燃やす方が早い 後編

 凪たちが浄化を行っている頃、その様子を離れた場所で眺めている二人組がいた。

 どちらも黒いローブを身に纏っており、大鎌を所持している。その二人のうちの一人、見た目三十近い長身の男が、ひゅー、と口笛を吹いた。


「おうおう、派手にやるねぇ。ヨミもそうは思わないか?」


 男がヨミと呼んだ人物。それは凪がリーパーと呼称した少女であった。

 ヨミはその男の問いかけに応えることなく、ジッと凪たちの作業を見つめ続けていた。

 その様子に男はありゃ、と苦笑を浮かべながら自らの頭を搔いていると、不意にヨミが男の方に顔を向けた。


「平坂、聞いてもいいか?」


 変声機付きのマスクを外したことによって、ヨミ本来の少し高めの声が男――平坂の耳に届く。その声に平坂はややげんなりとした表情で答えた。


「……あのな、ヨミ。前から言ってるが俺の方が年上なんだぞ。ちゃんとさん付けぐらいしろ。それかせめて昔みたいにおじさんと――はぁ、今更か。それで、なんだ?」


「大したことじゃない。平坂はあの浄化方法をどう思う?」


「やりたいことはわかるが普通じゃないな」


 燃え盛る炎を眺めながらヨミの疑問に平坂は気に入らないとばかりに鼻を鳴らす。

 凪たちの実力を評価しつつも、その浄化方法には大いに不満があるという態度であった。


「あんな霊力に物言わせた力尽くな浄化なんてな、術者にも負担掛かるからよっぽどじゃねぇとやらねえよ。大体な――」


 そこから平坂はいかに凪たちの浄化方法に無駄が多く非効率的なのかを語り始めるが、気になっただけで特に興味がないヨミは、平坂の話を雑音として聞き流しながら、視線を凪たちへと戻す。

 視線を戻した時には、ちょうど最後の火柱が上がったところであった。


「……先代、凪」


 空き家の一室で予期せぬ出会いをしてしまった対魔師。

 自身が一方的に知っている・・・・・者たちの一人・・

 そこに敵意や殺意といったものはなく、ただ無意識にヨミは呟いていた。

 やがて凪たちが去ったのを見届けたヨミはくるりと背を向けると、自身の所属する組織の拠点へと戻るために転移の霊符を取り出す。


「平坂、撤収だ」


「あいつら追いかけなくていいのか? ヨミが会った奴にあの霊符見せたんだろ。上のジジイ共に伝わったら面倒じゃないか?」


「別に知られたところで『回帰』はこちら側にあるから問題ない。平坂も現世にあった『剥離』は確保済みなのだろう?」


 凪に忠告したことをおくびにも出さず、ヨミは問題ないと言い切る。

 その言葉の裏に何か隠してることがあるなと見抜く平坂だったが、まあいいかと現世の空き家にて回収してきた一枚の霊符を取り出した。


「ガキの霊を追い払うのにちょいと手間取ったが確保済みだ――しっかし、ボスから聞いてなかったら、こいつが霊符なんて信じられないな。本当にヨミが会った凪って奴は霊符だと見抜いたのか?」


「ああ。視えているものは違うが、私と同じ見通す眼の持ち主だ。私の変装・・も無自覚に見通していた」


「……そいつはこっちに来ると思うか? 例の事件の被害者の一人だろ?」


 平坂の問いかけに、それまでどこか冷めたような態度を取っていたヨミの表情が初めて変化する。

 それは最初、何処か小ばかにするような表情であったが、だんだんと諦めたような、怒りに満ちたような複雑な表情へと変化していき、最終的には自虐的にどうだろうなと小さく笑う。


「……ない、とは言い切れない。だが、もしこちら側に来るようならば――」


 くるりと振り返るヨミ。

 その勢いで浅く被っていたフードが取れ、一部が編み込まれた長い白髪が、空から差し込む怪しげな月の光に照らされる。

 先ほどまで浮かべていた自虐的な笑みは影を潜め、最初と同じ冷めた目が平坂を捉えた。


「私の目的のためにも先代凪を倒す。こちら側には必要ない」


 そう言い切ったヨミは、話は終わりだとマスクを付ける。すると一瞬のうちにヨミの瞳と紙の色が淡い茶色へと変わる。

 そうして平坂からの返事を待つこともなく、一足先に転移の霊符でその場を去っていった。

 一人残されてしまった平坂はしょうがないとばかりに肩を竦めると、先ほどまで凪たちがいた場所を静かに見つめた。


「まったく、そこで殺すとか言えないあたり甘いなぁ。……はぁ、せめてうちの姫さんの目的が達成されないうちはお前ら・・・はこっちに踏み込んでくるなよ。あんなに頑張ってるのに可哀そうだ」


 誰に言うでもなくそう呟くと、徐に煙草を取り出して火を付ける。

 ヨミがいた手前、煙草を吸うのを我慢していた平坂は、帰る前にと一服を始めた。

 だがここは幽世。当然そんなことをしていては襲ってくれというようなもので、煙草の煙を深々と吐き出した平坂の周囲には、何体もの怪異が姿を現す。

 平坂が持っている大鎌が目に入っていないのか、涎を垂らして餌として見る怪異たち。その中には凪から逃げた怪異も混じっていた。


「お前らも暇だねぇ。おじさんなんか食べてもおいしくないんだけど、しょうがないかぁ~」


 それを気怠げに眺めた平坂は、持っていた大鎌をどっこいしょっと担ぐと、ピンポン玉サイズの白い球体を取り出す。じりじりと距離を詰めてくる怪異たちにこれ見よがしに球体を見せびらかすと、勢いよく地面に叩きつけた。

 瞬間、地面に叩きつけられた衝撃によって破裂した球体から勢いよく煙が噴き出し、周囲一帯が白い煙に包まれる。

 煙によって視界が真っ白に染まり、更にはその煙を吸い込んでしまったことで噎せ返り、狼狽える怪異たちの耳に、間延びした平坂の声が聞こえてきた。


「ごめんねぇ。まじめに相手してあげようと思ったけど、やっぱりめんどいからちゃっちゃとやるわ~」


 平坂の声に聞こえてきた方向に突撃しようとする怪異たち。だが、平坂の行動の方が早かった。

 煙の外から狼狽える怪異たちを眺めていた平坂は、咥えていた煙草をピンと煙に弾く。

 放物線を描くように飛んでいく煙草が煙に触れた瞬間、破裂音と共に爆発が起きた。爆発の威力は小さいながらも凄まじく、煙の中にいた怪異たちは悲鳴を上げる間もなく爆発に呑まれていった。


「片付けるならこれくらいスマートにしないとねぇ」


 煙が晴れた後には何もない。大地が焦げた跡だけが、そこで何かが起こったことを証明していた。

 そんな怪異たちの最期に、平坂はけらけらと笑ってその場を後にするのだった。

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