浄化を始めよう 後編

「じゃあ私が取ってくるね。兄さんはもうちょっと休んでて」


 春が率先して押入れに向かうと、目についた近くの隠蔽の霊符を慎重に回収する。

 何も起きることはなく、そのまま春は続けて効力が切れた霊符を数枚回収すると、取った霊符は全て隠蔽の霊符であった。


「うーん……」


 霊符が張られていた証拠にはなるが、これだけでは何が目的で霊符が張られていたのかわからない。

 せめて凪がリーパーに見せられたという停滞の霊符だけでも回収しなくてはと、春は改めて内部に張り巡らされた霊符に視線を巡らせた。

 霊符に描かれている霊式を一枚一枚手早く確認しながら、停滞の霊符を探しているうちに、そういえばと凪に問いかける。


「兄さん、押入れの霊符って全部効力切れてるんだっけ?」


「……え? 僕がリーパーと対峙してた時には霊力の流れがあったから、まだ起動しているのがあったと思うけど」


 その言葉を聞いてそういえばと春は思い出す。純に言われて結界を張るために見た時には、全ての霊符がその効力を失っていたということに。


 その時は急いで凪を浄化しなくてはと焦っていたので、結界と干渉しないようにする手間が省けてラッキーだと気にしなかったが、どうしても春は気になった。

 何故それが気になったのか。春は奇妙な違和感を覚えながらも、視線は忙しなく動き続ける。


(……戸を壊したからというのは多分違うかな。それじゃあリーパーが霊符を剥がしたから? 兄さんが見たのが正しいならば、リーパーが回収していったのは停滞と隠蔽の霊符の二枚らしい。けど今私が剥がしたのを除けば、それより多い五枚・・分ある――兄さんに見せてない霊符がある?)


 剥がされた跡からリーパーが回収していった霊符の数を正確に判断した春であったが、そこで別のことにも気付いた。

 一見すると滅茶苦茶に張られたように見える霊符であるが、それに規則性があり、重なって張られている霊符が一つも存在していないことに。


(ということは隠蔽の霊符の並びがこうだから、反対の壁にも……やっぱりある。じゃあ剥がされた霊符の一つと対称の位置には――)


 自身の考えが間違っていないことを確信した春は、一つの剝がれた後から指をなぞるように動かしていく。

 そうして指をなぞらせていくうちに、見慣れてしまった隠蔽の霊式ではない霊符を発見した。


「あった! ――でも、これって……」


 思わず声を上げた春はその勢いのまま霊符に手が伸びるも、そこに描かれている霊式は凪が言っていた停滞ではない。

 一瞬、特定の霊符を剥がすことによる罠を疑うも、自身の霊視では問題ないと判断し、そのまま回収した。


「……ふぅ、次は――」


 何も起こらなかったことに安堵して軽く息を吐くと、春は回収した霊符の確認を一先ず後回しにして、そのまま続行する。

 そうして停滞の霊符と隠蔽の霊符。更にもう一枚異なる霊式が描かれている霊符を回収した春は、十分だと判断すると、最後にある一点を見つめた後、凪たちのもとに戻ってきた。


「お待たせ。兄さんが言ってた霊符とは別の霊符も見つけてきたよ。一枚は多分だけど増幅の霊符だね。停滞の霊符でも強化させてたのかな? で、もう一枚は……この霊式何? 気分が悪くなりそう」


「春がわからないなら僕もわからないけど、確かに何か気持ち悪い感じがするね。純は何かわかる?」


 春が見せてくる四種の霊符に視線を巡らせる凪は、その中にリーパーに見せられた正体不明の霊符がないことにホッとしながらも、表情に出さないように努めて答える。


「俺もわからないな。でも二人が嫌な感じがするって言うんだったら後で上に調査してもらえばいいだろ。別に今調べないといけないわけでもないしな」


「それもそっか。じゃあこれは兄さんに預けとくね」


 純の言葉にそれもそうだと納得した春は、凪に回収してきた霊符を全て手渡す。

 そして凪たちは今度こそ浄化を開始するためにと部屋を後にしたのだった。


 ◇


「……怪異が来ないから家ごと結界張ったと思っていたんだが、こんなことをしていたのか」


「あの時は焦っちゃってつい放っておいたけど、それじゃあ怪異たちが寄って来るのはわかってたことだしね」


「あー、さすがは春だね。僕も正しい判断できてなかったな……」


 外へ出た凪たちが目にしたのは、家の周囲をぐるりと囲むように立ち上っている浄化の力を宿した炎の壁。

 怪異の亡骸から溢れ出す瘴気や穢れは周囲に流れる前に燃やし尽くされ、浄化の炎は怪異たちにとっては毒となるため、本能的に近寄ることがない。


 本来なら霊符だけでは長時間燃え続けるということはないが、フェンスを燃料にして燃えているためか、その勢いは衰えていない。

 凪から褒められて少し得意気になった春は意気揚々と語りだす。


「ふふん。それだけじゃなくて浄化の準備もしっかりとできてるからね。久代さんにも連絡済みだから何時でも燃やせるよ」


「そうした方が早いのはわかるんだけどな。やっぱ燃やすのか……」


「これが一番早いからね…………現世だったら絶対にやらないけど」


 庭へと移動した凪たちはバチバチと燃え盛る炎の熱気を肌に感じつつ、その視線は今回の発端となった空き家へと向けられた。

 先ほどまでの何処か軽い態度は一瞬にして真剣なものへと変わり、各々が浄化のためにと霊具を構えると、距離を取って軽く頷き合う。


「祓い、清める炎よ――」


 最初に動いたのは春。その手に持つのは自身が信頼する自作の霊符。何時も以上に集中して霊力を込めながら、ゆっくりと詠うように言葉を紡ぐ。

 その声に応えるように、家の周囲を燃やしていた炎は意志を持つかのように上空で一つの塊へと変わっていく。


 ――迷える魂を天へと誘え


 この後に続くのはこの言葉であり、普段の浄化ならばこれで事足りるものであった。しかし、春は今回はそれだけでは足りないと判断して、より強力な霊式へと切り替える。


「――ぐっ、災禍に蠢く怨み、妬み、辛み、悪意に……苛まれた魂よ……」


 額から汗を流し、苦し気に言葉に詰まる。こうなるのは当たり前だ。準備したとはいえ、春にとっては苦手な火の霊式。

 それもより強力な炎の霊式であり、家を燃やし尽くすほど強力にしなくてはいけない。


「――全てを、安らかなる眠りへと誘えっ!」


 それでも春は霊式を完成させた。上空で一つの塊となっていた炎は小さな一つの球体となっており、表面は太陽のように炎が蠢いて周囲を明るく照らし出す。

 本来ならば今の春の実力では、安定させるためにと更に舞い踊る必要があるが、今回その必要はない。春の役目は全てを燃やし浄化する炎を生み出すこと。

 ここから先は彼の役目。


「さあさあ、こちらへどうぞと招き入れるは踊り箱――」


 予め春から使用する霊式の中身を聞いていた凪は、落ち着いた様子で春の作り上げた炎の球へと白い箱を向けた。

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