第2話 誠実なオムライス

 気の置けない友人からこのような話を聞いた。


 とあるレストランに入り、何を食べようかとメニューを眺めていると、実に美味しそうなオムライスが目に入った。久しくオムライスを食べていなかったこともあり、友人はそのオムライスを食べてみようと思った。


 そこまでは良いのだが、問題はそこからである。そのおいしそうなオムライスは、メニュー名にこうあった。


 「ふんわ〜り卵でし・あ・わ・せ♪じっくり煮込んだハッシュドビーフ香るオムライス」


 店自体は至って普通の、決してファンシーではない普通のレストランであるから、おれと同じ40歳の友人男性(中肉、ややひげヅラ)が入ることは何ら問題のない行動である。店内も別に女性ばっかりというわけではないし、男性でオムライスを食べている客も居たという。


 だが、どうしよう。まずメニュー名が長い。そしてちょっとはずかしい。「ふんわ〜り卵でし・あ・わ・せ♪」の部分は、どれくらい感情を込めれば良いのだろうか。音符の発音なんて知らないし、だいたいメニューにオムライスは2つ無いんだからオム・・・あ、もう1つある!もう1つは「昔なつかしのケチャップオムライス」だ。いやでも、ケチャップオムライスは味が想像できるし、せっかく外でオムライスを食べるし、だいたいこのハッシュドビーフがうまそうだから、このふんわ〜り卵で、


 「ご注文をどうぞ」


 あっ!ウェイトレスさん呼んでたの忘れてた!どうしよう、いやもうこれ食べるんだけど、メニュー名がさ、やっぱり全部言ったほうが・・・いやでもさすがに40歳のひげヅラが「ふんわ〜り」はないだろ、でもそれがないとこの、ケチャップの、あの、


 「この・・・ハッシュドビーフのオムライス下さい」


 「はい!ビーフのほうのオムライスですね」


 そう言うと、ウェイトレスはスタスタとキッチンへメニューを伝えに行った。


 そうだよ、そりゃ「ビーフのほうのオムライス」でいいんだよな。それで伝わるし。


 でもだったらさ、この「ふんわ〜り卵でしあわせ♪じっくり煮込んだ」は別にいらなくない?


 オムライスが2つあるから、これ言わないと正確なメニューとして伝わらない可能性はあるんだけど、ちょっとこのメニュー名はオジサンには難易度高くない?


 ていうかオジサンじゃなくてもちょっと難易度高くない?


 そんな感じで「ビーフのほうのオムライスになります」と運ばれてきた「ふんわ〜り卵でし・あ・わ・せ♪じっくり煮込んだハッシュドビーフ香るオムライス」は、ハッシュドビーフの芳醇さとタマゴのふんわりさが絶妙にマッチし、しかしながらボリューミーで、友人も大満足の一品だったという。


 友人曰く「ハッシュドビーフに自分の好きなマッシュルームがたくさん入ってたのが救いだった」とのことだったので、総合的には彼の食事は実りの多いものであっただろうと思う。


 しかし、メニュー名をフルで伝えられなかったことは、この話を聞いたことからもわかるように、多少なりともわだかまりとなって彼の心に残ったに違いない。


 おれもかつて、ほろ酔いで入った大盛りガテン系の中華料理屋のメニューに書いてあった「気合いで食べろ〜!ガッツリにんにくチャーハンとミニラーメンのスペシャルセット」を、酔っていたこともあり、エクスクラメーションのテンションまで余さず再現して伝えた結果、店員のおばちゃんに「S(スペシャルの意)セットいっちょう」で片付けられた苦い過去を持つ。


 大多数の場合は、おそらくそういう感じで十分なのだ。フルのメニュー名にはそのメニューを引き立たせるための文言がなんとなく付け足されている場合もあろう。実用としては、ビーフのオムライス、Sセット。それでいいのである。伝わればいいのだ、伝われば。


 ただ、この体験が原因かどうかは判らないが、友人はこれ以降、食券のある店を選んで食べることが多くなったらしい。


 かつてシンガー・ソング・ライターのビリー・ジョエルは、自身の曲「オネスティ」でこのように歌っている(意訳)。


 『誠実』なんて寂しいことばだ

  誰しもが不誠実なのに

 『誠実』なんてほとんど聞いたことはない

  でも僕が君に求めるものこそ、それなんだ


 誠実であろうとすればするほど、オッサンが声に出して読むにははずかしすぎるメニュー名が目の前に立ちはだかる。あなたは誠実でいられるだろうか?

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