忍び寄る鎌 後編

「方蔵君は扉が見えてるから大丈夫だと思うけど、幹也からもらった物はちゃんと持ってるよね? それがないとこの扉は通れないから」


「あ、ああ大丈夫だ。えっと……先代だったか? 通るってどうすればいいんだ?」


「それなら簡単だ。このまま突っ込めばいいんだ。こんな風になっ――!!」


 僕が説明する前に、幹也が扉に駆け出す。

 幹也の腕が扉に触れた瞬間、吸い込まれるようにして消える。そしてすぐに戻ってき――おい。


「なっ、簡単だ――痛っ! 何すんだよ」


「霊力無駄に使わせたからだよ。見本を見せるなら腕入れるだけでいいよね。それに現世に戻ったならその場にいてよ。何で戻ってくるのさ! ……はぁ、何か理由があって行動したんだと思うけど、次からは一言先に言ってね。あと、別に走る必要はないから」


「……すまん」


 軽くチョップしただけだからそこまで痛くはないでしょ。丁度いいように霊力込めたのに、往復なんかしたら足りなくなるじゃんか。

 今回はまだ僕の霊力に余裕があるからいいけどさ。これが霊力が枯渇している時だと本当に危ないんだよ。せめて事前に言ってくれないと。


 そんな僕の怒りが伝わったのか、自分のやらかしに気付いたのか、頭を下げたので、その話はそこで終わらせる。

 改めて霊力を扉に込めなおし、ハイドの情報を踏まえてこの後のことを説明する。


「さっきも言ったけど、この後現世に戻ったらそのまま家を出れるはずだから。外で待っている蒼波寺の人たちと合流して、指示に従ってね。まぁ、全員厄落としというか、お祓いする必要があるから、間違いなく寺に連れてかれると思うけどね」


「やっぱりヤバいか?」


「うん。もう憑りつかれてはいないから死ぬことはないと思うけど、頼瀬君が一番ヤバいよ」


 幹也の眼じゃ視えなかったんだろうけど、僕の霊視は誤魔化せない。頼瀬君の元々持っている霊力が無理やり使われたのがはっきりと視える。


 眼を切り替えて視ると、少しばかり体力も消耗しているみたいだけど、これは数日寝込む程度で済むだろう。頭痛覚悟でヤバい縁がないかも視たけど、感覚的にはそれもない。


 恐らく怪異の影響を受けてからこの日までゆっくりと霊力を使われ続けていたけど、この家に来て取り憑かれてから一気に使われたんだろう。それに伴って体力も消耗した。

 もしかしたらこれが切っ掛けで霊感に目覚める可能性もなくはないけど、そこら辺をどうするかは蒼波寺の人たちに任せよう、うん。


「……念のために方蔵君たちに簡易型の守護の霊符を渡すから、幹也は二人を蒼波寺までちゃんと守ってね。僕はやることが出来たから、それが終わったら脱出するよ」


 メモの切れ端に守護の霊式を描き、霊力を込めて方蔵君に手渡す。この家を出るまでならば、精神干渉系の攻撃から身を守ってくれる。

 物理的攻撃なら幹也が渡したと思う結界の霊符が守ってくれるだろう。


「え、先代は一緒に来ないのか?」


「本当なら僕も一緒に行きたかったんだけどね。ちょっとこの部屋の外で色々と対処しないといけないことが出来ちゃったからねぇ……」


 本当ならここは安全のために一緒に脱出するべきなんだろうけど、あれだけの数の亡骸たちをそのまま放置し続けるのは危険だ。

 対魔師としては、その後の被害を未然に防ぐためにも、ある程度の処置をしておく必要がある。


 今回のような場合だと、放置した亡骸を怪異が喰らって成長したり、瘴気や穢れが形になってしまえば、今の広まっている噂よりも凶悪なナニカに変わってしまう可能性がある。

 だから一刻も早く対処しないといけないのだけど、あれだけの浄化の手間を考えると思わずげんなりしてくる。

 それに今回は浄化するだけだから大丈夫だろうとは思うけど、あの惨状を引き起こした存在があるからなぁ……。

 最悪、僕一人だと手に余るか……念には念を入れとこう。


 そんな僕を見て、方蔵君は何かを思い出したのか引きつったような顔をしている。

 頼むから大人しく幹也の言うことを聞いて動いてね。そうすればよっぽどのことがない限り大丈夫だから。


「それじゃあ時間も惜しいから、早く行った行った――あ、あと幹也。今ハイドに二つほど頼み事を送っておいたから」


「あー、念のための保険か? でももう一つは本当に必要なことなんだよな? ……わかった、恭が起きたら聞いとく。そんじゃあ結界はそのままにしておくから、後は頼む。……凪、一人になるからって無茶すんなよ? なんか嫌な予感するからな。史郎、向こうで先に待ってるぞ」


 頼み事を承諾した幹也はニカっと笑うと、先ほどと同じように扉を潜っていった。

 一つはこの後のためのもしもの保険。もう一つは正直頼瀬君が覚えているかどうかわからないが、もし僕の予想が正しければ、今回の件は色々と根が深いものになってくる。


 目をつけられたのは果たしてどれなのか。どこから始まったのか。

 ただ偶然が重なっただけと思いたいけど、恐らく厄介事になる予感はしている。

 あと幹也、最後不穏なこと言ってなかった?


「それじゃあ、次は方蔵君の番だね」


 とりあえず気を取り直し、幹也の姿が完全に消えたのを確認した僕は方蔵君たちの方に向き直る。

 方蔵君は何処か緊張しているようだったが、一度深呼吸して扉へと駆け出した。


「うおおおおおっ!!」


「あっ、そんな勢いよく行ったら――」


 静止の声も間に合わず、頼瀬君を背負って雄叫びを上げながら扉へと潜って消えた。向こうにいる幹也とぶつかってなければいいけど。

 ……うん、悪い手本見せたのは幹也だから別にいいや。それじゃあこの扉は消しておいてっと……よし。後はこの家と迷い箱を燃やすだけだ。


 この時の僕は、幹也たちを無事現世へと帰せた安心感と、結界の中ということもあって少しばかり油断していたのかもしれない。





「一人残ったか」 


「――っ!?」


 突然背後から聞こえてきた機械的な声に反射的に振り向いたその瞬間――僕の周りに浮かんでいた灯火は全て搔き消され、目の前に何かを突き付けられた。


 ――なっ!? さっきまで誰もいなかったはずなのに、何時の間に結界の中に現れたの!?


 咄嗟に霊視の眼を切り替え、目の前の存在が生きているか、怪異か人なのかを視る。怪異相手ならなんとかなるけど、人相手となるとちょっと厳しい。


「動くな」


 目の前の存在は――人だ。

 人が発する色である青色のオーラがはっきりと視える。

 だが、何か飛び散ったような跡がついている黒いローブとフードを深く被っているせいで、見た目からはどんな人物かはわからない。

 目元まで隠したマスクには、恐らく変声機が付いているのだろうか。声から性別を判断することもできない。

 わかるのは僕より少し低い位の身長と、血と思われる液体がべったりと付いた大きな鎌。その鎌は身の丈ほどあるにも関わらず、それを軽々と右手で持ち上げている。

 廊下の破壊痕や見た目から考えて、この家にいた怪異たちを皆殺しにしたのはこの人なのか……?


「荷物を捨て、両手を上げて私の質問に嘘偽りなく答えろ。お前は何者だ? 目的は? 正直に答えるのならば、私もそれに倣い何もしないと誓おう」


「……神仏郷国、怪異対策部所属対魔師、先代凪。目的は一般人の救助」


 目の前の存在に言われた通り、肩にかけていた鞄を足元に落とし、両手を上げて敵意がないことを示す。

 相手も神仏郷国所属の対魔師ならばわかってくれると思ったが、目の前の存在は大した反応を見せず、持っている大鎌を依然と突き付けてくる。


 ということはフリーの対魔師? 随分と警戒しているようだけど、幽世に加えて部屋の外の状況があれだからしょうがないか。

 幽世に迷い込んだのか、引きずり込まれたのか。最初の発言を考えると、自らの意思で入ってきたんだろう。

 もしこれで即座に襲い掛かってくるようなら、死に物狂いで逃げようと思っていたけど、どうやらそれは大丈夫みたいだ。というより、本当に襲い掛かってくるのなら最初の時点で僕は殺されている。


「では何故一般人たちはここに来た? そしてお前はどうやってそれを知った?」


 何時動かれてもわかるように霊視を戻し、霊力を足に込めて警戒を強める僕を意にも介さず、目の前の人は次だとばかりに言葉を発した。

 ……どうやらまだ質問という名の尋問は続くようだ。

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