第3話
階段で最上階へと向かい、ある部屋の前で立ち止まる。ドアには校長室と書いてあって、橘がノックすると中からどうぞと声が返ってきた。
中に入ると正面に机があり、女性が座っている。恭介の見る限り、五十代だろうか。白み始めた短髪は横に流され、留められている。
「お疲れ様です、橘さん。彼が例の?」
橘は緊張から必要以上にピンと背筋を伸ばし、うわずった声で答えた。
「はい。
──あの剣一般人には見えないタイプのやつだったのかよ!
自分の不覚を悟って、恭介は内心悪態をついた。あの夜、気まぐれに彼女にした忠告さえなければ巻き込まれることもなかったかもしれないのだ。
とはいえ過ぎたことを考えても仕方がない。というか、どうせ恭介はどういう形か巻き込まれただろう。そういう運命だ。
「さて……まず、諸々の説明をさせていただこうかしら。
「……よろしくお願いします」
恭介のぶっきらぼうな返事に、橘はぎょっとして耳打ちする。
「ちょっと、相手は校長先生なんだから! 態度を改めてよ!」
「これでも頑張ってんだけど……」
恭介はまだ中学生だし、部活に入る暇も無かったために上下関係の経験に乏しい。橘に倣って背筋を伸ばし、視線を相手に合わせているだけ、まだ良いというほどだ。
そんな様子を見て、校長はくすりと笑って促した。
「良いですよ、楽にしていただいて。ご足労願ったのは私の方ですから」
「ありがとうございます」
「さて、まず
「は、はい!」
橘は何もない腰に手をあて、居合のように虚空に振り上げた。いつのまにかその手には、あの夜に見たのと同じ剣が握られている。
「
そう言って、校長も片手を上げた。ぐっと握り込むような動作と共に彼女の手に周りの空気が吸い込まれるような風が起き、手の中に鞭が現れる。
「こうして顕現された
校長が鞭で床をパチンと叩くと、密閉された室内に突風が吹き込んだ。急に風にさらされた瞳が乾き、瞼が瞬く。
「その
「なるほどね……面白そうだ」
「ご興味を示していただいたようで何より。
その言葉を遮ったのは、校長の視界に映った光景だ。もう、ある。恭介の手に、赤黒く刺々しい装飾の
「? ……いいんだろ? これで」
「……信じられない。偶発的に、というならわかります。
これに関しては恭介が似たような経験を山ほど重ねていて、間接的に訓練課程を修了していたようなものだったことが理由としてあったが、面倒だったので恭介は説明を諦めた。
「しかし、籠手とは地味だな……鎧があるって話だし、下位互換じゃんか」
「……いえ、そうとも限りませんよ。
「なるほど、取り回しはいいってわけか」
「それに、なにより
「それなら能力が気になるところだけど」
「校長室で試すのはご勘弁くださいね」
「……アイアイ」
やや肩を落とし、恭介は籠手を消した。ふと横に目をやると、橘が開いた口が塞がらないと言わんばかりに大口をあけて恭介を見ている。
「なんだよ」
「わ、私っこれ出すだけでも一月かかったのに! 嘘ぉ……!」
「ふーん」
それを聞いて恭介は、煽るように籠手を出したり消したりした。橘はぐぅっと悔しげなうめきと共に目を逸らし、校長は素晴らしいと手を叩く。
「彼女が剣を出すときに居合のような動作を伴うのは、顕現のイメージの補助でもあります。ええと……」
「上平だ。……あ、いや、です」
すっかり敬語を忘れていたことに気づき、恭介は慌てて訂正した。
「上平さんは、もうそのイメージを完璧にしているようですね。そのように出したり消したりできるのは、私の思いつく限り学園でも2人といったところでしょうか」
「その2人が強い……ということですか?」
「ええ。
「Bランクって……この学園に10人もいないって聞いてますよ!? どんな能力かもわかっていないのにですか!?」
「どのような能力でも、そのくらいは出来ると思いますよ。能力次第ではもっと上かも」
橘は羨ましそうに恭介を見たが、恭介はそれを聞いても特に関心を持たなかった。それがどれほど凄いかわからないし、それ故に価値を見出すこともまたできなかった。
「さて、では次にこの学園の説明をしましょう。なんとなくわかると思いますが、ここは
「さっき言ってたランクっていうのは?」
「学内対抗戦……
「そこまでして学生を強く育てようとする目的は?」
「この世の均衡を保つ為です」
校長は机の上に置いてあるペンを立てて持つ。シュ……と空気を切り裂く音がしたかと思えば、ペンは斜めに切断され、上部がことりと机に落ちた。
「
「抑止力……ってわけか」
「その通りです。
「なるほど、納得しました。それで、俺を呼んだのは協力を要請するためですか?」
「ここに来ていただいたことで、その思いはより強くなりました。あなたほどの素質を見逃すと、これから出るであろう
「嫌だと言ったら?」
「構いませんが、あなたはある
恭介は思わず舌打ちをした。恭介は強いが、しかし相手がどれほどのものか分からない。自分よりも強い者がこの世に存在しない保証もないのに、孤立無縁になるのも面倒だ。あのアゼツがある限り、これまで知り合ってきた仲間達にも頼ることは出来そうもない。
「……その組織を潰すまでなら、協力しましょう。因縁を断てば協力する理由も無いんですからね」
「結構です。それではよろしく、上平さん。一応教育課程においてこの学園は高等学校に位置しますので、体験入学、としておきましょう」
「はぁ…………」
結局、巻き込まれる運命なのだ。あの不審者を倒さないということは出来なかったし。
「それでは橘さん。彼に校内の案内を」
「えっと、じゃあ私先輩、ですね! よろしく上平くん!」
「よろしく……」
元気よく差し出された手と対照的に弱々しく、恭介は彼女の手を握った。
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