第22話 馬鹿でも学習はする
お祖父様。
己をたしなめる白髪の老人をクレアさんは確かにそう呼んだ。
「クレアさんのお祖父様……?」
「おお! これはこれは私とした事がとんだご無礼を。申し遅れておりましたな。私の名はメイナード・シプリアン。このギルドの長を務めておりまする。そこなるクレアはいかにも私の孫娘じゃな」
正しく半信半疑といった様子で訊ねるナツメに呼応して老人は自己紹介を始める。
これがまた、私にとってはとんでもない爆弾発言だった。
はっきり言って、ナツメの驚愕の比では無い。
「あの……シプリアンって……まさか、その……」
目の前の老人が名乗るまさにその瞬間まで、シプリアンという家名を聞いて私が思い出す人物は、ただ一人だった。
テオドール・シプリアン。
魔法使い養成学園の長にして、私の魔法の師であらせられる方だ。
色々あって、その名前を耳にしただけで身の引き締まる思いがする。
実際、私は全身の筋肉をこわばらせながらギルド長と対峙していた。
「うむ? 何かね?」
「あの……てててテオドールという方がお身内にいらっしゃいませんでしょうか?」
「テテテテオドールという者はおらぬが、テオドールなら私の弟じゃが?」
「あっ 、いえ、ハイ。あの、テオドールで合ってます。その、弟さんというのは魔法学園の長で、賢者と呼ばれているあのテオドール・シプリアンでしょうか?」
「確かにそう呼ばれておったかのう? 愚弟には過ぎた名じゃと思うが……」
これで私の疑念は決定的なものとなった。
目の前のご老人こそ、この探索者ギルドの長にして、我が師の兄君様。
逆に言えば、師匠はギルド長の弟という事になる。
クレアさんに対して何となく苦手意識があったのも道理だった。
有無を言わせないところとか、クレアさんは師匠にそっくりだと思う。
「そなたは確か、シャンヌ殿じゃったかのう? 愚弟と何やら
一人で納得して頷いている私に、今度はギルド長が説明を求めてきた。
これに何と答えるべきかと戸惑う。
因縁なら、たくさんある。
幼少の砌よりあの頑固者の師匠に虐げられ、縛り上げられ、或いは吊し上げられてきた己が半生を思えば、涙さえ浮かぶ。
大賢者様なのにお仕置きもとい嫌がらせは、水の入った桶を頭上に鎮座させたまま廊下に立たされたり、特定の呪文を千回書き取りさせられたりと、何故か物理的な物ばかりで、その苦痛は全てこの肉体に刻み込まれている。
この偏屈ジジイと呪詛の言葉を何度喉元で呑み込んだだろうか。
だが、それらをここで赤裸々に告白し、心情を吐露してしまうのは憚られた。
「えーと、むかしお世話になりまして……」
「その様子じゃと、かなり深い知己のようじゃな。アレは片情張で頑迷な上に愛情表現が歪んでおる故、さぞ御苦労あそばされた事じゃろう……」
約半年前までの事を昔と言い張り、何をどのようにという説明は大胆に割愛して誤魔化そうとする。
けれど、年の功ゆえか。
そんな私の賢さかしい行おこいなどすべてお見通しとでも言うように、ギルド長はそっと頭を撫でてくれた。
「っ……」
その手のあまりの心地好さにうっかり細めかけた瞳が、ナツメのそれとカチ合い、ハッと我に帰った。
そして、警戒レベルをぐっと引き上げる。
一見、師匠と違って物分かりが良くて温厚でいい人っぽいギルド長だが、柔らかな物腰に騙されてはならない。
この人もまた、あの師匠の血族なのだから――。
如何に自分が馬鹿と言えども、十年に渡って辛酸を舐め続ければ学習くらいする。
魔法学園の長がテオドール師匠、探索者ギルド長がメイナードさん。
もはやギルドの名物と化している鬼畜受付嬢にクレアさん。
国の重要機関を二つも牛耳っているだなんて、シプリアン一族恐るべし、だ。
「うむっ、嫌われたものじゃな……」
猫につれなくされた者のような残念顔をしながら、ギルド長は手を引っ込めた。
その顔にほんの少し、良心が痛む。
「さて。雑談はこれくらいにしておいて、そろそろ本題に入るかのう」
大物とは気持ちの切り替えも素早いものらしい。
私にとっては人生トップ3に入るくらいの驚愕を雑談と呼んでサラッと流し、ギルド長は場の主導権を握る。
彼が本題と呼ぶのは勿論、ギルドの最高責任者が今日この場に同席するにまで至った重要事項だ。
「そなたらが持ち帰ってくれた情報の真偽を、信頼のおける上級探索者たちにギルド発行のクエストという形で直々に調査を依頼した結果、無事に事実確認が取れた。すなわち、踏破済みとされていた迷宮【吼える月狼の洞窟】第三階層のボスエリアにて、さらに下の階層へと伸びる隠し階段を発見し、周囲の魔力濃度などから第二のボスエリアと認定。当方の定める基準により、Bランク相当とするのが妥当と断ずる」
「Bランク……」
ギルド長の説明にナツメと二人して、掠れた声を発した。
あれからまだ三日ほどしか経っていないのに、既に調査済みとは存外に早い動きだと思う。
巨大組織とは、得てしてもっと動きの鈍重なものではないだろうか?
予想に反した素早い対応を見せただけに、今回の事件がいかに大事であったかを物語っている。
迷宮のランクは探索者ランクと同じで一番攻略難度の低いものがFランク、最高難度でSSSとされているが、もともとFランクとされていた迷宮が、Bランクになるなど聞いた事が無かった。
Cランクで一人前の探索者とされるのだから、その一つ上となれば、初心者用どころの話では無い。
そもそも、迷宮ランクの再判定自体が前代未聞だった。
「って事は、Fランクの人間がBランク相当のボスモンスターを倒したって事になるんだよな? だったら、シャンヌはCくらいまでランクを引き上げても良かったんじゃないのか?」
「確かにおぬしと同じように主張する者もおった。しかし慎重な審議を重ねた結果、此度はDランクが妥当と判断を下したのじゃ。無責任にトントン拍子でランクアップさせる事は容易いが、それが原因で死なせてしまってはかなわぬからのう」
自分のランクアップについて物議が醸されていたと知り、意外に思った。
もっとこう、機械的に判断されるイメージだったのだ。
探索者ギルドに登録している者は決して少なくは無い。
例えば探索者が迷宮を攻略中に死した場合、それは本人の力量不足、すなわち本人の責任とされる。
それを承知済みで皆、地中奥深く、もしくは遥か天空に眠る財宝をその手に掴む日を夢見て己の身を投じているのだ。
そんな自分達をギルドは利用しているに過ぎないと思っていた。
また、こちらが逆に利用してやろうとも考えていた。
「人は皆、金の山に等しき宝じゃ」
人を財と見なす。
灰色の瞳が抱く未来とは何か?
どっしりと構えてまっすぐ見つめてくるギルド長の言葉に、不覚にも胸を打たれた。
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