第41話 あぶらあげ
唐揚げ、明太子、寿司、アイスコーヒー、ブリしゃぶなど、ここまで色々と食べ物に関するあれこれを書いてきたおれだが、人に言うとかなり意外な反応が返ってくる「好きな食べ物」がある。
それが、タイトルにも書いた「油揚げ」だ。
具体的には「マリトッツォとかカツカレーとか唐揚げとか、分かりやすいグルメを書いてる人が、なんで油揚げとかいう滋味あふれるものが好きなのか」みたいなように思われるっぽいのだが、それでも好きなのは好きなのである。
大豆製品の趣向から見てみると、おれの場合は以下のようになる。
大豆そのもの・・・好き
豆腐・・・ふつう
味噌・・・ふつう
豆乳・・・ふつう
納豆・・・好き
おから・・・どちらかと言えば好き
きなこ・・・嫌い
湯葉・・・好き
ここから何か導き出せる傾向があるのではないかと思ったのだが、どうもよくわからない。きなこに関しては味も食感も食べた後の余韻もまったくもって好みではない。強いて言えば「油揚げは油で揚げてあるからうまい」というところぐらいだろうか。
好きになった理由はいくつかあるのだが、その中でも最初の経験として覚えているのは、小学生の時に宮沢賢治の伝記まんがで「賢治は昼飯に油揚げを1枚買ってきて、それに醤油をつけただけのものを、調理もせずおかずにして食べた」というくだりが何故か強烈にうまそうに思え、実際にやってみたらなんか普通にうまくて感動してしまった、というのがある。レシピと言うレシピもなく、冷えた油揚げを短冊切りにしたやつに、醤油をかけるだけである。
今思えば、これが俺の中でのいわゆる「滋味」の初体験なのではないかと思う。油揚げは本当においしいやつだと腰を抜かすレベルでかなりおいしいが、それでもメインを張れる食材とは言い難い。でも「油揚げを1枚買ってきて、それに醤油をつけただけもの」なんかは、確かにうまいし、ご飯に合うのである。今でもおかずがない時は、これを自分で作って食べたりしている。
まあ「一番好きな食べ物は何か」と言われたときにはスッと出てこないのだが、それでもベスト5ぐらいには入っているので、本当に好きなのだろうと思う。油で揚げればだいたいうまいじゃん、という言説もあるかもしれないが。
厚揚げも好きなので、いつかテレビで観た、福井県の「谷口屋」という油揚げの専門レストランで供されている「油あげ御膳」も、是非食べてみたいと思っている。これがテレビで映る度に「焼肉とかでもそんなに興奮しないだろ」というレベルで興奮してしまい、家族から距離を置かれがちになるというのは、ここだけの話だ。
また油揚げは各種薬味とも相性がよい。大根おろし、三つ葉、かいわれ、白ネギなど何でも合う。味は醤油以外をあえて使うのであれば、うなぎのタレなんかが意外性があっておいしい。油っけがあるので十分おかずとして成り立つ。食感に飽きたら高温の油でカリカリに揚げたりしてもよく、おれはこのレシピを「揚げ油揚げ」と呼んでいる。
油揚げを細切りにして、肉と一緒に白だしのつゆで煮て、そこにうどんを入れた「京風たぬきうどん」もおいしい。単に白だしのつゆに油揚げと肉が入っているだけだが、白だしのつゆ単体で食べるうどんと比べても、味覚の彩りが明らかにちがう。そんなに旨味に差がないようにも思えるが、うどんは絶対に油揚げが入っているほうがおいしい、と思わせるレシピである。少し片栗粉を入れてあんかけ風にしてもよい。
油揚げが好き、というのがアイデンティティになっているなんて、グルメ界隈でも精々おれくらいのものではないかと思っているが、そんな感じで油揚げが好きなのである。決して消極的な「好き」ではなく積極的な「好き」である。皆さんはそっちサイドに好きな食べ物はあるだろうか。
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