第2話 すべては食事の為に




「……で、貴方の職業は?」

「えーっと、いわゆる学者ってやつだな」

「……え、何ですって?」

「だから、学者だよ。探索者なら、考古学者って聞いた事くらいあるだろう?」

「オー、マイゴッド!!」



 新たな出会いと実り豊かな食卓への期待を胸にギルドへと赴いた私は早くも頭を抱えていた。


 なけなしのお金を叩いてギルドの掲示板に仲間募集の貼り紙をしてもらうと、そこはそれ。

さすがはギルドというか、張り紙に興味を持ってくれた人がすぐに現れ、その時点では私ってばなんて付いているんだろうと思っていた。

……相手のご職業を聞くまでは。



「学者って、どう考えても非戦闘員じゃないの! 貴方、私に寄生する気!? そう、それが狙いなのね! でもお生憎様、私に寄生したって大した儲けにはならないわよ。家計も常に火の車だし」

「いや。それ、そんな勝ち誇って言うセリフじゃあないからな」

「そんなのどうだっていいわよ! いい? 私はね、戦える仲間が欲しいの。貼り紙にもそう書いてあったでしょう? ここよ、ここ。貴方、現代文字をきちんと読める? ……そう、貴方みたいな非戦闘員はお呼びじゃないの。はい、分かったらハウス!」


 とんだ一日だった。

目の前のコイツが現れてすぐに掲示を下げてもらったから、再度募集をするにはまた依頼料が発生してしまう。

うちにはそんなお金は無いというのに。


 依頼の掲示だけでお金を取るだなんて、さすがギルドね。

どうあってもギルドにお金が舞い込むように出来ている。


 嫌なら所属するなという話だけれど、迷宮の情報は全てギルドが管理をしている為、ギルドに出禁になってしまえば探索者を廃業しなければならない。


 その他諸々の恩恵が受けられなくなるのも非常に痛いので、こうして全財産を擲なげうってまで依頼を出したというのに、それがこの男のせいで!


 やはり、考えれば考える程に腹が立った。

そしてお腹も減った。


 ――ぐーぎゅるぎゅるぎゅる……。


「私のご飯を返して!」

「いや、そこは金返せと言うところじゃないのか? ……まあいい、このままじゃまともに話も出来そうに無いからな。メシを奢ってやるから、話を聞いてくれ」

「その話、詳しく聞かせてもらうわ」


 即断即決。

ご飯を奢ってくれるという話に、私が乗らない訳がなかった。



****


「……しかし、こういうのって普通逆な気がするんだが。依頼主の方が、受注者をもてなすもんじゃないのか?」


 そんな嫌味を言われようと何のその。

久方ぶりにまともなご飯にありつける私に、死角は無かった。


 厨房の方からはスパイスの良い香りが漂い、ジュージューと肉の焼ける音が聞こえてくる。

ご飯時を微妙に外しているから客足はまばらだけど、お昼時ともなればきっと多くの客がテーブルを賑わせているに違いない。


「こんな大衆食堂で良かったのか? 貴族様だから、てっきりもっと格式張った店を好むものかと……」

「貴族も色々よ」


 今度は嫌味ではなくて、本当に心底不思議そうに呟く男にさらっと切り返した。


「へえ。しっかし、何だってそんなに金欠なんだ? アンタ、その年でしかも女なのに男爵なんだろう? 貴族なら、税収とかあるんじゃないのか?」

「うちは貴族の中でも末席に身を置いていて、自分の家以外の領地を持たないの。いわゆる名ばかり貴族ね」

「ふ~ん。俺は男爵っつったら、あとは畑の土の中にゴロゴロいるやつのイメージしか無いけどな……」


 土の中に住む男爵。

果たしてそんな者がこの国に居ただろうかと首を傾げる。

そんな人物が実在するならば、かなり代わった嗜好の持ち主ね。


「それじゃまあ、メシが来る前に軽く触りだけでも……」

「ヘイ、お待ち!」

「……大将、相変わらず出すの早いな」

「おうよ」


 話の腰を折られた男が何やら凹んでいる様子だったけれど、久々のまともな食事を前にした私にはそんな些末な事は気にならなかった。


 頼んだのは牛肉を柔らかく煮込んだビーフシチューと表面をカリカリに仕上げた石窯バケット。

久々に食べるのなら、そんな重たいものじゃなくて胃に優しいものにしろとテーブルの向こう側に座る自称学者先生に言われたけれど、あえて押し切った。


 私はこれが食べたいのだ。

特に肉が食べたい。


 それなのに、オートミールなんぞを奴は勧めてくる。

だから言ってやったのだ。

後に胃が荒れようとも、私はこのビーフシチューとバケットを心ゆくまで味わい尽くす所存である、と。


 手早く大地母神への祈りを捧げて、ゆらゆらと湯気が立ち上るシチューを木製の匙で掬う。

そうして漸く訪れた至福の時を宣言通り、ゆっくりと舌の上で転がすように味わった。


 それぞれ自己主張の強いトマトの濃厚な風味と仔牛を火にかけて煮出した野性味溢れるフォン・ド・ヴォーを、葡萄酒が見事に調和している。

舌先をピリッと刺激し、鼻を擽る黒胡椒はご愛嬌だ。


 続いて、ゴロゴロと大きめにカットされた具の中から迷わず牛肉を選んだ私は、最も楽しみにしていたそれを口に放り込んだ瞬間、目を見開いた。

舌の上に乗った途端に、それは柔らかくほろほろと崩れ、たっぷりと含んでいたスープを口の中全体へと行き渡らせる。


「この、ほのかに香る柑橘は……?」

「そりゃあ、きっとコイツの事だな」


 野性的で、それでいて繊細で。

尖っているようで、丸い味。

重厚にして爽やか。


 そんな相反する感想を抱きながら、顔を上げると大将と呼ばれたこの店の壮年の主人は、少年のような笑みを浮かべた。

その手には、黄金色の液体がたっぷりとの詰まった瓶がある。


「コイツはとある地区の迷宮の中層階に出現する魔物の巣から採取出来る代物でな。花の蜜を集めて作るんだそうな。お前さんが柑橘の香りと言ったのは、その花のせいだろう。砂糖の代わりにコイツを使って煮込んだ肉は柔らかくほぐれて、その辺りの気取った店の出す高級肉にも負けはせん」


 論より証拠とばかりに、ひと口食べてみれば大将の主張が真実である事は明らかだった。


「……美味しい」


 素直にそう述べれば、大将はくしゃっと破顔した。



「隙あり!」

「っておい!」


 向かいの席の考古学者までが何だか得意気なのには何となく苛ついたので、これまた美味しそうな肉の塊を一つ横取りする事にした。


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