第2章

第21話 ランクアップと薬草



「……という訳で、シャンヌ様は本日これより、Dランクの探索者となります」

「信じられないわ……」


 早朝、ギルドに呼び出されて赴いてみればクレアさんに奥まった部屋へと案内され、そんな話を聞かされた。


 二階級特進。

いくら低ランクとはいえ、あまり例の無い話だ。


 そんな珍事が己の身の上に起こったのだと思うと、何だか信じがたいような気分になる。

それだけではなく、あのクレアさんに様付けで呼ばれた事がより一層、あり得なさを助長していた。


 何となく急に偉くなったような気分だ。

まあ、実際にランクが上がったのだから偉くなったといえばそうなのだけれど、以前の扱いとの差に戸惑いを感じる。

それでも、悪い気はしない。



「お前……最低ランクだったのか」


 隣の席ではナツメが別の部分で驚愕に目を見張っていた。


「そうよ、何か文句ある? 二階級特進した私に何か?」

「いや、別に文句は無いが探索者を初めて日が浅いってわけでも無さそうなのに、なんで最低ランクだったんだろうと思って……。つーかお前、その言い方感じ悪いな」

「その辺りの事情は私の方から説明させていただきますわ、ナツメ様。シャンヌ様は、長い間お一人で奮闘されており、その圧倒的な非効率ゆえに、ランクを上げる事が出来なかったのですわ」


 言葉の端々に嬉しさを滲ませてナツメに対して尊大に振る舞えば、それを阻んできたのはやはりクレアさんだった。

やはりこの人は変わらないのだなと思える。


 人の良い気分を一瞬で打ち砕くなんて、さすがはサディストだ。

並の人間とはやる事が違う。


 探索者ギルドはそこに加入している全ての者を対象に昇級制度を敷いている。

迷宮攻略への貢献度や魔物の討伐などが昇級査定に影響してくるのだけれど、私はその成績が恐ろしく芳しくなかった。


 探索者といえばパーティーを組んで活動するのが普通で、特にFからEランクに関しては低ランクという事もあって、さっさと上がってしまう者がほどんどだった。

その間、およそ三ヶ月が平均である。


 しかし、私はギルド加盟から約半年もの間、自分のランクを一つも上げることが出来ずにいた。

それもこれも、学園出身者のパーティーから溢れてしまったせいだ。



 一人で潜ると、探索がなかなか進まない。

一人で戦うと、モンスター討伐に時間がかかる。

一人だと、迷宮から持ち帰れる荷物が少ない。


 魔物の討伐は、討伐証明部位を持ち帰る事によってのみ承認されるが、解体をしている暇も無く、またそのまま持ち帰れる訳でも無く。

断捨離の如く、道すがらに放置した魔物の死骸は数知れず。


 要は完全なる悪循環だった。


「うん、まあ一人だと恐ろしく探索が捗らないのは解るぞ。俺もしばらく一人で活動して、その苦悩を味わったからな。だけど、魔物討伐や迷宮の未踏破エリアのマッピングの他にもランクを上げる方法はあっただろう?」

「ええ、ございますわ、一定数の採集依頼の達成という条件が。しかし、残念ながらこちらもシャンヌ様には不向きでした」

「どういう事だ?」

「シャンヌ様は、植物や鉱石の見分けがつかないのです。いつもいつも、依頼とは異なる物をお持ちになられるのですわ。傷薬の元となる薬草を採ってくるように依頼をして、まさかの毒草を持ち帰られた時はさすがに職員一同、戦慄致しましたわ」


 芝居掛かった仕草で額に手をやり、クレアさんは嗚呼と嘆いた。


「誤解よ。あの時はたまたまちょっと見間違えただけで……」

「これとこれのどこをどう見て、間違うと仰るのですか?」


 クレアさんは用意周到だった。

まるで、こうなる事を予期していたかのように、どこからともなく二種類の草を出してきて、私の眼前に突き付ける。


「双子葉類と単子葉類。似ても似つかないな……」

「本当にどこに見間違える要素があるんだ? ……いや、待てよ。そういえばこの間、兎を調理していた時に野菜だろうが草という草は全部『謎草』と呼んでいたな……」

「うるさいわね。草は全部草でしょう? 草を草と呼んで何が悪いのよ!? 」


 野菜だろうが、草は草。

宝石だろうが、石は石。

いちいち区別するなんて面倒だ。


 声高に主張すれば呆れた顔でやれやれとクレアさんが首を振る。


「ただ、覚えられないだけですわね」

「うっ……」

「お前、それでよく今まで死ななかったな」


 ぶすりと容赦なく図星を突くクレアさんと、憐れむようなナツメの視線が心を抉る。


 もともと、記憶力は悪いのだ。

野菜などより断然肉派の私に、薬草の名前や特徴、効能など覚えられる筈がない。


「お前がものすご~く馬鹿なのは分かった」

「潔いと言ってほしいわ」


 凹みつつも果敢に言い返す私に、ナツメは無言で先程のクレアさんと全く同じ仕草をした。



「これこれ、クレア。将来有望な探索者のお嬢さんをあまりからかうでないぞ」



 二対一。

そんな不利な情勢を変えたのは、この場にいながらこれまで一切口を挟む事無く黙っていた白髪の老人だった。




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