第二十一話 支部へ

 空き家の浄化を終えた僕たちは、久代さんが指定した住宅街の中の明かりのついていない一軒家に到着していた。

 長年幽世内の監視をしているだけのことはあり、久代さんが指定したルートに従った僕たちは比較的安全に進むことができた。


「とうちゃーく。ここが久代さんが指定した場所だよ」


「……ふぅ。何とか無事に着いた」


「流石は久代さんってとこか。とりあえず早く入ろうぜ。ここらが安全だとしても早くしねえとまた怪異共が寄って来る」


 周囲を見渡しながら警戒していた純に促され、僕たちは家の中に入る。

 家の敷地内に入った瞬間、先ほどまで明かりがついていなかったはずの家に明かりが灯る。どうやら隠蓑か何かの隠蔽系の霊式で、周囲の家と同じように偽装していたようだ。

 恐らく幽世監視の対魔師たちが安全に現世に戻れるように用意した仮拠点の一つだろう。

 そんなことを考えながら玄関の扉を開けると、目の前にはゆるめのパーマをかけた長身の女性――黒土久代くろつちひさよさんが立っていた。


「よかった、無事だったのね」


 出迎えてくれた久代さんは僕たちの顔を順に見ると、心底安心したように笑みを零した。久代さんの姿を見てようやく安全圏に入ったのだと、緊張状態だった僕たちはそれぞれ息を吐く。


「ああ、でもみんなすごく汚れてるわね。早く現世に戻りましょうか。靴はそのままで大丈夫よ」


 その言葉に僕たちはそれぞれ自身の状態を改めて確認する。

 家を燃やした時の灰や土埃で服が汚れているのもあったけど、怪異の亡骸を踏み越えてきたからか、靴やズボンには飛び散った血がこびり付いている。

 一応制服の予備があるから明日の学校は大丈夫だけど、とりあえず指定のクリーニングには持って行かないといけないか。


「靴は結構長く使ってたし、そろそろ買い替え時かな。……春、どうしたの?」


 横を見ると、春がやらかしたとばかりに顔を青ざめさせていた。

 今にも頭を抱えそうで、どうしたのかと尋ねると、春は震える声で呟いた。


「……上の予備がない。うわあああっ、やっちゃった! 姉さんのを借りる? ああでも姉さんのだとちょっときついし、カーディガンって今の時期着てもよかったっけ!?」


 どうしようどうしようと嘆く春の制服は僕以上に汚れていた。

 そういえば、春と純はあの時急いで僕の下に来たのもあったから、怪異の亡骸を勢いよく踏み越えてきたと言っていた。その時に飛び散った血が、春のブレザーやシャツに所々染みついている。

 純の方を見ると、同じく作務衣に血が染みついていた。

 何で予備がないのかとか気にはなるけど、なんか聞いちゃいけないようなことも聞いてしまったような気がする。


「ほら、とりあえず落ち着きなよ。うちの高校はそこら辺緩いから、カーディガンでも大丈夫だからね」


 風紀を著しく損なう格好はダメだけど、うちの高校は指定された制服を着てくるのならば、ブレザーでもカーディガンでも別に問題はない。柊さんはよく腰にカーディガン巻いてたし。

 僕の言葉に落ち着きを取り戻した春だったが、呆れた目で見ていた純に気付いて、またひと悶着起こしそうになったので、慌てて仲裁に入る。

 そんな僕たちの様子を久代さんはくすくすと笑って見ていた。


 何とか喧嘩になる前に春を止めることができて、待たせてしまっていた久代さんに僕たちはすみませんと謝った。

 大丈夫だと笑って許してくれた久代さんの後に続き、リビングに入ると、短い髪をワックスで逆立てた筋肉質の男性が僕たちを待っていた。

 この男性は、久代さんの旦那さんである黒土博也くろつちひろやさんだ。


「やぁ、ずいぶん騒がしかったけど。何かあったのかい?」


「あはは、大したことないですよ」


 爽やかな笑みを浮かべる博也さんに、僕は誤魔化すように愛想笑いで返す。春たちもそれに倣おうとしたみたいだが、少しだけ引き攣ったような笑みとなっていた。

 そんな僕たちに小首を傾げ疑問符を浮かべる博也さんと、それを見てまた小さく笑う久代さん。

 そういえば久代さん、割と笑いの沸点低かったっけ。


「まあ、大したことないならいいのかな? ……じゃあ今から現世に戻るけど、君たち……というより凪君には、浄化を終えてもらった後に聞き取りがあるから、情報部の方に行ってもらうよ」


「やっぱり僕が遭遇した人物についてですか?」


「うん。……これは後日全員に通達されることなんだけど、凪君が遭遇した鎌を持った黒ローブの人物。実はGWの間中に幾つもの報告があったみたいなんだ。中には攻撃された人もいるよ。幸い威嚇だったみたいで軽傷で済んだようだけどね。……ただ同じ時間帯に目撃したり、容姿の報告もバラバラみたいだから複数人いる可能性が出てきてね。上も危険思想を持つ集団の可能性もあるからって、少しでも情報が欲しいから話が聞きたいらしいんだ」


 博也さんからの説明は納得がいくもので、僕もそれに異論はなかった。

 ……それに、誤魔化してたけどそろそろしんどくなってきてたから、浄化を優先していいのは正直助かった。


「博也さん、何時までも幽世にいたらこの子たちも余計に疲れちゃうわ」


「ああ、ごめんね。続きは現世に戻ってから話すよ」


 僕たちが話している間に久代さんが手早く現世への扉を作成していたようで、板チョコのようなドアが鎮座していた。

 ガチャリと開いたドアの先は、まったく同じ光景。

 久代さんたちから通行の霊符を受け取り、順にドアを潜る。

 潜った瞬間、幽世特有の違和感は消失した。

 現世に戻って春たちは纏っていた霊力を直ぐに解除していたけど、僕はまだ穢れが完全に落ち切っていないので、纏っている霊力をそのまま維持しておく。


「替えの着替えは用意してあるから、これに着替えたらこの後のことを話します。凪君は禊もしないといけないからこれも渡しておくわね」


 一旦着替えるためにそれぞれリビングを出ていき、別々の部屋で着替えてまた戻って来る。

 僕たちに渡されていたのはジャージだったけど、先に浄化をしないといけないので、滝行や禊に使う道着タイプの行衣ぎょういと呼ばれる白装束に着替えてきた。


「着替え終わったようだね。純君と春君はこのまま帰ってもらっても大丈夫だけど、念のために久代が付き添うから。それと簡単でもいいから今回の報告書を書いておいてね。凪君は僕と一緒に支部に行こうか」


「わかりました。……それと、今回のことなんですけど――」


「わかっているさ。まだ終わっていないんだろう?」


 博也さんの言葉に黙って頷いた。

 そう、リーパーと遭遇してしまったことで、色々とややこしいことになってしまったが、今回の一件はまだ解決していないと言ってもいい。

 幽世の家は燃やして浄化したけど、それで解決したとは正直思っていない。

 頼瀬君を誘った怪異については、リーパーが片付けた怪異の中にいた可能性はあるが、あの家の根本的な部分の方を解決しなくては、また同じ事が起きる可能性がある。

 僕は会ってないけど、鶴屋君の偽物は幽世に連れてこられなかったらしいから、まだ現世のあの家に居るのだろう。


「一応凪さんから連絡来た時に親父にあの場所について調べてもらうように伝えてあるからな。早ければ明日にでもあの家の持ち主はわかると思うぞ」


「……流石は祐介さんの所だ。対応が早いね。こっちも調査部が動いてくれてるから、数日中に結果は出るはずだよ」


 蒼波寺の人たちが既に動いていることに、博也さんは感心したように呟いた。

 今博也さんが口にした祐介さんとは純のお父さんのことで、色々と地域活動をしているからかすごく顔が広い。


「久代、二人を頼むよ」


「ええ。あなたも凪君をしっかり案内してあげて」


「じゃあ、凪さん。また明日学校で」


「姉さんには伝えておくから、落ち着いたらまた後で連絡お願いね」


「純も春も今日はありがとう。また明日、学校で。久代さんもありがとうございました」


 改めて礼を言うと、久代さんはいいのよと笑ってリビングから出て行った。

 純たちもゆっくり休めと最後に一言告げてから、久代さんの後を追いかけて行った。


「じゃあこっちも行こうか。流石に支部直通の霊符は用意できなかったから幾つか経由することになるけど許してね」


「はい、大丈夫です。お願いします」


 渡された転移の霊符に霊力を込め、リビングから僕たちの姿は消え去る。

 最終の行先は神仏郷国第二支部だ。

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