隠していた物とは 後編

 記憶の片隅から出てきたあまりにも珍しい霊式に思わず声が漏れた。

 隠蔽の霊式は、隠蓑や秘匿といった隠すことを主とした全ての霊式の基礎とも言えるもので、あらゆる霊式や異常を誤魔化し、何も問題がないように見せることができる優れた霊式だ。


 例えば、浄化の霊式で満たした部屋を怪異たちに何もないように誤魔化して追い込むとかね。これだけならば聞こえはいいんだけど、この霊式は残念なことに色々と欠陥を抱えている。

 霊式としては非常に繊細で、少しでも霊式が崩れれば途端に効力を失くす。それに加えて起動している霊式を隠す性質上、その霊式以上の霊力を注がないといけないから燃費が悪い。

 何よりこれを基にした霊式が次々と開発されたことで、隠蔽の霊式の使用者はどんどん減っていき、今では目にすること自体珍しい霊式だ。


 そんな霊符が僕が見える位置からでもわかるくらい押入れの至る所に張られている。僕の位置からはこれだけ張られているということだから、よっぽど強力な何かが隠されていたんだろう。

 リーパーの目的はその何かの回収もしくは破壊……?


「――先代凪。これが何かわかるか」


 突然リーパーから自身の名前を呼ばれ、恐らく押入れで手に入れただろう物を突き付けてくる。


 いきなり何をという戸惑いがあったが、従わないとまた不意打ちを仕掛けられかねないので、警戒しつつリーパーの手に持っている物を見た。

 リーパーの手にあるのは三枚の霊符。

 リーパーの手によってかはわからないが、どの霊符も既にその効力は失っているようだ。


 一枚は押入れにたくさん張ってある隠蔽の霊符。もう一枚は張り付けた場所に怪異や霊などを固定化させる停滞の霊符と呼ばれるもので、本来ならば霊の溜まり場を移すのに使う流出の霊符とセットで使うものだ。

 そして最後の一枚。一見するとぐちゃぐちゃに描かれている。感覚的に霊式だと判断してより深く視ようと霊視を強めた瞬間、理解出来ない吐き気が襲った。


「――っ」


 思わず口元を抑え、喉元までせりあがってきた嘔吐感を無理やり飲み込み抑え、何回か深く息を吸って吐く。

 喉が焼けるような痛みと共に、口内に何とも言えない気持ち悪さが残ったが、少しだけ楽になった。思わぬ事に若干涙目になりながらも、リーパーを睨み付けた。


「ゲホッ、隠蔽と停滞の霊符はわかるけど、その霊符は何? 何でそんなにぐちゃぐちゃに絡まってるのに霊式として成り立ってるの?」


「これを霊式と正しく認識した……か」


「――うぇっ、どういう意味……?」


 そんな僕の疑問にリーパーが答えることはなく、その三枚の霊符を仕舞ってまた別の霊符を取り出す。霊式が見えないのでそれが何の霊符なのかはわからない。何が起きてもいいように再び襲ってきた吐き気と頭痛に耐えながらも警戒を強める。


「先代凪、お前には私がどう見える?」


「――何? 見た目でも答えればいいの? ……はいはい、わかった答えるよ。黒いローブにフードで見た目不審者。あんたが覗き込んできた時に暗い赤紫色の瞳と白髪が見えたよ……これでいい?」


 意味の分からない問いかけ、ますます酷くなってくる頭痛に思わず自棄になって答えてしまう。答えた後にやってしまったと思ったが、リーパーは僕の答えに一人納得したようだった。


「やはり“見通す眼”を持っているか」


 ……はい?

 見通す眼って一体何を言ってるんだ。さっきから意味がわからない事しか言わないリーパーに、いい加減怒りが込み上げてきた。


 冷静な部分では何とか気持ちを落ち着けようとするけども、感情が抑えられない。

 せめてあの霊符に描かれた霊符が何なのか答えろと口を開こうとした時、急に足に力が入らなくなり、片膝を付いた。


「案外気づかないものだな」


「なっ!? ――あ、ぐっ……」


 リーパーの呟きに一瞬何が起きたかわからなかった。だけど何時の間にか部屋に流れ込んでいた黒い靄のような何かを目にして僕の身に何が起きたのか理解した。


 この家はリーパーが殺した怪異たちの瘴気や穢れで満ちていて、この部屋は幹也の結界によって無事だった。

 だけどリーパーが押入れを破壊した時に結界ごと壊したのだから、この部屋に瘴気や穢れが流れ込むのも当たり前。浄化の灯火があれば問題なかったけど、リーパーによって掻き消されてしまっている。

 恐らくリーパーは気づいたんだ。浄化の灯火がなければ、僕が満足に動けなくなることに。先ほどまでのリーパーの行動は、僕にそれを気付かせないようにするためだったのだ。自分の迂闊さに内心で悪態を吐く。


 お守りのおかげでまったく動けないということはないが、まるで全身に重りが巻き付けられたかのように怠い。

 幸い意識ははっきりとしているから、せめてもの意趣返しに言霊でもぶつけてやろうかと息を吸い込んだ時に、待ち望んでいた声が聞こえてきた。


『兄さん! 何処!?』


『――ばっ、何大声出してるんだよ! ああっ、くそ。幹也さんが二階で別れたって言ってただろ! 急ぐぞ!』


 一階の方から聞こえてきたのは、春の焦ったような声と、純の怒声。

 どんどんと階段を駆け上がっているであろう音も聞こえてくるから、もうすぐこの部屋に飛び込んでくるだろう。


「……では、私はこれで去らせてもらおう。……ああ、この家を燃やすのは構わない。だが一つ忠告をしよう。私のことを他の者に話すのは別に構わないが、あの霊符のことをむやみに話すのは止めておけ。あれは回帰だ。終わらぬ連鎖に巻き込まれることになるぞ」


「まっ――」


 一方的にそう言い放ったリーパーへの制止の声も上げる間もなく、最初からその場にいなかったように消え去ってしまった。

 リーパーがさっき取り出していたのは、幽世ではまともに使えるはずがない転移の霊符だ。

 それに今の忠告の意味って――


「ここね! 兄さん、無事!?」


「バカ! 少しは警戒しろ!」


 ドカンと文字通りドアを蹴り飛ばして飛び込んできた春と、その後に続く純に思考が強制的に中断される。

 数枚の霊符を指に挟んで鬼気迫る表情で、部屋内を見渡した春は僕しかいない事がわかっても一切気を抜いた様子を見せなかった。


「……二人とも、もうこの家には僕しかいないよ。救援に来てくれて助かった。本当にありがとう」


「そうか。だけど、そんな状態で礼をされても困るからな。……うわっ、結構酷いな。今から浄化を始めるからジッとしててくれ。――春はこの部屋の結界と一応周囲の警戒も頼むわ」


「え、でも二人掛かりで浄化した方が――」


「見た感じ霊符の浄化だと少し厄介だから経を読むわ。それと心配なのはわかるけどな、少しは落ち着け」


「……うん、わかったよ。一緒に周囲の浄化の準備もしとくね」


 安心させようと礼を言おうとしたが、僕の状態を即座に見抜いた純に遮られた。

 大丈夫かと詰め寄ってきていた春の提案も一蹴すると、純はテキパキと僕たちに指示を出し始める。

 そんな二人の様子を見て、僕は一先ず危機は去ったのだろうと深々と息を吐いた。


 それにしてもリーパーの最後の言葉、『かいき』って一体どういう意味だったのだろうか?

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