第3話 家族

 さくらは真っ逆さまになりながら、落下している。落下はしているが不思議と頭は冴えている。目の前の光景がばっちりと見えているのである。これが噂の走馬灯かな?



 さくらの目の前には父が見える、さくらのお葬式のようだ。


 走馬灯ではないな…



「お父さん、大丈夫?さくらもこんな所でお葬式をしなくてもねぇ。お父さん足弱いのに…ああそうそう、ホスピスの人から聞いたんだけど、さくらの残っていたお金はすべてどこかの団体に寄付したんだそうよ。甥っ子のために残してくれてもよかっただろうに、まったく、死んでまでやな性格だわ」


「やめないか…亡くなっているんだぞ」


「はあ、まあそうだけど、あの子があんな性格になったのはお父さんの責任だけどね。ちょっと気に入らないと小さいさくらを殴っていたじゃない。あれ、今じゃあ虐待っていうのよ。いい父親だったみたいな顔しないでくれる?こうなったのもすべてお父さんの責任だから、…まあ今更ね。どこか温泉でも入って帰る?」


 さくらの葬式に父と姉の姿が見える。


 さくらは終活にホスピスに近い家族葬が出来る葬儀屋に予約をしていたのだ。棺や花を選び、遺影も撮った。そして、お金も前払いにしていた。しかしさくらの地元から遠いこともあって、死亡知らせは父宛てのみにしていた。どうせ誰も来ないだろうし、誰かに来てほしいとも思っていなかった。



「菊ちゃん、やめなよ。妹さんが亡くなったんだよ?もっと他に言う事ないの?」


 姉の旦那だ、姉は菊子という。


「知らないわよ、いつの間にか勝手に死んだ妹の事なんて…誰にも知らせないなんて頭おかしいんじゃないの?」

 姉は目が赤くなり、涙を流す。


「ごめん、辛いよね…」



 イチャついてんじゃねーよ。


 姉が泣いているのを見るのは2度目だ。1度目は母が死んだときに今のように薄っすらと泣いていた。泣き虫なさくらと違い姉はケガをしても泣かない鉄人のような人だったのだ。その姉が泣いている。


 私が死んで姉は泣いてくれるんだな。私の事なんて眼中にないのだと思っていた。姉とは幼い頃は仲が良かったが段々と疎遠になった。私は姉が結婚しても家族だと思っていたが、姉の家族は嫁入り先の人たちのみだと痛感してからは姉の家には行かなくなった。


 姉は子供が幼稚園や小学校に上がる年になるとママ友と頻繁に遊ぶようになった。それでいいのだが、休みの日にさくらが遊びに行った時にもママ友を優先して井戸端会議を行う。その際にはさくらは一人姉の家でテレビを見ることになるのだ。せっかくの休みなのに私はなにをしているのだろうか。姉も「今日は妹が来ているから」と井戸端会議は断ればいいのに…と思うようになった。それから行かなくなったのだ。


 遊びに行かなくなってからも姉から「遊びに来ないの?」との連絡もない。そうか私は迷惑だったのか…姉の力になりたくてオムツを変えたり子供と一緒に留守番をしたりとしていたが、なんの力にもなれてなかったのだ。私は家族じゃなかった。


 父といえば、棺の前でさくらの顔をじっと見ている。自分の死に顔を見れるとは思わなかった。たくさんの白いバラの花で囲んでもらっている。白バラの季節でもないのに贅沢だ。白いバラが好きだったわけではないが、死ぬ時ぐらいキレイに装いたかった。死に化粧もばっちりだ。要望通りにしてくれている。ありがとう葬儀屋さん。


「さくら…つらい思いをさせたな…母さんが死んだ時はさくらはまだ9歳だったな。お姉ちゃんは中学生でトシちゃんは高校生だったか…中学生のお姉ちゃんにまかせておけば大丈夫だろうと一切さくらの事は気に掛けなかった。どうかしていた」


 姉は5歳年上で兄の敏夫は8歳年上だ。


「子供なんて放っておいても育つもんだと思っていた。でも、さくらはまだ9歳だったんだよな。今じゃあ育児放棄とも言うんだろう?昼の番組で言ってたよ。俺は育児放棄して言う事を聞かないさくらを殴って無理やり言う事をきかせて、虐待してたんだな。すまなかった…」


 父は昔ながらの昭和オヤジで自分が悪いと思っても謝ったりしない人だった。しかも、世間体重視の外面満点オヤジだったため、さくらがすべて悪者にされてきた。そのオヤジがさくらの棺の前で、みっともなくオイオイと泣いている。



 なにがそんなにつらいのか…もう3年も会ってなかったじゃないか…


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