第2話 記憶 (2)

 プレイヤー?

 妙に馴染み深い言葉だ。

 だが今の俺にはその言葉の意味を理解するだけの知識が不足していた。

 ユウキはそう言ってマーヤの方に行く。

 

 「おい、行かないでくれ」

 

 俺は怖くなった。

 おいていかれたら俺は死んでしまう。


 「大丈夫だよアガド君。仲間と連絡取るだけだから」


 俺は少しホッとした。

 ユウキは耳に手を当てて誰かと話している。

 アレもなにかのまじないなのだろうか?

 ユウキが何かをしている間マーヤがこちらに来る。

 マーヤは俺の顔を伺う。

 まじまじと見るので俺は少し戸惑う。


 「あのーアガドさんほんとに何も覚えていないんですか?」

 「ああ、俺は誰で君たちは何者なんだ?」

 「あ、あ、あ、ソレはですね。えーと、私達は同じギルドの仲間で私は『付与魔術師エンチャンター』のマーヤです」

 「『付与魔術士』?」


 言葉はどこかで聞いたことがある気がするがそこまでしか覚えていなかった。


 「その付与魔術師とは何なんだ?」

 「えーと、うーんと、これは自分のしょくです」

 「職? 俺たちはどこかで働いていたのか?」 


 マーヤは困ったように人差し指で頭をポリポリと掻きながら考える。

 

 「これはあのー職といっても働く方ではなく。よくゲームであるやつです。いや、これも違う。あ、役割です!!」

 「付与魔術師。その言葉がお前の役割なのか」

 「ままま、そうです!!」

 「なら俺の職は何なんだ?」

 「それは――」


 マーヤが答える前にユウキが帰ってきて話し始める。

 

 「アオ君は中央区『ポータル』付近にいるってさ」

 「良かった。流石は『全適性守護騎士オールラウンドガーディアン』ですね」


 『全適性守護騎士』?

 これも職なのか。

 俺が考えているとユウキとマーヤは瓦礫を乗り越えてどこかに行こうとする。


 「おい、待ってくれ。俺は――」

 「死にたくないならついてきてアガド君。ここじゃ奴らが多すぎる」


 奴らとはさっきのベノムスライムのことだろうか。

 ユウキは迷わずに目的の場所に移動していく。

 俺はついていくしかなかった。

 

 道なき道を歩きあたりを見渡す。

 しかしここは荒れているな。

 街があったのだろうか。

 なんにせよ見覚えがあるような感じがする。

 景色に見とれていると俺は地面にあるモノに引っかかりうっかりと転けてしまう。


 「おっと」


 全く足場が悪すぎる。

 俺は立ち上がろうとしたが引っかかったモノを見て戦慄せんりつする。

 それは人の腕だった。

 腕だけで体はついていなかった。


 「うわああ!!」


 俺は驚き悲鳴を上げる。

 その光景に囚われ腕を凝視する。

 怖い怖い怖い。

 すると腕は突然光に変わり空に浮いていく。

 最初は何なのかわからなかった。

 だが俺は理解した。

 この光るオーブはかつて人だったもの。

 それが空に浮き上がっているのだ。


 「大丈夫アガド君?」


 ユウキが手を差し伸べる。

 俺は手に捕まり体を起こす。


 「おい、あの光るオーブは人なのか?」

 「ええ、私達と同じプレイヤー」

 「彼らはどうなるんだ?」

 「この世界で死んだものはゲームだったら教会で生き返ってまた戦えた。でもこの世界が現実になってからはどうなるかわからない。まだわからないことが多いかも知れないけどついてきてそこで全て話すわ」


 そう言いユウキは瓦礫の山を越えて進んでいく。

 俺はそれについていくしかなかった。


 俺は地面の瓦礫を避けながら進んでいた。

 俺たちプレイヤーがオーブになるのは道中よく目にした。

 

 「助けて」、「死にたくない」、「痛い」

 数々の言葉を聞いてきた。


 死んだら俺はどうななるのだろうか。

 俺もプレイヤーなら彼らと同じ道を進むのだろう。

 だがその行く末はわからない。


 俺は自分の着ている鎧を見る。

 黒く禍々まがまがしい装飾がなされた鎧だった。

 ひと目見て俺は他のプレイヤーとは違うのだと思った。

 それは死体の跡を見てきてわかったことだ。

 死体の多くはなんというか貧弱な装備をしていた。

 中には立派な装備をしているものもいたが少なくとも俺は違う。

 もともと力があり他のプレイヤーとは違った。

 だから分かる。

 俺がスライムを瞬殺できたのも地面に大きな穴を作ったのも俺が強いからだ。


 瓦礫の山は次第しだいに高くなっていった。

 それほど街の中心に近づいたということだろう。

 それにれ光るオーブも数を増していた。

 死者が多いのだろう。

 

 「やっと来たか」


 目の前から男の声がした。

 低くて耳に残る声だ。

 どっしりとしていて安心できる。

 そんなイメージが声から伺えた。

 見るとそこには豪奢な白の鎧を着て大きな盾を持った男がタバコを吸いながら待っていた。


 「アオ君無理をさせたね」


 蒼、彼はそう呼ばれた。

 蒼は大盾を地面に立てるとため息をつく。

 彼の鎧には血がついていた。

 白い鎧だから余計に血が目立っていた。


 「一応ポータルまでの道のりまでは他の奴らと共同してモンスターは全滅さしておいた。だがその分半数はやられた」


 蒼は悔しそうにうつむくが俺を見て少し微笑んだ。


 「だが冥界王が来てくれたのなら百人力ひゃくにんりきだ。俺たちはまだやれる。だよなアガド?」

 

 冥界王と呼ばれ俺はあたりを見回したが名前を呼ばれたということは俺がその冥界王らしい。

 蒼は俺の様子に疑問を抱いたのだろうか。

 少し不審に思い俺に声をかけようとする。

 しかし尋ねる前にユウキが蒼の肩に手を置き話す。


 「アガド君について話さなければならないことがあるの」

 「どうした? そんな顔して」

 「アガド君は記憶を失ったの」


 ユウキの言葉に蒼は目を丸くする。

 とても驚いているのか二度俺の方を見る。


 「嘘だろ。ゲームで記憶を失うことがあるのか?!」

 「蒼君、ここはもう現実なの。受け入れよう」

 「すまん。だがどうにも受け入れがたくてな」


 蒼は俺の前まで来て話す。

 近くで見ると蒼は肩幅も大きく相当筋肉があるのだろう。

 大盾を片手で持って更に盾には大剣も収納されていた。


 「アガド、記憶がないのは本当か?」

 「ここに来たらすべてを話してくれると聞いたんだがここが地獄なのは察した」

 「ああ、そうだな。確かにここは地獄だ。だが俺たちが愛した場所でもある」


 蒼は地面に座り込む。

 そして話を始める。


 「ここはかつて『幻想物語げんそうものがたり』というゲームの世界だった。それまで俺たちはこの世界で共に笑い、戦い、ときには苦難を強いられた。しかしそれでもこの世界は自由で楽しく俺の、俺たちの第二の故郷だった」

 「そう。でも異変が起こったの」


 ユウキは空を見て悲しそうに話す。


 「全ての始まりは大型アップデートの実装日。私とマーヤちゃん、そしてアガド君は中央掲示板前広場でその実装を待っていたの。その日は多くのプレイヤーがこのゲームの世界に来ていた。でも掲示板のホログラムにノイズが入り空が黒くなり大きな音がしたかと思うとそこには黒い人影がいたの」


 俺はその時の光景を覚えているのか脳内に風景がフラッシュバックする。

 明確ではないもののそこには影のようなものがいた。

 黒く、どこまでも黒い気持ち悪い影。


 「影は自らを邪神と名乗りゲームの世界を現実世界にした。そしたら大爆発が起こり掲示板前は壊滅的な被害にあった。そこで生き残れたのはアガド君が私達を守ってくれたからよ」

 「俺がみんなを守ったのか?」

 「は、はい。アガドさんは私達を包んで守ってくれました。でもそのときに勢いよく飛んできた電柱に頭をぶつけて意識を失ったんです」


 なるほど、ではまだこの世界が現実になってから時間はそんなに経っていないということか。

 

 「電柱に当たりビルの破片が鎧を貫きあなたは生死をさまよった。その間私達は生き残った人を手当しながらあなたを守りどうにかモンスターの進行を防いだの」

 「なるほど、それで俺は記憶を失い今に至るということか。それで俺はなんなんだ? どうして俺はこんなに強そうな装備をしている。俺は何者なんだ?」


 「お前はこの世界において無敵の強さを誇ったPVP最強の男、『冥界王めいかいおうアガド・メギド』だ」

 

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