第26話 「こんにゃく入りシチュー」の禍
読者の皆さんは「こんにゃくが入ったシチュー」を食べたことがあるだろうか。
さらに、そのシチューに「ちくわ」と「煮干し」も入っていたらどうだろうか。
ほぼ出落ちみたいになってしまったが、この「こんにゃく入りシチュー」の禍について今日は書こうと思う。
禍(わざわい)。
物騒ながら、おれのグルメ遍歴における「祖母」の存在を漢字一文字で表すなら「禍」となる。
以前書いた「糠漬けたくあんのばあちゃん煮」に代表されるように、祖母が作る料理というのは、昭和の時代にあったものであればそれなりに普通なのだが、油断すると一気に危険度が高くなり、禍の様態を表してくるため、主におれと弟妹に恐れられている。
昭和一桁生まれの世代なので、煮る焼く蒸す揚げるなど基本的な料理の知識はあるが、60歳を過ぎたあたりで主な台所仕事を母に譲ったため、それ以降に家庭の食卓に出てきたような調理法やレシピは、殆どわからない。
また、祖母は「食べられないもの」が偏りがちである。ざっと挙げるだけでも「牛肉」「乳製品全般」「少しでも辛いもの」「クセの強い魚介類(ホヤとか)」「生肉(馬刺しなど)」などなど。ピーキーなものは仕方ないかと思うが、乳製品全般(特に牛乳やチーズ)など、おれや弟妹が好きなものも嫌いなので、食卓におけるおかずの分類は「祖母が食べるもの」と「祖母が食べないもの」とに分かれることが多い。
おれが中学生だったころ、両親は共働きをしていた。父は帰りが遅く、母は夜勤が多かったため、夕食は祖父、祖母、おれ、弟妹というメンツになり、調理担当は祖母、ということがよくあった。
祖母は祖父が食べるものも作る必要があるため、このようなメンツの場合、おれや弟妹のおかずも自然と「祖父母が食べるもの」に引っ張られることが多い。そして祖父は必ず晩酌をし、ご飯を最後に食べるというルーティーンがあったので、それらはほぼ「酒のツマミを子供用に融通したもの」であることが多かったように思う。
とは言え、流石に酒のツマミだからと言って、子供に出すおかずがメザシの炙ったやつだけとか、イカのぽっぽ焼きだけなどでは育ち盛りの栄養的に良くなかろうと思っていたのか、たまに肉っ気のある「子供だけが食べるもの」もそれなりに出てきたりはした。
ある日、子供用のオカズをどうするか考えあぐねた祖母は、台所の棚にシチューミクスを見つけ「これは汁物にもオカズにも応用できそうだ」と思ったのかどうか、具材を入れたシチューを作り、これを「子供の汁物兼おかず」にしようと思い立ったらしい。
パッケージを見ながら、ホーロー鍋に人参、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉を入れ、シチューミクスを牛乳で溶かし煮込んだところまではいいのだが、ふと「おかずとしての汁物のボリューム」が足りないということに気づいたのだろう。
やおら冷蔵庫からこんにゃくを取り出し、スライスして入れた。
食卓に一通りの配膳が終わり、さあ食べよう、いただきますとシチューのボウルにスプーンを通してすくうと、こんにゃく。しかも2~3枚。
おれと弟妹は一瞬固まったが、当時食べざかりで「禍より食欲」な感じだったこともあり、とりあえず食べてみた。
果たしてシチューミクスで煮込んだこんにゃくには、当たり前と言えば当たり前だがなんの味もついておらず、ただ「煮たこんにゃく」を「シチューミクスの汁」で味わう、という感じの、若干プリミティブな食事になった。
こんにゃくというのは幸いにして、ほぼ「メインの味を邪魔しない、どちらかといえば迎合する」タイプの具材である。シチューミクスで煮込んであってもその影響をほぼ受けないので、食べられないほど不味い!といわんばかりの不味さはないのだが、それでも「味がないこんにゃく」であることに変わりはなく、さながらダイエット食のようなディテールを弟妹とともにしみじみと味わうに至った。
シチューミクスを応用できる(できてはいないのだが)と知った祖母は、別の日に「ちくわ」と「煮干し」を入れてみることにしたのだが「ちくわ」にもやはり味は全く染みておらず、「煮干し」に至ってはあまり煮えてなくて硬い、という状況になっていたため、さすがのおれと弟妹も白旗を上げた。シチューミクスで煮干しを煮るとなぜかあまり煮えないということがわかったのは唯一の収穫だったかもしれないが、そもそも牛乳を使った料理に「煮干し」は難しすぎる。
未だにシチューと言うときょうだいでこの話をよくするが、おれと弟妹のコンセンサスとして「ちくわまでならアリ」というのがある。ちくわはそれ単体でもおいしいし、練り物と乳製品の相性自体は悪くないので、ちくわなら・・・というのが由来だ。もっとも、無ければないに越したことはないが。
90歳になってもなお、クリスマスになると、家族が食べるチキンとは別に注文したローストチキンを1本頬張るのが特徴的な祖母だが、かつてこういった「本当に思い出深い食事」を作ってくれたということもあり、どちらかというとおれは祖母に畏怖の念を感じる。もっとも、もう「こんにゃく入りシチュー」のような禍が起こることはないが。
敢えて詳しいレシピは載せないので、味は察して欲しい。皆さんの頭の中で「シチューに入れて煮たこんにゃく」の味が想像できているのであれば、おそらくそれがそのままその通りの味になると思う。
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