第9話 花壇に水やりの後で


「これで終わったわ。後はホースを片付けるだけだから雫は戻っていいわよ」

「いや、俺が片付ける。東条さんこそ教室に戻っていいよ」


 長く伸ばしたホースを元のリールに戻して小屋に仕舞うだけだ。俺がやっても五分と掛からない。

 リールのハンドルを回してホースを巻き取っていると先端のシャワー口だけ彼女が持っていた。


「何しているの」

「こうしないとシャワー口が汚れたり削れたりして、使えなくなるから」

良く知っているな。俺なんかそんな事知るはずもない。


ホースのリールを巻き終わるとそれを小屋に収めた。

小屋から出ようと振返った時、ガタンとドアが閉じられた。

「えっ、東条さん」


彼女が俺に抱き着いて来た。

「ちょっ、ちょっと、東条さん」

「雫、前みたいに優里奈と呼んでくれたら離れてあげる」


彼女の大きな胸が思い切り俺の体に押し付けられ、俺の背中に手を回しがっちりと抱き着いている。いい匂いがする。


「何言っているんだ。早く離れろよ」

彼女の肩を持って離そうとするが、動かない。結構力が強い。


「嫌です。名前を読んでくれるまで離れません」


 まずは離れる事が優先だ。だが名前呼びとは。考えている時間も無いか。もうすぐ午後の授業が始まる。


「午後の授業が始まるよ。東条さん」

「いいんです。二人で遅れましょう」

「っ!…。分かったよ。名前で呼べば離れてくれるのか」

「はい」


彼女は上目遣いにじっと俺の顔を見て来る。

「離れてくれ優里奈」

「嫌です」

「えっ、約束だろ」

「名前だけ呼んで下さい」

「ゆ、優里奈」

「もう一度」

「優里奈」

「ふふっ、あの時の様に呼んで欲しかったです」


彼女はゆっくりと俺から離れた。そして俺の顔をじっと真剣な目で見ると


「雫、私はあなたの事が今でも好きです。あの時の事は本当に言い間違いです。本当です。信じて下さい。あなた以外誰もこの体には触れていません。確かめてくれてもいいです」


「優里奈…………」

彼女の真剣な目と言いように体が動かなかった。


予鈴がなった。


「急ごう優里奈」

「はい」

私は彼の手を掴んだ。彼は一瞬拒否を示したが、無理に解こうとはしなかった。


私は走りながら「雫、スマホのブロック解除して下さい」と言っていたが、聞こえない振りをされた。




「え、ええ。どう言う事。東条さんと手を繋いで走って来る」

「不味いです。下坂さん。私達も教室に戻りましょう」



 先に教室に戻った私は当然ながら二人が入って来る教室後ろの入口を見ていた。

下坂さんはクラスが違う。


 最初、東条さんが入って来た。とても穏やかな顔をしている。冷たい人といううわさが有るが、とてもそんな風には見えない。女の私が見てもとても美しい女性に見えた。


 少しして神城さんがやって来た。こちらは何か苦虫を潰したような顔をしている。どうしたのでしょう。

 

ガラガラと音がして五限目の先生が入って来た。




夕方もう一度、花壇に水やりを行った。この時は、東条さんもいや優里奈も普通に俺に接して来た。昼休みの様な事は無かった。


 運動部系のクラブ活動はまだやっている時間だ。水やりを終わった後、後片付けをして校門まで二人で歩く間に


「雫、GWはどうするの」

「一杯だよ」

「そう、一日、いえ半日でも会えないかな」

「優里奈、俺はまだ復縁するとは言っていない。君の言っている事が事実だとしても俺の頭の中がそんなに簡単に切り替わるものじゃない」

「……お願い、スマホのブロックだけでも解除して。恋人に戻れなくても友達ではいれるでしょ」

「分かった」

スマホを取り出すと俺は東条優里奈のブロックを解除した。


「ありがとう雫。必ずあなたをもう一度振り向かせるから」

「…………」

「じゃあ、ここで」


結局駅まで一緒になってしまった。




 私は図書室の窓から神城さんと東条さんが話しながら校門に行く所を見ていた。

東条優里奈。神城さんの元カノ。でも昼のほんの少しの小屋の中で何が有ったというの。


 二人が出て来た時、手が繋がれていた。私は手を繋ぐなんてまだ先の事と思っていた。


 三年の間に彼の側に寄り添えれば良いと思っていた。そして同じ大学に行き、そのまま彼と…………。


 でも下坂さんという強力な幼馴染が居た。神城さんはまだ気付いていなけど下坂さんは彼の事が好き。これだけでも大変なのにまさか、元カノが現れて復縁?そう思いたくないけど。


 とにかく今までのやり方を変えないといけない。今私がここに入れるのは彼のおかげ。彼を他の人に譲る訳にはいかないわ。




 私は一人で帰宅した後、自分の部屋のベッドの上で枕をパスパス叩いた。

どうして雫が東条さんと手を繋いで出て来たのよ。二人があの小屋の中に入って少しの間に何が有ったというの。


 彼女から振られた時の事を思えば、簡単に復縁なんて出来るとは思えない…………。

じゃあなんで。


 窓から隣の家を見た。雫の部屋と私の部屋は窓から相手が見える位近い。でもまだ帰って来た気配がない。


 明日からGW。早瀬さんという理由は分からないが雫に近付いて来た子が現れたというのに、まさか元カノまでが……………。


 負けないわ。雫は生まれた時からずっと一緒。これからも一緒なんだ。絶対に人には譲らない。


―――――

第7回カクヨムコン応募中。アクセスご評価頂けると大変ありがたく思います。


いよいよ幼馴染下坂若菜、元カノ東条優里奈そして理由はこれから分かる早瀬真理香の三人の存在が見えてきました。

どうなるか私も楽しみです。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。



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