第4話 個人
「父さん、葬儀屋さんが困っているから…」
肩に手をやっているのは兄の敏夫である。お兄ちゃんと呼ばず、ずっとトシちゃんと呼んでいた。
「うるさい、もうさくらに会えないんだぞ!もう二度と!なんでひとりで逝ったんだ!なんの言葉も残さず…恨み言でもいい…なんでひとりで…うう」
トシちゃんがいる。仕事が忙しいともう10年近く会ってなかった。もちろん連絡もない。この家は母が死んだときからバラバラなのだ。
と言ってもここにいる人たちすべてほぼ疎遠だ。3年前に父が倒れて病院に入院し退院の手続きをしたのが、最後だ。
トシちゃんも老けたな…ちょっとハゲている。若い頃はフサフサだったのにね。48歳じゃ老けるか…
「さくらから本当になにも聞いてなかったのか、菊子」
「聞いてないわよ。隠しても仕方ないでしょ」
「…すべて、ひとりで準備したんだな。若い時に買ったマンションも売却されていたし、長く勤めていた仕事も8ヶ月前に退職していた。そしてこの誰も知らない地に越してきていたのか…」
「8ヶ月…どんな思いでここで暮らしていたのかしらね…」
「様子がおかしかったとか、なかったのか?」
「はあ?何言ってんのよ?会ってなかったのよ。分かるわけないでしょ?」
「なんで、会ってなかったんだよ。お前たち仲が良かっただろう?」
「何年前の話してるのよ。ここ数年、疎遠だったわ。なにが気に入らないのか遊びにも来なくなっちゃって…」
「心当たりないのか?」
「あるけど…」
「あるのかよ?なんだよ?」
「さくらが遊びに来ても無視してやった…」
「はあ?なんで?」
「だって悔しかったんだもん。さくらは自分でバイトしたお金で専門学校にも通って絵描きとして成功してマンションまで買って自立して!羨ましかったのよ!」
「それで無視したのか…」
「…遊びに来た時に子供を押し付けて、私は外に買い物をしてきたの。それでもさくらは「久しぶりにひとりで買い物出来て楽しかった?」って笑顔で…私は意地悪したのに全然通じてなく、近所にママ友が出来た時にあの子が来ているときもママ友とおしゃべりしてさくらを無視したの…どんな顔するかなって思ったらそのまま帰っちゃって、それから来なくなったわ。ちょっとやり過ぎたと思ってたけど、また来るでしょって思ってたら全然来なくて連絡しずらくなって、そのまま…」
「さくらはなにも悪くないって事か?」
「トシちゃんにもお父さんにも言われたくないからね。無視してたのはトシちゃんもだし、お父さんに至っては殴ってたんだから!」
「お、俺は仕事が…」
「ふん!なによ、仕事って。すぐに出来ちゃった婚しちゃって、うちら家族を疎遠にしたのはトシちゃんだからね」
「それは…」
「私にあれこれ言わないでよね」
兄妹で人の葬式で言い争いが始まった。
「俺は…母さんが死んでからというもの父さんがさくらに当たり散らしたり、仕事かと思っていたらパチンコ屋から出てくる所を見たりして、少学生のさくらを置いてこのオヤジはなにをしてるんだと思って、心底軽蔑した。俺はこんなオヤジにはならいって決めたんだ。だから関わりたくなくて高校出たらすぐに家を出たんだ」
「妹である私たちにもう少し気にかけてくれてもよかったんじゃないの?」
「俺だって18・9だったんだぞ。金もないし、遊びたいし…俺の子供じゃないしな…だから俺は自分の子には優しくしているし、子育てにも参加してるよ。反面教師ってやつだ。菊子おまえだってそうだろう」
「そうよ、可愛いのは我が子だけよ。妹なんて勝手にしてって感じよ。なにが悪いの?」
「もういい、よしてくれ。俺がすべて悪かったんだよな。俺がお前たちを放っておいたから、さくらをひとりで逝かせる羽目になった。俺の実の母さんも早く死んだんだ。後妻の母は厳しい人で殴られて育てられた。俺は反面教師に出来なかったんだな…継母と同じことをさくらにしていたのか…妻も死んだ。娘も死んだ。なんで俺はまだ生きているんだ…早く死なせてくれ…」
この家の人たちは家族ではなく個人だな…
3人は俯いたまま、動かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます