第二十話 燃やす方が早い

「さあさあ、こちらへどうぞと招き入れるは踊り箱――」


 何処か芝居掛かった口調で、凪は自身の手にある踊り箱と呼んだ小さな白い箱の蓋を開ける。

 スライド式の蓋は小さな音を立てながら開くと、箱の内側にはびっしりと霊式が刻まれており、その中身は何もないように見えた。だが箱をよく見ると、マトリョーシカのように中に一回り小さな蓋のない箱が入っている。

 その開いた部分を春が作り上げた炎の球体へと向けた。すると、内側の箱に刻まれた霊式が一度発光し、白い光が溢れ出す。


「――誘いに乗るなら何処までも。用意された舞台で一人踊る姿を篤とご覧あれっ!」


 言葉通り、春の制御下から強制的に切り離された火球は箱の中に吸い込まれると、踊り箱は役目を果たしたとばかりに蓋が自ずと閉じた。

 真っ白だったはずの箱の色は、吸い込んだ炎の熱が表面に浮き出たように深紅へと染まる。


 そのまま凪は流れるように踊り箱を空き家へと向けた。

 箱を持つ手をもう片方の手で支え、しっかりと狙いを定めると、更に霊力を込める。霊力を込めて数秒後、蓋は自然に開くと、最初にガラス玉位の黒い球体が飛び出す。そしてそれを追うように勢いよく炎の波が溢れ出した。


「――ぐっ」


 飛び出した炎の波の勢いに僅かに苦悶の声を上げる凪だが、踊り箱の制御が乱れることはない。

 凪の意思の下、黒い球体は炎から逃げるように壊れた玄関から空き家の内部に突撃し、姿を消す。

 飛び出した炎は、まるで蛇のように大きく蠢きながら球体を追いかけて家に入り込むと、家を内側から燃やし始めた。


 家を内側から燃やす理由。それは春が浄化の準備のために仕掛けた特製の霊符に炎が触れることによって、より強力な浄化の炎へと昇華させるため。

 そして怪異たちの亡骸を確実に焼却し、浄化するためでもある。


 春の作り上げた浄化の炎は、外から燃やしたとしても問題なく家を全焼させることはできる。しかし外から燃やすのでは、内部までしっかりと浄化の力が届かない可能性があった。

 また怪異の亡骸が全て燃え尽きる前に家が崩れてしまえば、亡骸の一部が残る可能性があり、仮に残ってしまえば燃やされたことによる呪詛が生まれる。

 そのような懸念があったために、確実に内部を燃やし尽くすことを凪たちは優先した。


 球体は実体を持たないのか、壁をすり抜けながら家中を飛び回り、それを追う炎も家の中を縦横無尽に暴れまわる。バチバチと始めは軽い音だったものは、やがて地を響かせるような燃える音を響かせながら、その家の一切合切を燃やし尽くす。

 やがて炎は勢いを増し、家のあちこちから火の手が上がった。幽世内のためにおかしな色をした壁は、みるみる焦げていき、黒く染まっていく。

 雨戸は外れ落ち、窓ガラスを溶かして炎が噴き出る。家を支える柱はみるみると細く、脆くなっていき、重さに耐えきれないように傾いた。


 ――ミシッ


 その小さな音が、この家に限界が来たことを告げた。

 直後、まるで悲鳴のような轟音を響き渡らせながら空き家は呆気なく崩れ落ちた。その衝撃によって周囲に土埃が舞い、木片や瓦礫などの残骸の一部は凪たちへと飛んでくる。


「――おっと、危ねえ」


 それは凪たちが家を燃やしている間、怪異たちの妨害が入らないようにしていた純の声。その声と共に純は手に持っていた二つの鈴を鳴らした。

 ちりんとその場に似つかわしくない甲高い音が鳴ると、飛んできていた残骸はみるみる勢いをなくしていき、凪たちに届く前に力尽きたように落下する。


「ありがとう、純。……浄化は完了したみたいだね」


 浄化が完了したことを霊視で確認した凪は黒い球体を呼び戻した。残った浄化の炎を呼び戻すためだ。

 だが春が込めた霊力が尽きかけていたためか、戻ってくる炎は小さな焚火ほどの量しかない。それは凪も分かっていたようで大して気にすることなく、戻ってきた炎を再度踊り箱へと封じた。

 炎が戻ってきた箱の色は最初に比べて薄っすらと赤くなっているだけであり、それがこの箱の中に封じ込められた霊式の残りの霊力を表すようであった。


「これで終わらせるよ!」


 家の残骸を完全に消し去るために、凪は踊り箱の最後の能力を発動させる。

 凪の霊力が注ぎ込まれ、蓋の隙間から白い光が零れ始める。その光は段々と赤へと変わっていき、それと同時に箱の表面も、再び赤く、赤く染まっていく。

 やがて光が収まると、箱の表面は最初に深紅に染まった時には劣るものの、燃えるような赤へと変わっていた。


 踊り箱の持つ力は大きく分けて三つ。

 一つは術者の霊式の制御を喪失させて封じ込めること。ただし封印できるのは一つの霊式のみで、新たに封印するにはそれまで封印した霊式を開放する必要がある。

 また霊式に込められた霊力が無くなれば、箱内でその霊式は消滅することになる。

 当たり前だが、踊り箱の許容範囲を超えるような強力な霊式は、制御を喪失できたとしても封印することはできない。


 二つ目は封印した霊式を開放した際に指向性を持たせ、疑似的に制御するというもの。通常、霊式に込められている霊力は使用した術者のものであるため、その霊式を熟知していたとしても、細かな制御というのは並大抵なことではない。それが強力な霊式ならば尚更だ。

 そこで凪は霊式を制御するのではなく、特定の霊式に誘導されるようにと、封印すると同時にそれら霊式が付与されるようにした。

 これによって直接霊式を制御する必要はなくなり、封印した霊式を誘導する黒い球体が破壊されたり、呑み込まれた場合は制御を失うなどの問題があるものの、制御可能となった。


 ここまでが凪が家の内部を焼却するために使用した踊り箱の持つ能力である。

 では最後の一つとは一体何か。


「純、対処よろしく!」


「ああ、わかってるさ!」


 純の声を聴いた凪は再度踊り箱を開く。

 中からは最初に踊り箱に封じた時と同じ大きさの炎の球体が一直線に飛び出した。

 先導していた球体は、今度は現れることはない。制御の必要がないからだ。


 踊り箱の持つ最後の能力。それは封印した霊式の強化。

 だが自身の制御下にない霊式を強化する場合には、本来ならば使用した術者と協力して霊力を合わせなければ制御することはできない。同じ物でも違いがあるように、霊力にも人それぞれ特徴があるからだ。

 それを凪は踊り箱を通して自らの霊力をろ過することで、純粋な力へと置き換え、封印した霊式へと注ぐことで解決させようとした。それによって別の問題も出てくるが、結果的にそれは上手くいった。

 ろ過された力は、風前の灯火となっていた炎の燃料となり、箱の内部で熱く燃え上がる。


 飛び出した炎は、目の前にあるもの全てを飲み込む勢いで進み続ける。そこに先ほどまであった浄化の力はない。ただ燃やすことにだけ変化した炎は、そのまま家の残骸に触れた。


 瞬間、炎の球体は大きく膨れ上がって家の残骸を飲み込むと、天へと届かんとばかりに火柱が上がった。

 炎の中で影のように揺らいで見える残骸は、その火力の高さにあっという間に消し炭へと姿を変える。

 そのまま役目を終えて消えるはずの炎だったが、制御が外れているためか、最後に火柱を中心にして肌を焦がすほどの熱風が周囲に広がり、凪たちに襲い掛かった。


「二人とも、そこから動くなよ」


 ちりんちりんと純の手の中で鈴が鳴った。

 足元に予めばらまかれていた霊符が鈴の音に反応し、襲い掛かる熱風が凪たちを避けるように吹き抜ける。

 熱風も過ぎ去り、火柱も消えた後には、僅かな残り火が揺らめいている以外には何も残っていなかった。燃え残ったものは何もなく、消し炭も熱風によって散らばった。

 更地のようになった場所を暫く見つめていた凪は、何もないことを確認してこれで大丈夫だとばかりに深々と息を吐いた。


「――あっ、迷い箱も一緒に燃やすの忘れてた」


「凪さんには悪いけど、これ以上は時間かけられないから処理は後にしてくれ」


「うん、さすがにそろそろヤバいからね。久代さんから合流地点の連絡は来てるから、私が先行するよ」


 付いて来て、とスマホ片手に駆け出す春の後を追って、凪たちも幽世から脱出するために合流地点へと向かうのであった。

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