第2話 解放

「さくらさん、おはようございます。お散歩ですか?」


「おはようございます。昨日の夜は雪が降っていたから積もるかもと思って早起きしたんです」

「寒くないですか?」

「大丈夫です。たくさん着こんでますから」

「転ばないように気を付けてね」

「はい、ありがとうございます」


 転んでケガをしたらまた大変ですもんね、余命を知ってから優しい言葉も嫌味で返しそうになる。でも言葉には出さず、ぐっと堪える。嫌味を言っても仕方がない。あちらさんは仕事なのだ。声を掛けなくてもいいのにわざわざ声を掛けてくれたのだ。すべてにイライラする。死ぬのなら早くお迎えが来ないかなと思う。


 このただ病気と向き合っているこの時期が地獄のようだ。若い時は死が怖かった。死んだらどこに行くのかだの、どうなるのかだの、どうでもいい事で悩んだものだ。今となってはアホらしい。そんな事で悩むなら単語の1つでも覚えればよかった。時間の無駄だ。


 母もがんで死んだな。遺伝したのかな。本当に私は両親の悪い所ばかり似る。背が低いとか、肥満症とか足が短いとか、普通いい所の遺伝子を残そうとするんじゃないの人間っていうのは!なんで悪い所ばかり似るのよ!


 今言っても仕方がない。もうすぐ死ぬのだ。


 雪道をザグザグ歩く、一晩で30㎝ほど積もっている。まだまだ雪が降り続け、本番はこれからのようだ。空いているホスピスが現状ここしかなかった。空けば暖かい地域に移動も出来るようだがもうすぐ死ぬのだ。ここでいい。雪も今年限りだ。期間限定なら楽しいものだ。


 上を見上げれば、灰色の空から白い雪がじゃんじゃん降り注いでいる。これはますます積もる。新雪をザクザク蹴散らしながら歩く。さくらは少し泣いていたかもしれない。


 辛い日々、辛かった日々もうすぐ終わる。やっと解放されるのだ。




 雪道を蹴散らしながらザグザグと進むと、予想以上に深い場所があり、雪の下には地面がなかった。

 ヤバいと思った時はすでに遅く、身体が前のめりになりそのまま真っ逆さまに落ちて行った。


 初めての落ちる体験、まさに走馬灯のように人生が振り返る…


 あれ?振り返らない。さくらが見えているのは自分が死んだ。後の世界だった。

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