リーパーとの問答 後編

 まず聞くべきなのは、リーパーがここに来た目的だ。

 正体を知りたいというのはあるけど、見た目もわからないようにして、顔もほぼ隠してるのだから正体は知られたくないのだろう。

 容姿でわかったことは暗い赤紫色の瞳と、雪のように白い髪色だけ。

 僕の霊視を誤魔化せるほど強力な幻術の類じゃなければ、これは間違いない。


 それよりもリーパーの目的だ。

 これを聞くことは別に不自然じゃない。何せ僕たちが今居る場所は現世ではなく幽世だ。


 現世ならまだ空き家の怪異現象の調査とかで話はわかるけど、幽世は巻き込まれたとかならともかく、普通ならば好き好んで来ることはまずない。

 そこに来たということは何かあるのは間違いないはずなんだ。

 さて、どう答える?


「お前たちには関係のないこと。知る必要はない」


 ……やっぱりそう簡単には答えないよね。

 だけど関係ない、知る必要がない。ということは、それが物なのかこの地なのかはわからないが、リーパーにとっては知られてしまうと都合が悪いから?

 僕がそれを知ったら何をするかわからないから言わない可能性もあるけど――うん?


 ――リーパーは最初、僕がそれを狙っていると思っていた……?


 ……あり得るかもしれない。

 さっき僕が言ったことを何度も確かめたのは、他の皆は現世に戻ったのに僕だけ残っていたから。僕の前に姿を見せたのは、リーパーの目的がこの部屋にあるから。

 これは飛躍しすぎかと思うが、そうじゃなければ僕が一人になって直ぐに出てくる必要はない。

 武器を下ろしたのは先ほどまでの問答で違うことがわかったから。

 ただ、自分でも粗しかない考えだと思うし、釈然もしない。色々と見落としている気がする。


 あと考えられるのは、この家の怪異の掃討するために来ていて、僕が怪異を放っていた元凶だと勘違いされたぐらいか。

 いや、それなら知る必要がないってのは少しおかしい。

 ……うん、圧倒的に情報が足りない。

 幾ら考えても自分にとって都合の良い憶測を並べているに過ぎないだけだから、一先ずこの話は置いておこう。


「わかった、それは聞かないことにする。それじゃあさ、あんたがこの家――玄関やこの部屋の外にいた怪異たちを殺したの?」


 ほぼ間違いなくリーパーだと思うのだが、また別の存在がいるかもしれないので念を入れての確認だ。


 持っている鎌やローブに付着している返り血らしきものがあること。

 廊下や玄関の壁の破壊跡。

 そしてあの惨状が幹也たちが籠城する前にはなかったこと。


 これは幹也が籠城するまでの流れをハイドで報告していたから間違いない。

 何より、合流した時に幹也は怪異たちとの攻防中に轟音がして家が揺れたと思えば、悲鳴とかが聞こえたと言っていた。

 あくまでも推測でしかないが、この轟音や家が揺れたというのは玄関が破壊された時のもので、悲鳴や叫びは怪異たちの断末魔じゃないかと思う。

 これらの状況証拠から考えても、十中八九リーパーの犯行で間違いないだろう。


「…………そうだ。この家にいた怪異は全て私が始末した。嘘偽りはない」


 長い沈黙の後、リーパーは肯定した。

 それを聞いて表情に出さなかったが、僕は内心驚いていた。

 正直に言って答えてくれるとは思っていなかったし、仮に答えてくれたとしても、もっと曖昧に答えるものだと思っていた。それがまさか肯定するなんて……。


 リーパーの言葉には何か含んでいるものがありそうな気はするけど、この家に怪異がいないというのは恐らく嘘じゃない。きっと、僕が把握している場所以外の怪異たちも片付けられたんだろう。

 ……これは使えるかもしれない。


「お前が聞きたかったことだろう。何故黙っている?」


「……まさか正直に答えてくれるとは思わなくてね。気を悪くしたのなら謝る」


 正直に謝罪が必要なら謝ると言うと、リーパーは何処か僕を呆れたような目で見てきて、必要ないとばっさり切り捨てた。


 リーパーが呆れるのはわかるよ。

 普通に考えて、この場は適当に誤魔化した方が得策だから。だけど僕が今やっているのは時間稼ぎ。問答が増えて数秒でも稼げれば上出来だ。

 ただ、これ以上の問答での時間稼ぎは難しいだろう。というよりも、もう聞くことがリーパー関連しかない。


 開き直ってガンガン聞くのも有りだが、そんな博打を打つ状況じゃない。それにそんなことをすれば喋っている間にバッサリだろう。もういっそのこと、保険のことをちらつかせて交渉に入った方がいいのだろうか?

 そんな僕の考えをまるで見透かしているかのように、リーパーは言葉を向けた。


「お前、何を企んでいる?」


 感情の込められていない平坦な機械音声。しかし、その言葉を発したリーパーからは、剣呑な雰囲気が漂い始めている。未だ態勢こそそのままだが、返答次第では最初と同じ状態になるだろう。


 正直やらかしたとは思うけど、元々不利な状況からの時間稼ぎだったんだからしょうがない。僕一人の時にこうなったんだからマシと考えよう。

 そんな反省や後悔は後回しにして、リーパーへの返答をどうするべきか……。


 時間稼ぎしていますなんて正直に答えられるわけがない。かと言って、嘘や誤魔化しをしたとしても、見抜かれるだろうから間違いなくアウト。

 無難なのは、大事な部分は言わずに曖昧に答える――いや、保険が間に合うと信じて、話を逸らしての時間稼ぎ兼交渉でいくべきだね。


「あんたを害そうとかそういった企みはしてないよ……黙ってることはあるけどね」


「その言葉、どういう意味だ。吐け」


 企んでいるとは違うからこれは事実。それにこの場を無事に切り抜けたいだけだから嘘はついていない。

 最後に小さく聞こえるように呟いた言葉に、リーパーは思った通り喰いついた。

 上手くいったと内心でほくそ笑みながら、表面上は聞かれてしまったとばかりにため息を吐く。


「あー、黙ってたことってそんな大したことじゃないよ。さっきこの家にある怪異たちの亡骸を浄化するって言ったけどさ。あんたがこの家の怪異全部片づけたって言うから、一か所ずつ浄化するのも手間だし、この家ごと燃やして浄化するつもりってだけだよ」


「は――!?」


 燃やすという言葉に、今まで余裕を見せていたリーパーが初めて動揺したような声を上げた。

 あれ? なんでそんなに動揺しているんだろ? 火は古くから生にも死にも密接に関係しているから、燃やして浄化することぐらい別にそんなに変なことじゃないんだけど。

 そこまで動揺していることに少なからず疑問を抱くが、これはチャンスじゃないだろうか?


 黙っていたことを言えと言ったのリーパーだし、今の混乱している間に一気にこっちの情報を叩き込む。

 その際に多少インパクトのある情報を話せば、リーパーがそれを飲み込むまでの時間を稼ぐことができるのではないかと。

 だけどこの情報は同時に諸刃の刃だ。下手をすれば、ここまでの時間稼ぎも無駄になる。それどころか――いや、たとえ愚策でもやるしかない。決断した僕は、リーパーが何かを言う前に再度口を開く。


「それで燃やして浄化するのは良いんだけど、さすがにその後始末も一人だと結構大変だからね。……それで言い忘れてたんだけど、もうすぐ救援が来ると思うんだよ」


 さあ、もう後戻りはできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る