第15話 「シェフの気まぐれサラダ」にせまる

 このエッセイの能書きしかり、お笑いのネタなどでもたまに出てくる「シェフの気まぐれサラダ」という食べ物だが、具体的にそういった名前のサラダがあるかどうかで言えば、若干ニュアンスは異なるが、あるにはある。


 一説には、イタリアンレストランチェーンの「カプリチョーザ」で出している「気まぐれグリーンサラダ」が、店名であるカプリチョーザ(イタリア語で「気まぐれ」の意)などを語源とし広まったのではないかといった説があったりする。メニュー名は「シェフの気まぐれサラダ」ではないが、まあ気まぐれ感は高そうだ。


 だがしかし、そもそも気まぐれとはどういうことか。


 一般的な料理というのはまずレシピがあるし、レシピというのはだいたい「こういうものが最終的に料理としてあればいいな」という完成形から逆算してつくるものであるから、それが気まぐれだと実質なんでもアリなのでは?という気持ちになってくる。


 例えば「和菓子職人の気まぐれどら焼き」なるものがあったとする。この場合「どら焼き」であることは確定しているので、皮の部分のディテールはどら焼きのそれと考えて間違いない。なので「餡に相当する部分に何らかの気まぐれ要素がある」と考えられ、以下のような推察が可能になる。


 ・餡の変わりにクリームなど変わり種の餡が入っている(おいしいね)

 ・餡がない

 ・餡の位置にさらに小さいどら焼きがマトリューシカ状に格納されている

 ・餡はふつうに入っているが、このどら焼きにおいては餡が皮であって、皮が餡である(哲学)


 などなど、一番最初の例はまだ安心できるが、二番目からはかなりシリアスな感じになってくる。


 我々が料理において「気まぐれ」という言葉を聞いた時に想像するのは「まあ、なんかうまいようにやってくれるだろう」というポジティブな期待のことが多いかと思うが、なんせ人の「気まぐれ」だから、全くもって想像をし得ない結果がやって来ることも想定しなくてはならない。餡でないにしても、どら焼き自体は普通に供されるが、なぜか食べる時にビンタされてしまうとか、どら焼きに対する和菓子職人の講釈が3時間ほど続くとか、そういうのが「気まぐれ」の範疇になってしまっても、決しておかしくはないのだ。


 サラダにしてもそうだ。「サラダ」にたいして「シェフの気まぐれ」なのだから、以下のようなことがあり得る。


 ・ボウル内の野菜がぜんぶ野草

 ・サラダなのに厚切りステーキ「だけ」が出てくる

 ・生のじゃがいも、きのこなど、生食に適さないものが入っている

 ・「飲むサラダ」などと称し、サラダ油が出てくる


 具材やドレッシングが気まぐれで、ちょっとだけ普段のサラダと比べて遊び心があるようなものであればまだよいが、こうなってくると安全性にも疑問が出てくる。前菜でいきなり肉体にダメージを負う可能性を否定できない。


 かと言って、じゃあ「大根の千切りとカイワレ」みたいなのであればいいのかというと「いやそれ刺し身のツマじゃん」という感じになってしまい、逆に良くない。気まぐれの範疇内ではあるのだが、他ジャンルからの影響を否定できないので、喫食者の気持ちも散漫になってしまいがちだ。


 だが、実際「シェフの気まぐれサラダ」がメニューにあったとして「この『シェフの気まぐれサラダ』というのは、具体的にはどういった部分が気まぐれなんでしょうか?」などと問うてみても「いや、まあ、具材とドレッシングが・・・」みたいに微妙なやりとりになってしまい、それはそれで無粋な印象もある。


 だから、いざ「シェフの気まぐれサラダ」を食べようとする人は、気まぐれをシェフに委ねた上で、もうどうにでもしてくれ、という心持ちで注文するのがよいだろう。たとえそのサラダに入っている材料が在庫処分の野菜であろうが(注※カプリチョーザはそんなことは無いので安心されたい)、ちょっとしけったクルトンだろうが(注※カプリチョーザはそんなことは無いので安心されたい)、気まぐれなのだから、有り難く頂かなければならない。さもなくば、シェフの「気まぐれ」の深淵を覗き込むことになりかねない。


 ただ、気分的に「気まぐれ」を頂きたい気持ちではない場合に「気まぐれじゃないサラダはありますか」と聞くが「シェフは気まぐれが信条なので気まぐれじゃないサラダなんてありません」みたいなやりとりになってしまうとしたら、それはそれで微妙なところだ。


 名は体を現すというが、シェフの気まぐれサラダ、実際注文するにあたっては想像以上に難しい料理なのではないかとたまに思う。

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