第2話

 橘が道を案内する形で、二人は《学園》へと向かっていた。

 恭介は橘と連れ立って歩きながら、周りの視線を感じずにはいられなかった。明らかに年齢としも違おうという男女が、学校があって然るべき平日の真昼間から天下の往来を我が物顔で、しかも制服姿で歩いているのだから、一般人にしてみれば不審がるのも無理はない。

「仕方ねえな」

 恭介は虚空に指を切って文字を切ると、その軌跡に淡い光が灯る。橘が見る限り、体系化された文字のように見えるそれらは、恭介がその場で軽くステップを踏むとその光をわずかに強め、弾けるように空気に溶けた。光をはらんだ空気が二人を纏うように漂う。

「これで、他の人から俺たちは感知されない。補導とか面倒すぎるし、通知表に変なこと書かれたら最悪すぎるからな」

「な、な、な、なに今の!? 光が……えっえっ???」

「簡単な魔術だよ。認識逸らしのな」

「魔術……!? 漫画とかアニメの話じゃなくて!?」

「お前が戦ってる相手とかも普通に認識逸らしの結界くらい張ってたくせに何を今更……ちょっと前に白魔術と黒魔術の戦争に巻き込まれてな。ヨーロッパで本場の魔術を仕込まれたんだよ」

「えぇ、実在するんだ……魔術。でもそっか。私だって普通じゃ考えられないことやってるし……」

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟く橘。おそらく、彼女が恭介や近藤が常に身をおくような非日常の世界に取り込まれたのは、ごく最近のことなのだろう。恭介ほどさまざまなものを見ていれば、『ある』という事実だけが本物で、自分の常識なんていうものはそれこそ疑うべきだとわかるはずなのだから。

「……あなた一体、何者なの? あの近藤って人といい、明らかに普通じゃないわよね」

「何者って言われても、俺は自分のこと普通だって思ってるんだよ。寧ろ俺が聞きてえ」

 心底本音で、恭介は答えた。たしかに自分が何者で、何故こんなにも面倒ごとに巻き込まれてしまうのか、理由があるなら是非聞いてみたいほどだった。とはいえ、こんな答えで橘が満足してくれる訳がないのは恭介にもわかっているので、恭介も不承不承、話し始める。

「……まぁ、あんたも何かに選ばれた人間だろうからわかると思うけど、実際普通の人が漫画やアニメで妄想するような非現実ってのは存在するんだよ。それも一つや二つじゃない。何個もな」

「何個も……」

「太古の魔術も最新の秘匿科学も、オーパーツもタイムスリップも幽霊も死神も宇宙人も、忍者も侍も妖怪もUMAも異世界転移も、魔女もドラゴンも聖剣も妖精もどうやらあるらしい。そして、何かが起きるたびに巻き込まれる人間ってのは存在するわけだ。それこそ漫画やアニメの登場人物のようにな」

「巻き込まれる……」

「そう。例えば『魔術の素養があったり』──『生体科学に適合するDNAを有していたり』。『たまたま勇者の適性があって召喚されたり』、『霊感を持っていたり』ってな具合にな。そしてどういう具合か、俺はそれらが十重二十重に重なる星の元に生まれてきちまったらしい」

 一つの世界でいくつもの物語が走る中、恐らくその殆どにおいて『登場人物』として同時にキャスティングされてしまう素質を持った者。それが恭介に他ならない。

「最悪なのはそれに加えてたまたま巻き込まれるってのもあることだ。『旅行に行ったら殺人事件が起きたり』、『拉致られた先がデスゲーム会場だったり』な。そういうのが重なりに重なりまくって、巻き込まれに巻き込まれ倒して。その度に例えばさっきの魔術みたいな適応手段を習得して生き延びてきたってわけよ」

 魔術戦争に巻き込まれたなら魔術を覚えたし、異世界召喚されたならスキルを覚えた。そうして段々と強くなっていく度に恭介の中で次第に緊張感は薄れ、面倒だという感情ばかりが先行するようになっていったのだ。

「……私も、一年前は普通の高校生だったのに。急に力に目覚めて……周りにも相談できないし、なんだか疎外感を感じて──辛かった。それを何度も?」

「初めは小5のときだ。パニックホラー映画とか観るか? 余計なことする子供枠ってのがあったりするのがあってさ。まさにそれだったよ」

 何かを慈しむように目を細めた恭介の表情で、橘は何かを察せざるを得なかった。これ以上話を掘り下げるのも躊躇われて、話題を転換する。

「……あの近藤って人は?」

「近藤さんは神様だよ。あの人、しれっと800年は余裕で生きてるから。物知りだったりファッションセンスが壊滅的なのはそのせい」

「800年!?」

「俺が把握してる範囲でって話な。前タイムスリップして義経の下で平のなんたらみたいな奴らとチャンバラやらされてたときに初めて会って、現代帰ってきたら余裕で知り合い面してきてたから。しかもジジイになってるどころか現代の化粧品でちょっと若返ってんだもん。あの時はマジでビビった」

「…………ちょっと頭の整理が追いつかないから、色々聞かなかったことにさせて」

「別にいいけど、聞かなかったことになったからって2回も3回も聞いてくるなよな」

 悪戯っ子のように笑う恭介の笑顔を、橘は信じられないような心持ちで見ていた。彼は軽く話すけれども、それは一体どれほどの……? 

 橘とて、さまざまな苦難に襲われている現状である。学校は高校三年生にもなって急遽転校するハメになったし、目まぐるしく変わる自分の周囲には戸惑うばかりだ。なにより命懸けの闘いに身を投じなければならなくなった。しかしそんな自分の状況が些末なことであるとさえ思える。まだ、自分より3つも下の子が晒されている現実が。

 いくつか言葉が脳に浮かんで、ぎゅっと心に押し込めた。今の自分に何が言えることがあるのか。どうやったって薄っぺらい慰めにしかならない。

 話しているうちに二人は駅に着いた。

「それで? ここからどう行くんだ」

「私の手を掴んで。離れずついてきてね」

 橘はファンシーなケースをつけたスマートフォンを取り出し、改札を通る。通り際にICカードの読み取り部にスマートフォンをタッチさせると、カンコーン☆という小気味良い効果音が鳴った。

 瞬間、視界が中央から塗り替えられていく。気づけば立っていたのは校門の前で、目の前には大きな校舎が建っている。

 花壇の花々は華やぎ、建物は陶器のようにピカピカと太陽で輝いている。

 そして、白線で区切られたスペースの中では制服に身を包んだ少年少女達が剣や斧を持って闘っている。

「おおー」

「ようこそ! ここが《メテュシアノ学園》よ」

 時計台の長針が12に重なり、カランカランと鐘が鳴った。

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