第5話 カツカレーのおいしい蕎麦屋

 地元にある店で、ジャンルというか店の体裁としては蕎麦屋なんだけど、カツカレーが評判で、ランチ時なんて本当によく出るらしいと聞き、そこに行ってみることにした。


 カツカレーが評判でも、その評判に「蕎麦屋」というコンテキストは残ってるわけなので、元々は蕎麦だけ提供していたんだろうけど、後からカレーを出し、その後からカツを載せて大はやり、でも蕎麦もやってるよ、という感じなのだろうか、と想像してみたりする。


 昼飯どきに入ってみると、果たして客のほとんどはカツカレーを食べており、蕎麦オンリーの人は数えるほどしか居ない。店員さんに通された四人掛けの一席に座り、壁にかけてあるランチメニューを見ると、こんな感じである。


 ・ざるそば 850円

 ・天せいろそば 1400円

 ・カツカレー 1200円

 ・ざるそばとミニカツカレーのセット 1250円

 ・天せいろそばとミニカツカレーのセット 1800円


 メニュー価格から導き出せるミニカツカレーの価格はおおむね400円、写真から推察される量は茶碗一杯ぶんぐらいのごはんと、カツが3切れ乗ったカレーライスとなっており、単品では注文できない。もっとも、よく出るメニューはこの5つなので、蕎麦だけじゃちょっと足りないなあという人はミニカツカレーのセットを頼めばいいし、蕎麦は要らないという人はカツカレーを頼めばよい。割と絶妙な値段設定と思う。


 おれはだいたい初めて行く店では「その店のド定番」を頼むことにしているのだが、こういうようにド定番が複数ある店は迷う。そこそこ考え、全部食えてお得そうな「天せいろそばとミニカツカレーのセット」を頼んでみることにした。


 セットを待つ傍ら、入ってくる客の動静を見守ってみると、だいたい半分以上の客が「ざるそばとミニカツカレーのセット」を頼んでいる。ミニカツカレーで腹を満たしつつ、ざるそばで清涼感を得るという感じで、うまいチョイスだ。おれも2回目は「ざるそばとミニカツカレーのセット」にしてみようかな、などと思っていると、おれのセットが届いた。


 天ぷらはナス、舞茸、ししとう、エビ。せいろ蕎麦はもりで、刻み海苔が乗っていない、こだわりを感じるタイプだ。つけつゆは天ぷらと蕎麦で別で、お新香の小鉢もついている。薬味はねぎとワサビ。そば茶とそば湯のお代わりができる。


 その横に、楕円形の皿にジャストワンサイズという具合で盛り付けられたミニカツカレーに、少量の赤い福神漬け。皿は洋風で、天せいろの佇まいと比較すると「厳粛な日本家屋を有する住宅の敷地内にいきなり存在するロココ調の納屋」みたいな違和感があるが、カレーの存在感もカツのボリュームも、ミニながらまあまあある。


 おれは本能の赴くままに食べる。まず蕎麦をすすって、天ぷらを味わい、蕎麦をすすって、カレーを食べて、天ぷら、蕎麦、カレー、という具合だ。組み立てにうるさい人はこういう支離滅裂な食い方が気に食わないんだろうが、蕎麦とカレーとカツが同居してる案件に対し「蕎麦の香りが!」とか言ってもそこまで説得力はあるまい。


 セットは、天ぷら、蕎麦、カレー、カツ、それぞれがうまく、付け合せのお新香すらもかなり繊細な仕事を感じるもので、全体的には満足した食事となった。


 こういう場合、本当は蕎麦だけを食べてほしいんだけど、蕎麦だけでは腹はふくれないから、仕方なくご飯物を・・・という流れになってしまい、惰性でカツカレーを作り続けているような話も聞かないわけではないが、この店に関しては、蕎麦単品もかなりうまいし、カツカレーもそれだけで成り立つレベルのうまさであると感じた。カツカレーと蕎麦が嫌々同居しているのではなく、なんというか、アグレッシブにパブリックスペースで不倫しているような具合と言えば通じるだろうか。


 単品の天ぷらがない、というところにも店の美学を感じる。恐らく単品の天ぷらがあると、なんのアレもなしにカツカレーにインする輩が出てくるか、あるいは過去にそういった出来事があったのかもしれない。店としては「それはちょっと」という一線を、このメニュー構成で引いているわけだ。やりたい人はセットを頼めばできるんだけど、あんまりやってほしくない、まあオフィシャル的には一番高いメニューというラインがあり、一応許容されており、一番高いの食べるんであればいいよ、みたいな感じだろうか、などと考えるに至った。


 1800円という価格は、ランチにしてみればまあまあ高いが、たまに冒険してみると、こういう出会いもあったりするので、異業種交流はなかなか侮れない。皆さんも変な偏見は一旦置いといて、こういう案件に是非飛び込んでみて欲しいものである。

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