第1章
第1話 一匹狼の限界
今日も一仕事を終えた私は、手桶のお湯で顔を洗うと、バタンとベッドに倒れ込んだ。
仰向けの状態で、シーツに身体を埋もれさせるようにしながら目を閉じ、今日一日を振り返る。
やはり、一人で迷宮に潜ろうというのが無謀なのだろうか?
学園を卒業して早半年。
大きな怪我こそしなかったけれど、 一人で潜り続ける事に限界を感じ始めていた。
世の中には色んな戦術理論が溢れている。
在学中、大賢者と名高い師匠に再三に渡って言われ続けたのが、『遠距離範囲攻撃こそ魔法の強み』という揺るがぬセオリーだった。
自他共に認める馬鹿だが、さすがの自分にもそのくらいは理解出来た。
相手の攻撃が当たる可能性なんて、少しでも低い方がいいに決まっている。
それでもなお、魔法使いという職業についてなお前衛に拘るのは、他でもなく生きる為だった。
迷宮都市国家と呼ばれるここ、オールドバラで生き抜いていく為には、たとえ女であろうと戦える事がほぼ必須の条件だと言われている。
剣だろうが、魔法だろうが何だって構わない。
とにかく強くある事こそが至上だというのが、この国での常識だった。
それは迷宮に潜る為である。
例えば、南の隣国のアイヒベルガーやアクロイドならば、肥沃な大地に恵まれ、常に市場には豊富な食べ物が出回っている。
ところが、オールドバラには特産と呼べる物が何もない。
各地に点在する迷宮の影響なのか、殆どの作物が育たないのだ。
そこで人々は無いものづくしのこの国において、唯一豊富にあると言える迷宮に潜り、そこで得た物品を売り払う形で、毎日の生きる糧を得ていた。
戦えぬ者の多くは国外へと流出し、またその逆に一攫千金を夢見た者たちがオールドバラへと流れ込んできて、まあ概ね調和が取れていたと言えよう。
しかし、その調和もある事件を境に狂い始めた。
その事件こそ、十二年前の魔物たちの大侵攻である。
侵攻そのものは、探索者たちの手によって食い止められ、オールドバラは滅亡の危機を免れたが、多くの犠牲者が出た。
それ以来、剣を手に取る探索者がめっきり減ったのだ。
以前は7:3程の割合だった前衛職と後衛職の探索者の割合が、今や逆転どころか2:8にまで迫ってきている。
その理由は単純明快、魔物との接触を怖れる者が続出したからだ。
それでも探索者自体の数が然程変わっていないというのが、人間の浅ましさというか、欲深さを如実に表していた。
そんな訳で、魔法使いを志す者が激増し、剣士を志す者が激減した結果、多くの探索者たちはパーティを組むのに頭を悩ませる事になった。
とにかく前衛が見つからないのだ。
前衛一人に対して、後衛が四人ではなかなかに辛いものがある。
結局前衛を嫌って魔法使いになった者も、魔力障壁などを駆使しながら、迷宮の並み居る魔物たちの攻撃を掻い潜らなければならなくなった。
魔法理論とは私にとって複雑奇怪極まりないものだ。
魔法使いは先の大侵攻で命を落とした両親のたっての希望で、その遺志に従い、両親の知己であった大賢者テオドールの元へと通った訳だが、まあその成績たるや惨憺さんたんたるものであった。
どうにかこうにか、各属性の相関関係だけは頭に叩き込んだものの、各魔物の特性など到底覚えられなかったのだ。
卒業出来たのは奇跡としか思えない。
同期の子達が学生時代の仲間内でパーティを組み、既にその名を広めつつある中、落ちこぼれ故にどこのパーティからも誘われなかった私は、一人で探索する他無かった。
「やっぱり、仲間は必要よね……」
誰もいない部屋の中、独りごちる。
パーティで潜るのと、一人で潜るのでは効率が全く違う。
パーティで探索をすれば、戦果の自分の取り分は減ってしまうけれど、その分探索のペースを早めればいいのだ。
体力的はもう少し余裕が出るだろう。
そうすれば、他人が攻略し、粗方探索が終わった後の宝とも呼べないようなみそっかすをかき集めて細々と生活する必要も無くなる。
未攻略の迷宮には危険も多いが、多くの財宝が眠っているのだ。
毎日、謎草の炒め物や謎球根のソテー、謎キノコの丸焼き、薄塩味スープで食い繋ぐ生活はもう懲り懲りだった。
今までそれでよく死ななかったなぁと、自分の生命力に感心するくらいだ。
前衛も後衛も関係なく、むしろ魔法使いだというのに長い詠唱の隙なんて与えて貰えずに、魔法で属性を持った簡易の棍棒のようなものを出してそれで何とかモンスターたちをぶちのめし、やっつける日々が続いたせいで運動量が半端無く、とにかく空腹が酷い。
両親を幼くして亡くした名ばかり貧乏男爵の私に遺されたのはこの家だけだ。
まずは、お腹いっぱい美味しいものを食べたい。
明日は、ギルドに出掛けて仲間の募集をしてみよう。
そう決心した私は、来る朝に備えて今は疲れた身体を癒す事に専念した。
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