第34話 鰻丼の呪い

 タイトルにほぼオチまで書いてしまったきらいがなくもないが、おれが学生時代に住んでいた下宿の夕飯について書こうと思う。


 高校を卒業したおれが、2年間の専門学校生をやっていくにあたり、やはり両親的には食生活の心配などがあったのであろう。いくつか見学したうえで「ここにしろ」とあてがわれた下宿は、学校から自転車で20分とまあまあ遠い位置にはあるが、食事代・水道代を入れた月謝が5万円(電気代だけ別)と良心的な価格であり、とりあえずそこに居れば「メシの心配」は解消されるということであったので、おれも「まぁ自分で作らないぶん楽かな」程度の考えでもって、その下宿にお世話になることにした。


 下宿のご飯は基本的に平日の朝・晩しか出ない。朝は6:30頃に食堂に行くとハムエッグやサラダなどがひとりぶんずつ配膳されており、おかみさんからご飯と味噌汁をもらって食べ、夜は18:00から20:00の間に用事が済んで帰宅した各自で・・・という感じで、至って普通の流れである。


 下宿人はおれ(専門学校生)の他に大学生1人、高専生1人、おれとは別の専門学校生1人、あと単身赴任のサラリーマンが1人という感じなのだが、そのほとんどが「運動部なので結構食うタイプ」と「嫌いなものがないタイプ」で、下宿におけるメニューも基本的にそこに寄ってくるようなきらいがあった。


 おれも下宿で出てくる食材には特段苦手なものはなく、基本的にはおいしく食べていたのだが、住んで一ヶ月ぐらい経過したあたりで、以下のような傾向が見られることがわかった。


 ・夕飯は丼ものが多い

 ・おかずは近所にあるスーパーの特売内容とかなり関連度が高い

 ・サラダの量が多い


 この傾向が特に顕著になったのが、住みはじめて二年目の夏あたりである。平日五日間のうち、実に三日間が鰻丼となったのだ。


 鰻丼はそれまでも夕飯で頻出しており、ちょっと飽きたなぁと思っていたのだが、この時期に近所のスーパーが一ヶ月間ほど鰻の特売をしていたことが決め手となり、下宿の夕食は鰻丼一色となった。


 いくら鰻がおいしいとは言え、平日五日間のうち実に半分の夕食が鰻丼なので、もはや飽きなどを通り越して忌避感すら感じるようになってきた。おかみさん的には、大食いのメンツに引っ張られていることもあるだろうが、とにかく夕飯はボリュームがなくてはいけない、という考えていたのだろう。おれはそもそも夕飯にあまり量は必要のないタイプだが、全体的に食べる人の好みに引っ張られているため、しょうがない。


 おれは自分で粉末山椒を買ったり、味噌汁のネギを鰻に融通したりして、なんとか鰻をやっつけようと奮闘したのだが、流石に3週目くらいでどうにもこうにも飽きてしまった。下宿のご飯は玄関脇のプレートで前もってその日に必要か否かをおかみさんに示しておくルールになっているのだが、おれはこれを「不要」とし、不要の場合は理由を書く必要があったため「卒業研究により帰宅が遅れるため」とした。本当は卒業研究なんてないんだけど、さすがに連続鰻丼はきつい。


 それでも、週のうち何日かは「鰻ではない丼」が出た。特に金曜日はカレーの日が多かったため金曜日が救済であったのだが、それでも週の半分以上が鰻丼という状況を完全に救済することは難しく、おれは学校帰りに定食などを食べたりしてやり過ごした。


 また、夕飯には必ずサラダが添えられていたのだが、このサラダも近所のスーパーが豆腐の特売をするようになった頃から「海藻と豆腐のサラダ」に切り替わった。海藻と薄切りの豆腐のサラダで、ポン酢などで食べるとさっぱりしておいしいのだが、その分量がまず最低でも豆腐一丁分あり、もはや前菜としてではなく主菜の風格を漂わせているのである。味のものは選べるので、マヨネーズやドレッシングなども試してみたのだが、基本的にサラダの半分以上が「豆腐」なため、ポン酢以外に有効な選択肢がないことが多かった。このサラダも二年間を通して、結構供された記憶がある。


 さすがに下宿人の身分、おかみさんに「夕飯のメニュー同じで飽きました」と言うのは憚られたわけだが、未だにこれで良かったのだろうかと自問することがある。とは言え、おれはこの一件以来「鰻は年に一度だけ食べれば十分」というスタンスで以て鰻に対峙することとした。いや、というか、本来鰻ってそのぐらいの頻度じゃないかと思うし、安売りしてるからとはいえ週の半分以上出てくるという方が変だと思うんだが、どうなんだろう。


 まあ、メニューは兎も角、下宿よろしく、異なる境遇のメンツで囲む夕食はそれなりに楽しかった。二年間通してみれば下宿も悪くないなという感じではあるが、もうちょっとご飯が、その、こう、良い感じであれば・・・というのは、一応退去の際に親に伝えておいた(親は爆笑していたが)。このご時世に運動部でもない学生が下宿に入ることがあるのかどうかは分からないが、検討している人がいるのであれば、ぜひ食事面には気を使って欲しいと願う。「食事付きの下宿に入れればあとは栄養面の心配は不要」じゃないケースもままある。


 週の半分以上が鰻丼なんて、今となっては信じられないが、まだ中国産の鰻がスーパーなどで安く売られていた、2000年頃の話である。

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