を批難するのだから、何か余程いい名前がある筈。
適当な名前だったら、タダじゃおかないんだから。
そんな気持ちで胸の前で腕組みをして、じろりとナツメを睨み付けた。
「例えば……」
「例えば?」
早く言えと言外に含めれば、まだ朝の内だというのにナツメのこめかみには汗が伝い、
「……ラビット」
「そのままですわね」
「そのままじゃのう」
「そのままじゃないの!」
かくて、探索者ギルドのギルド長私室に私の怒号が響き渡った。
*****
「やっと決まりましたわね……」
「アレを倒すより、名前をつける方が余程疲れた気がするわ……」
「だな……。今度から命名権は行使しない方向でいこう」
あれからああでもない、こうでも無いと話し合いを続ける事、一時間。
ようやくモンスターの名前を決める事ができ、
クレアさん、私、ナツメの三人に共通しているのは、どっと疲れた表情をしている事だ。
私とナツメは案を捻り出すついでに元気まで搾り取られ、クレアさんは何度もダメ出しをするのに疲弊した。
「ラピッドキングね……」
「最後の方はもう、決まれば何でもって感じだったな」
未だに、肉塊の何がいけなかったのか理解出来ていない。
しかし、これ以上その点について論じるのは薮蛇のような気がして、私はそそくさと出口に向かった。
もとより、長時間じっとしているのは苦手なのだ。
あと一歩出れば外。
そんな時だった。
後になって思い返すと、この時の私は精神的疲労と、慣れない大金を持ち歩いている事への不安感や、次第に自覚しつつある空腹によって、周囲への気配りも目配りも出来ていなかったと思う。
私にとっての出口は他の人にとっての入り口でもあるわけで。
早い話が、ぶつかったのだ。
「んがっ……」
何よりも先に鼻先を相手の胸板に強かにぶつけて、獣がフガフガと鳴く様な間抜けな声が口から飛び出した。
慌てて身を引けば、今度は勢い余って背中からすっ転びそうになる。
「おい、大丈夫か?」
重い足取りで後ろを歩いていたナツメが漸く私に追いついたようで、大きく体勢を崩した私にそう言って寄越した。
希望としては、訊いている暇があるなら助けてくれと思う。
手を伸ばせば、ぶつかった相手の腕を掴む事くらいは出来た。
だけど、そうしなかったのはこの手に金貨の詰まった麻袋を携えていたせいだ。
何かを掴もうとするのなら、何かを手放す必要がある。
食べ物でも割れ物でもあるまいし、いったん袋を手放して後で拾えば良かろうと冷静になって考えれば思うけれど、色んな意味でその瞬間の私は冷静さを欠いていた。
もし
50万ゴールドもあれば、今まで涙を呑んで我慢してきた屋台料理が幾つ試せる事だろうか。
故に、転ぼうが何しようが金貨の入った袋を私は絶対に手放さない所存だった。
それでもせめて頭だけは守ろうと首を前に屈める。
そのまま倒れ込むのだろうと、誰もが思った。
しかし、磐石に見えたその予想は覆される事になる。
正面から伸ばされた腕が私の肩と腰を支え、グイッと抱き寄せる。
「……っと。大丈夫ですか、お嬢さん?」
紳士的な声に耳を擽られて、目を開ける。
さらりと癖の無いオレンジ色の髪が揺れて、蠱惑的なスカイブルーの瞳が私を見つめていた。
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