ゾラとセザンヌ
「ゾラ、セザンヌ、ごはんだよ」
「にゃー」
いまニャーと言ったのはわたしではない。ゾラだ。
「にゃおるぉぉ」
そして今にゃおるぉぉと言ったのもわたしではなく、こっちはセザンヌ。
「はい、いい子で待ってねー。今モンペチ(まぐろ・かつお・ささみ入り かつおだし仕立て)開けるからねー」
ゾラとセザンヌは我が家で飼っている猫。詳しいことは分からないけど、一緒に捨てられていたそうだから多分きょうだいなんだろうと思う。ゾラは黒猫で、セザンヌは白猫。どっちもオスでどっちも手術は済んでいる。にーちゃんがこの子たちを拾ってきたのは父が行方不明になってからまもなくのことだった。ママと二人、べそべそ泣き暮らす状態にあった我が家に、にーちゃんが「拾った」と言って連れて来たのである。実はその時には三匹いたのだが、残りの一匹は伯父さんのところで飼われている。
「ふっふふんふふ~、ふっふふんふふふふ、ふーふふふふふふふふんふふ~♪」
にーちゃんはなんか鼻歌を歌いながら皿洗いをしている。我が家の家事で、わたしがやっているのは猫の餌やりと、そして洗濯だけである。洗濯はほら、まあ、肌着とかありますので。といっても、全自動洗濯乾燥機にぺいっと入れてほいっとスイッチ入れるだけだから、具体的に何をしているというわけでもありませんけども。洗剤買ってきてセットする作業はにーちゃんがやってくれてるし。
「ゾラ。セザンヌ。お前たちはいいね、きょうだいでずっと一緒で」
このマンションはわたし一人で住むには完全に広すぎなので、にーちゃんの部屋もある。住民票が置いてあるのは伯父さんの家なのだけど、にーちゃんの日常は半分くらいはわたしと一緒に暮らしていると言ってもいいような生活だ。いちおう、ここに来るときは必ず「ごはん作りに来た」とかそんなようなことを言い、決して『ただいま』と言ってここに来たり、『行ってきます』と言って出かけたりすることはないけれど、それは最後の一線を守るためにそうしているだけで、わたしたちは一種の、疑似家族。そんな感じ。三日とは開けず食卓も共にしているし。
「にーちゃん、今夜はどうするの? 泊まってくの?」
「いや、今夜は店で明日の仕込みがちょっとあるから、帰るわ。また明日な」
「うん。分かった」
にーちゃんはにーちゃんがやっている店、『MOTHER』の店主である。オーナーシェフではないが(何しろオーナーはわたしなので)、肩書は店長。父が興した店、『EARTHBOUND』の、直接の同名チェーンではないが系列店、別ブランド出店という形になる。
「じゃーね、にーちゃん。お仕事がんばってね」
「にゃー」
「うにゃー」
「ほなな」
というわけで、にーちゃんは(あのあと軽く掃除までしてから)帰りました。わが家は今日もぴかぴかで、明日のあさごはんはビーフシチューとバターロールの残りです。
父さん。
父さん。
わたしはそれなりに幸せにやっているよ。
どうか。
せめて。
そのことだけでも、こちらからあなたに、伝えられたらいいのに。
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