第45話 二杯のラーメン

 なんだか「一杯のかけそば」みたいなタイトルになってしまったが、別にしみったれた話ではない。どちらかというと豪胆な話になるかと思う。


 おれの交友関係のうち、高校の先輩でKさんという人が居るのだが、Kさんはガテン系の職業に就いているということもあって、細身の見た目ながらかなりの量のめしを食う。


 特に麺類には目がなく、地元の奉仕活動などに参加したのち、昼食を共にする時があると、だいたい麺になる。おれも麺は好きなので、コロナ禍前はKさんとしょっちゅう麺を食べに行っていた。


 そんなKさんなのだが、Kさんはタイトルよろしく、ほぼ必ず「ひとりで2杯のラーメンを注文する」。例えばおれと食べに行けば、2人でラーメンが合計3杯、という具合である。


 2杯注文するのにもこだわりがあって、Kさんはかならず違う味にする。しょうゆとみそ、あんかけとみそ、しおと担々麺など、とにかく違うものにする。


 そのきらいもあってか、だいたい店員さんからは「(客は2人なのに)ラーメン合計3つでよろしいですか?」という確認が入る。今までかなりの数の店にKさんと訪問したが、ほぼ必ず聞かれる。


 他には「あと1名誰かいらっしゃいますか?」「ラーメンは2つでなく3つですがよろしいですか?」などといったケースもあった。


 最初の3回ぐらいはこのやりとりになかなか慣れなかったのだが、それ以降はもうすっかり「ああ聞かれるな」というのが解るようになってきた。2人なのにラーメンが3つなので、明らかに店員さんが困惑するのである。


 もっとも、Kさんは別に店員さんを困らせる意図はなく、3つですかと聞かれれば「俺が2つ食うので」とことわっている。なので最終的には決着しているのだ。


 Kさんは夏であっても冷やし中華は食べないので、冷やし中華と何か、という組み合わせはないらしい。のだが、もし頼むとすれば「冷やし中華とラーメン2つ」になるとのことで、改めてその食欲に驚くばかりだ。


 なぜ2つ食べるのかというと、わりと単純な理由で「とにかく麺が好きで麺を食べたいが、1つだと少ない。大盛りだと飽きる。2つ別な味というのが一番飽きなくてちょうどよい」ということなのだそうだ。


 おれもたわむれに「牛丼屋で別な牛丼のミニサイズを2つ注文する」といったことをたまにするので、それに似たようなもんだろうかと聞いてみると「それは意味わからん」とのこと。なぜだ。ほとんど同じでしょ。


 Kさんは肉があまり好きではないので「チャーシューメン」という選択肢はない。Kさんにとってのラーメンは、さしずめ「麺を味わうための汁物料理」といったところだろう。トッピングもほとんどしない。


 そんなKさんにラーメン二郎はどうかと訪ねたところ「1杯でデカ盛りなやつは逆に飽きてしまって食えないから無理」なのだそうだ。なんだか、ありそうでなさそうなタイプの好みを持っているなと思う。


 ちなみにうどんやそばに関しては「大盛りで足りる」とのこと。うどんやそばを一緒に食べに行ったことはないのだが、足りる足りないの基準がどこにあるのかよくわからなくなってくる。


 コロナ禍が明けたら、とりあえずはまた、Kさんと2杯のラーメンを、たった2杯のラーメンを(たったじゃない)食べにいきたい。できればそのラーメン屋に、予約席があればなおいい。

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