ドア越しの攻防戦 後編

「なあ史郎。今回の肝試しの噂話だが、恭から誰から聞いたとか何か話を聞いたりしてないか?」


「急にそんなことを言われてもなぁ……たしかキョーはネットのチャットで聞いたって言ってたな。……ああ、そういや俺がキョーから噂を聞いたのはGW中なんだけどな。そん時に一つおかしなことがあったな」


「おかしなこと?」


「ああ、俺が親父たちと毎年爺ちゃん家に帰ってるの知ってるはずなのに、わざわざ電話までかけてこの噂話を聞かせてきたんだ。そん時は、キョーが暇だったから電話をしてきたと思って、しょうがないから付き合ってやるかって暫く適当に話して終わったんだ。けど電話中になんか電波の調子が悪かったのか、噂話は問題なく聞けたんだけど、それ以外の話をしようとすると雑音が入ってきてたんだ。まあ冗談でこんな話をしてたから怪現象でも起きたかって笑ってたんだけどなぁ……何で気づかなかったんだろうなぁ……」


「普通は分からないからな。だからそう気に病むなって」


 思い出してしまったのかまた顔色が悪くなった史郎を慰めつつ、今の話に思考を巡らせる。

 恭がおかしくなったのはGW中。

 電話中の雑音から考えても、GW中には既に恭の傍に怪異がいたと仮定すると、家族が巻き込まれてる可能性があるので、これは今すぐ報告しておく必要がある。

 だけど凪や他の対魔師が気づかなかったことから、実際に憑りつかれたのはこの家に来てからだろう。

 

 そして殺人鬼の噂はネットで聞いたということだが、あかりの考察からどうしてもこれが気になる。

 日記の存在もだが、元々の噂と異なる噂話。

 今更だが、なんか最近よく似た話を聞いたような既視感を覚えるんだが、何だっただろうか?


 もう少しで思い出せそうな気がした時、先ほどよりもはっきりと部屋のすぐ傍を走り回るような複数の音が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」


「――静かにっ」


 恐怖を煽るようにバンっと荒々しく響くドアの開閉音に、雪崩れ込むような足音。どうやら救援が来るよりも先に元凶の怪異たちが、二階へと侵入してきたらしい。

 誘因の霊式のおかげで他の部屋を優先して探しているから、わざと叫んだりとかしなければ、隠蓑と結界で隠したこの部屋に気付くまではまだまだ時間はかかる。

 気づかれたとしても、盛り塩で強度を高めた結界はそれなりに頑丈で、弱い怪異なら問答無用で弾く。それに基点をドアにしているから、ドアを破壊されない限りは結界を破壊してこの部屋に入ることはできない。

 ただ、庭の時みたいに二枚重ねで使っていないから正直言って不安は残るんだよな……。


「……念には念を入れとくか。史郎、これも渡すから何かあったら祈っとけ。守ってくれるぞ」


 入り口のドアをビクビクと見つめていた史郎にもう一枚霊符を渡し、恭の傍で静かにしているように伝える。そしてバングルに込められた浄化の霊式を消し、新たな霊式に書き換える。


 霊力を纏っている時よりも力を引き出せるように、鬼の如き怪力を引き出せるように、力強く思いを込めて霊式を描く。


 今描いたのは一時的に四肢の筋力を増加させる霊式だ。デメリットは次の日の筋肉痛がヤバい。霊式を描いたが、まだ起動はしない。最初は霊力を纏うのみでドアを押し返して、駄目そうなら使う。最初から全力で抑えると、俺がドアを壊す可能性があるしな。


 準備を終えた俺は、ドアにもたれかけさせていた腐った色をした本棚を押し込みやすいように少しだけ配置を動かす。

 そして両手を添えて、踏ん張れるように足にも力を込めて何時でも押し込めるように体勢を整え、その時が来るのを静かに待った。


 その体勢のまま何分経っただろうか、集中していたせいでいつの間にか口内に溜まっていた唾をごくりと飲み込んだ時だった。


 あれほど喧しく不気味に反響していた音が不意に止んだ。

 聴力を強化してもドア越しに耳障りなほど聞こえていた音という音は聞こえない。

 今俺の耳に届いているのは部屋内にいる俺たちの小さな呼吸音だけ。

 嵐の前の静けさというべきか。何も聞こえなくなったことで、史郎が助かったのかと呟いているが、怪異がそんな簡単に諦めるはずがない。


 ぞわぞわと嫌な予感が俺の体中を這いずり回り、脳内ではまるで警鐘のように来るぞ来るぞと狂ったように自分の声が響く。

 自然と手に力が籠り――何かが結界に弾かれる音がした。


「縺ソ縲∬ヲ九▽縺代◆縲?縺薙?√%縺薙↓縺?k」


「――ッ!!」


 気付いた!

 外にいる怪異たちから理解できない叫び声が次々と上がる。そしてその度に結界に弾かれる音が聞こえてくる。


 どうやら結界を破ろうとしているようだが、問題なく弾いているようだ。だが、時折結界に抗いながらドアを叩き、ガチャガチャとドアノブを回し始める怪異が出てき始めた。

 その時には、結界に耐え切れずに弾かれるまで本棚を押し込み、ドアが開かないように押さえつける。押さえつけている俺の腕には、その度に衝撃がはっきりと伝わってくるが、現状では霊力を纏うのみで済んでいる。


 そんな攻防を何度か繰り返していると、がむしゃらにドアに突撃を繰り返していた怪異たちの行動が変化し始めた。


 ――バンッ!! パンッ!!


 ――蜃コ縺ヲ縺薙>


 ――豁サ縺ュ死ね死ね死ね死ね


 ――アハハハッハハハハハハ!!!



「うわああっ!? 今度は何なんだよ!? こっちに来んじゃねえっ!!」


「落ち着け! ただの脅しだから渡した札に祈ってジッとしてろ!!」


 パニックになってしまっている史郎に指示を出す。

 どうやら怪異の中でも力のない一部の奴らが俺たちを部屋から出そうと嫌がらせを始めたようだ。


 壁や天井などのあらゆる所から何かを叩くような音や軋む音、叫び声、金切り声などの耳障りな雑音が響き渡る。

 こういうことには多少慣れているとはいえ、ドアを押さえていなければ耳を防ぎたい。救援はまだかと思いながらも、怪異たちの手が休まることはなく、結界に抗うことができる怪異たちが次々とドアを攻撃し始めた。


「くそがっ、学習しやがって――おらあっ!」


 嫌でも耳に入ってくる雑音に集中力が削がれ、顔を顰めつつも攻防戦を続ける。

 途中で押し込むのに使っていた本棚が嫌な音を立てたので横倒しにして、直接両手でドアを押し込む。


 一体一体が攻撃してくるのには対処できる。だが、俺がドアにしか対処していないことで、怪異たちもこのドアを開けばいいことに気付いたのか、今度は複数の怪異が同時にドアを押し込み始めた。

 それと同時にガンガンと何かをぶつけてきている。


「――ぐっ!?」


 雑音は収まったけど、状況は悪くなったかもしれない。全身に力を込めてはいるが、じりじりと押し戻されているのが分かる。

 霊式を使っていないからまだ優勢には変わりないが、それよりも先頭の怪異が結界と後方の怪異で板挟みになって潰れる可能性が出てきた。


 今の状況的に怪異に死なれるのは色々と不味い。死骸から発生した穢れが、他の厄介な怪異を引き寄せかねないし、押し込んでいる怪異がそれを喰らってより凶悪になりかねない。


 幸い俺の勘はまだ警報を鳴らしてはいない。だが、いよいよどうしようもなくなったら、残りの二枚の霊符を使う。

 それまでに救援が来てくれることを期待しつつ、俺はバングルの霊式を起動させた。


 その直後、まるで地震が起きたかのように家全体が揺れた。

 くそっ、今度は何が起きたんだよ!?

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