第十八話 隠していた物とは

「それで燃やして浄化するのは良いんだけど、さすがにその後始末も一人だと結構大変だからね。……それで言い忘れてたんだけど、もうすぐ救援が来ると思うんだよ」


 これは幹也が現世に戻る時にハイドで頼んでおいた二つの頼みごとの内の一つ。

 内容は単純明快。幹也が現世に戻ってから十分以内に僕がハイドに何も連絡をしなかったら、何かが起きたということだから救援を求むというもの。


 元々浄化を一人で全部やるのは大変だから、連絡した場合でも救援を頼むつもりだったんだけど、念には念を入れといて良かったよ。

 救援が来ることを話すのは正直愚策ではある。

 自分の身の危険もだが、救援に来る人たちを危険に晒してしまう可能性がある。

 だけどリーパーは何人救援に来るのか、何時来るのかと思考を割くはずだ。

 もしそれを聞いてくるならば、それで更に時間を稼ぐこともできる。正直誰が来るかはわからないけどね。


 今この家の近くの現世にいるのは、幹也、佳奈、春、純、それから蒼波寺からの応援の人たち。

 蒼波寺の人たちの多くは、幽世に入れる霊式を持っていなかったはずなので除外すると、幽世に確実に来れるのは佳奈、春、純の三人。

 幹也には方蔵君たちを守るように言っておいたし、佳奈は幹也に着いて行くだろうから、単純な強さなら僕よりも上な春と純の二人が来る可能性が高い。

 十分はもう過ぎているけど、扉の生成を含めるとまだ数分は時間を稼ぐ必要はある。


 最悪のパターンは、外でリーパーの仲間が待機していて鉢合わせしてしまう可能性だけど、こればかりは正直祈るしかない。

 だけどこれで安心できる状況になったというわけではない。

 寧ろここからが正念場だ。


 救援が無事に来れるように祈りながらも、リーパーの一挙手一投足を見逃さないように気を引き締める。

 救援が来ることを知ったリーパーが、なりふり構わず攻撃してくる可能性を懸念してだ。


 そこで気づいた。さっきの燃やすと言った後から、リーパーの様子がおかしいことに。それどころか俯いていて僕の方を見てすらいない。

 恐る恐る今の今まで挙げ続けていた両手を下げてみても、不気味に思えるくらい一切の反応がない。


 おかしい。今のうちに逃げるか、声をかけるか。それともリーパーが動くまでは放っておくべきか。

 そう自問自答を繰り返しながらも、突然襲い掛かられてもいいように、何時でも動ける態勢をとる。そんな風に僕が動いても、リーパーはただその場に佇んでいた。

 一見すると隙だらけなその姿は、絶好のチャンスなのだけど、僕はその場で警戒するだけで動かない。いや、正確に言うならば動けなかった。


 ――動いたら死ぬ。


 はっきりと霊力の流れも縁も視たからわかる。リーパーに近づけば、その瞬間に切り裂かれる。雨戸をぶち破ろうとしても、一瞬で詰められる。

 縁を視る時は瞳の色が変わるから使いたくなかったけど、リーパーが僕を見ていないから今のうちにと視た。


 ――僕とリーパーの灰色の縁がはっきりと繋がっている。


 僕が現時点で視ることができる縁の色の種類は少ない。受け売りだけど、白がただ縁があるだけとすると、黒に近づくほど敵意や殺意といった感情が含まれるようになる。灰色ならば警戒といったところだろう。

 しかし、少しでも動こうという意思を見せれば、それがどす黒い赤に変わる。この色にどのような感情が含まれているかなんて、簡単に予想はつく。だから動けない。


 そんな膠着状態がどれだけ続いたのだろうか。既に通常の霊視に戻したが、昨日からの連続した眼の酷使によってズキズキと頭痛が酷くなっている。

 体感的には何十分も経過したように感じているが、実際には数十秒程度だろう。何時までもこの状態ではいけない。

 リーパーへ交渉を持ちかけようとして――


「…………はぁ」


 突如、リーパーは苛立たし気にフードを更に深く被ると、自身を落ち着かせる様に深々と溜息を吐いた。

 片手で杖のように立たせていた大鎌も、力が抜けたようにぐらりと重力に従って倒れていき、先端が床に突き刺さる。

 そして顔を上げたリーパーの眼が僕を捉え――身の危険を感じて反射的に左に飛び退いた。


「――っ!?」


 勢いよく飛び退いた瞬間、風を切るような音が耳に届いた。

 横向きに倒れるように飛んだことで、崩れた態勢を片手で強引に立て直した僕は、その光景に眼を見開く。

 何故なら、リーパーが僕がさっきまでいた場所にいて、床に突き刺さっていたはずの大鎌を下から上へと振り上げていたからだ。


「……避けたか。峰打ちなのだから当たればいいものを」


「そんなので峰打ちされたら死ぬよ!!」


 リーパーの呟きに顔を引き攣らせる。

 あ、危なかった。あのまま反応が遅れていたら大鎌の背面で打ち上げられていた。

 あの振り上げられた角度から見て、脇腹当たりを狙っていたのだろうけど、もし当たっていたら、さっきの風切り音からして、そのままピンボールの玉みたいに天井に頭をぶつけて床に落下……うん、死んでた。本当に警戒を怠らなくてよかった。


「……もういい。私は当初の目的を果たせればいい」


 こちらを気にした素振りも見せず、隠していたことすら口にして、リーパーは振り上げていた大鎌を勢いよく振り下ろす。

 振り下ろした先にあるのは、押入れの戸。

 ぐしゃりと切り裂くというよりも、大鎌の重さに耐えきれずに押し入れの中の中板ごと拉げ、木の破片が宙を舞った。それと共にガシャンとこの部屋を守っていた結界が割れる。

 結界が割れた瞬間、僕の眼には押入れの中から微かな霊力の流れが視えた。


 ……ああ、そっか。そういうことだったんだ。


 突如現れた霊力の流れや結界まで破壊されたことに一瞬疑問を抱いたが、部屋の隅に盛られた塩の山の存在によってその疑問は氷解する。


 本来なら結界の霊符のみならば、この部屋は押入れごと結界で守られていただろう。しかし、部屋の四隅に盛り塩が出来たことで、盛り塩の内側のみを結界で守るようになった。

 つまり押入れは結界の範囲外。僕が現世への扉を作成する時に部屋内を見渡した時は、押入れとこの部屋は結界で阻まれていたから異常が視えなかったんだ。


「見つけた」


 リーパーは何かを見つけたようで、押入れの中へと進むと何かを引き剝がすような音が複数回。

 僕の位置からは何を取ったのかは分からなかったが、壊れた戸の隙間から中がどんな状況か見えてしまった。


 そこにあったのは、夥しい数の霊符。

 張られている霊符の殆どは既に効力を失っているが、未だ効力を発揮しているものも存在しているように見える。


 よく目を凝らすと、霊符に描かれている霊式は同じもののように見えるけど、あまり見たことがない霊式だった。

 近しいもので思いつくのは隠蓑の霊式だけど、あれは人や結界を隠すものだから用途が違う。でもこの霊式、何処かで見たことが――


「――隠蔽の霊式?」

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