第29話 優里奈と水やり
今日は、花壇の水やりをする日。
私が文芸部に入ったのは、誰とも話す事も無く部活という役割を果たせるからだった。
小さい時から人と話すのが苦手だった私は中学の時、優しく接してくれる彼だけには、普通に話す事が出来た。
でもほんの少しの誤解で彼が私から離れて行って以来、また他の人とは話す事が出来なくなった。だから私だけで花壇の水やりをするつもりでいた。
でも初めての水やりの日、信じられない事が起こった。水やりをしようとした時、雫が目の前に現れたからだ。
一度は私から離れて行った雫。でも戻って来た。恋の神様はいるんだって自分で笑ってしまった。
その彼と高校の有る駅の改札で待っている。彼に振向かせる為に洋服も思い切りラフにした。ふふっ、雫が改札から出て来た。
「雫おはよう」
「おはよう優里奈」
改札を出た所で優里奈が待っていた。白いTシャツとブルーのスキニーパンツ。腰まである長い髪の毛を一つにまとめて背中に流している。
はっきりと大きな目が輝いている。はっきり言ってとても綺麗、そして可愛い。ちょっと胸がドキッとする。
「優里奈待った?」
「ううん、でもちょっと待った」
「悪かったな」
「そんな事無い!」
いきなり優里奈が俺の腕を掴んで来た。
「えっ、優里奈」
「お願い、いいでしょう」
「で、でも歩きづらいよ」
「いいの」
優里奈だと何故許してしまうのかな。でもこうして居ても心の中で違和感がない。俺はやっぱり優里奈の事…………。
俺達は、一時間程で水やりを終えた。草も元気に育っていたが、可哀そうだけど全部抜いた。花が太陽の光で思い切り輝いている。
「優里奈、花が綺麗だな」
「ふふっ、雫らしいね。そうよ。花は綺麗。心を安らかにしてくれる。ねえ、雫、この後も時間あるんでしょ。行こ」
「ああ、いいよ」
俺達は花に水をやった後、後片づけをして学校を出た。この後向かう所は優里奈の家。
「雫、上がって」
「静かだね」
「うん、母屋には誰もいないわ。みんな事務所か道場にいるから」
「そうか」
「いつ見ても優里奈の部屋は広いな。この前来たのっていつだっけ」
「もう一年近く前になる。そんな事より…………」
優里奈が俺に近づいて来て優しく手を俺の背中に回した。
……………………。
私の隣に彼が寝ている。この前は外だったけどあれから一ヶ月ぶり。優しくてとても心が安心する。寝顔が可愛い。
彼の唇にそっと唇を合わすとゆっくりと目を開けて来た。
「あっ、寝てしまった」
「いいの。このままでいて」
もう一度優しくしてくれた。嬉しいけど恥ずかしい。
「雫、もう二時だよ。お昼食べなかったね。何か食べる」
「うーん。もうお腹いっぱい」
「そっちじゃなくて!」
結局私がチャーハンとオムレツに中華スープという簡単な食事を作って二人で食べた。
「雫とこうして居れるなんて嬉しい。お父様に早く会って欲しい」
「でも優里奈のお父さんって。ちょっとまだ気持ちが重い」
「そんな事無いわ。お父様も喜ぶわ」
「もう少し待って」
「ふふっ、いいわ」
私は早瀬さんや下坂さんとは違う。雫は私。
いずれ雫は私の隣に来てくれる人。急がなくていい。
優里奈とは彼女の実家のある駅で別れた。彼女は地元だというのに右と左を見て、スッと唇を合わせて来た。
「雫、今度は早瀬さんの別荘だね。楽しみにしている。あっ、今日水着見せれば良かったかな」
「い、いやいいよ」
いきなり何を言うかと思ったら。ちょっと恥ずかしくなった。
ふふっ、雫あんな事してくれるのに水着で顔を赤くするなんて。やっぱり雫は可愛い。
優里奈と別れて俺は家に帰った。
「ただいま」
「お帰り。お兄ちゃん」
いきなり妹が抱き着いて来た。そしてサッと離れると
「お兄ちゃん!」
じっと俺の顔を見ると
「ばか!」
自分の部屋に行ってしまった。どうしたんだろう。えっ、もしかして。でもなー。いやとにかくシャワーを浴びよう。
多分とは思うが優里奈の匂いが付いていたのかもしれない。しっかりとシャワーを浴びるとお風呂を出た。タオルで頭を拭きながらパンツ一つで歩いていると
「きゃーっ!」
「えっ?!若菜」
「ばかばか、早く洋服着てよ」
「いやでも」
「いやでもじゃない。早く着て」
もう、花音ちゃんに急いで家に来てと言うから来て見たら雫がパンツ一つでいるなんて!
どう言う事?
俺は仕方なく濡れている髪の毛をそのままに自分の部屋でTシャツを着て短パンを履くといつの間にか若菜が部屋の入口に立っていた。
「若菜、どうやって家に入ったの?」
「花音ちゃんが入れてくれた」
「花音が?」
「直ぐに来てって言われて。そしたら雫がいきなりパンツ一つで出てくるんだもの。驚いたわ」
「いや、それはシャワー浴びた後だから」
「何でこんな時間にシャワー浴びるの?」
「だって外から帰って来て汗かいたし暑いし」
「…………」
嘘はついていない。
「お兄ちゃん。これは何」
俺が脱衣所で脱いだシャツを花音が持って来て投げつけて来た。うっ、この匂いは。
サッとシャツを俺の手から取ると
「若菜お姉ちゃん。呼んだのはこれが理由」
そう言ってそのシャツを若菜に渡した。
「この匂いは!どう言う事。雫説明して」
「説明してって言われても」
俺は優里奈と水やりをやって側に居たからとか電車でちょっと移動した時に混んでいて結構くっ付いていたからとか、優里奈が冗談で体を寄せて来たからとか色々言い訳?を必死にした。
「お兄ちゃん。それを信じろというの」
「そうよ雫。嘘はもっと上手く吐いて」
「いや、嘘じゃないから。本当なんだって」
「じゃあ雫。明日宿題終わったら私に同じ事して。そして同じように雫のシャツに私の匂いが付いたら信じてあげる。花音ちゃん良いよね」
「えっ、私もしたい」
「二人で雫にするのは大変だわ。だから私一人で」
「やだ。私もする」
結局、夏の宿題が全て終わった翌日の午後、太陽の光が思い切り降り注ぐ公園で遊びそして電車の中で二人にくっ付かれて。…………電車空いていました。
なんとか許して貰えた。
雫絶対怪しい。まさか東条さんと。でも彼女は雫と一回していると言っていた。昨日雫が帰って来たのは午後五時。
朝学校で十時に水やりを一緒にやったとは言え、時間が経ちすぎている。このままでは不味い。こうなったら実力行使に出るしかない。でもどうやって。
―――――
第7回カクヨムコン応募中。アクセスご評価頂けると大変ありがたく思います。
これは大変な事になって来ました。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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