第20話 まだ見ぬ味覚を求めて
そうこうしているうちに、肉に火が通ったらしい。
「最後の仕上げだな」
そう言うとナツメは再度、魔法鞄の中に手を突っ込む。
彼が取り出したのは卵だった。
無造作に調理台へとコツンと卵を打ち付け、器用に片手で割る。
それをささっとかき混ぜて、鍋の中に回し掛けした。
そうして彼はすぐに火を落とし、鍋に蓋をする。
「完成、なの?」
「このまま少し待ったらな。……よし。そろそろいいだろう」
蓋を開けると、押し込められていたものが一気に解放されたように湯気と、食欲をそそる香りが立ち上る。
――ぐーぎゅるぎゅるぎゅる。
視覚、嗅覚両方に訴え掛けられ、思い出したように私のお腹は空腹を主張した。
「ふっ、せっかちな腹の虫だな。待ってろ、今よそってやるから」
含み笑いをしながらナツメはたった今出来上がったばかりのそれをお玉で掬い、深めの器へと盛った。
それを二つばかり持って、正餐室へと移動する。
私も、ナツメの手にある料理の匂いに誘導されるようにして、アンデッド系モンスターのように前に腕を突き出しながら後を追った。
「こんな長いテーブルの端と端に座って、気取って食うようなモンじゃないけどな」
ドンッとテーブルの上に置かれた皿。
そこに目が釘付けになる。
「兎肉の卵とじ。遠慮せず食いな。そして、和食の凄さを思い知れ」
もう我慢などきかなかった。
差し出されたカトラリーを引ったくるようにして握り、大きめのひと口分を掬い取る。
一度(ひとたび)口に含めば、そこは優しい世界だった。
表面を焼く事で旨味の流出を抑えられた肉は、噛めばじわりと肉汁を溢れさせる。
それは肉本来の旨味であり、また昆布出汁、醤油とのハーモニーであった。
そこに長葱の食感と甘みが加わり、またそれら全てをベールで包み込み、調和するのは卵だ。
ふわふわ、とろとろの半熟で、幾らでも食べられそうな気がしてくる。
「旨いか?」
ひと口、またひと口と夢中で食べ進める私の姿を、ナツメは己の食事を忘れて見つめていた。
旨いか、不味いか?
そんなもの、美味しいに決まっている。
愚問だ。
私がナツメのその問いに答える事は無かった。
答える間、手を止める時間すら勿体無い。
私は、兎肉の卵とじを味わうのに忙しいのだ。
「おうおう、いい食いっぷりだな」
ナツメの服の袖は捲られたまま。
組まれた両の腕は細身ながらも学者という職業に不釣り合いなバランスの取れた両の腕の筋肉を惜しげもなく晒し、ナツメは満足げに頷くのが視界の端に映った。
私の仕草の中に答えを見つけたようだ。
「おかわり!」
「お前、食うの早いな。結構多めによそったつもりだったんだが」
「何でもいいから、おかわり! 早く」
「へいへい。ったく……。俺も腹ペコだってのに」
不平を溢しながらもナツメは離席し、空の皿を持って厨房へ引き返した。
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