第十四話 ドア越しの攻防戦

「――ということだ。黙ってたのは悪いと思ってるし、言い訳はしない」


「……少なくとも俺たちを助けようとしてくれていることはわかった」


 ここまでに俺がやってきたことの説明を終えて、黙っていたことに不満気ではあったが、納得した様子の史郎にホッと息を吐いた。

 こういうのは何時も佳奈や凪たちが対応していたから、安心させようとつい言ってしまってからやらかしたことに気づいた。

 当然、史郎は俺の発言にどういうことだと詰め寄ってきた。


 ここまでくるともう誤魔化すことは不可能だった。

 救援が来るまでは乗り越えられる安全地帯になったので、史郎が外に出ていかないように、対魔師であることも含めて話せることを説明することになった。


 その説明中に恭のスマホから嫌な感じがしたので、眠っている恭に一言謝ってからスマホの画面を開くと、圏外になっているのに表示されている掲示板。

 更新ボタンを押してみると、文字化けされていたが、新しい書き込みが表示されたのを見て、速攻で掲示板を閉じて電源を切った。隣で覗いていた史郎は顔を青ざめさせていた。


「なあ、本当にキョーのスマホの電源切っておいてよかったのか? あの化物たちを怒らせたんじゃ……」


「切らない方が不味いんだよ。恭のスマホを通してこっちに干渉してくる可能性があるからな」


 あの掲示板が繋がっている場合、十中八九恭のスマホを入り口にして結界を超えて来るだろう。俺も史郎もこの掲示板は直ぐに閉じたから、俺たちのスマホが入り口になることはない。

 唯一ハイドだけは佳奈たちと繋がっているが、使用者のミス以外で怪異たちに干渉されたなんてことはないから大丈夫だろう。


「それにな、恭に憑りついてた奴を追い出した時点でキレてるだろ」


 恭に取り憑いていたのがどんな怪異かはわからない。

 解放の霊符はあくまでも追い出すだけだからな。あのマネキンもどきの怪異が恭に取り憑いていたやつかも不明だ。


「ま、俺が見張っておくから救助が来るまでは史郎は少し休んどけ」


「……そうするわ」


 恭の傍で座り込んだ史郎は、ぼうっと宙に視線を彷徨わせる。

 結界を張ったとはいえ幽世内だからな。普通の人じゃかなりきついだろう。


 さて今の状況だが、佳奈たちからは和泉の救助も完了。今は蒼波寺の人たちが来るのを待っている。凪はこっちに向かっているというのと、あかりからは掲示板に関しての情報と一つの考察があった。

 ただあかりの考察は、現段階では判断できかねない内容だったので、一旦は保留としておき、こっちからこの掲示板はこれ以上開かない方がいいと報告しておいた。


 ちなみに佳奈に頼んで保護した和泉の写真をハイド経由で送ってもらい、和泉が偽物に入れ替わっていたことと、外で動いている仲間が保護したことは既に史郎に話してある。


 和泉のことを話した時、史郎は間の抜けた表情をしていた。

 そこで幽世に来てから和泉の存在が頭から抜け落ちていたことを指摘してやると、顔を真っ青にさせて部屋の外に飛びだそうとした。慌てて写真を見せて無事だと知ると、自分自身がまだ危険な状況でもあるのに自分のことのように喜んでいた。

 恭が倒れた時も直ぐに駆け寄ってきたし、この三人はバカなことで喧嘩したりとかよくやってるけど、何だかんだで仲間思いだなと思う。


「……それで、キョーは何時目を覚ますんだ?」


「早ければ十分ぐらいで目を覚ますんだが、今回は結構ギリギリだったから数時間は目を覚まさないだろうな――あ、これを渡しとくから失くすなよ」


 顔を上げた史郎の質問に簡単に答えると、ポケットから少なくなった残りの霊符を全て取り出す。そしてその内の一枚――通行の霊符に霊力を込めてから史郎に渡した。


「ああ、わかった。で、何だこれ? お札?」


「史郎がここから脱出するために必要なお札だ。失くすとマジで出れなくなるから気をつけろよ。言っとくけど嘘じゃないから。失くしたら死ぬ可能性もあるからな!」


「……お、おう」


 思わず語気が強くなり、脅迫するみたいになってしまったが、幽世から脱出する扉を通行するためには必須の代物なので仕方がない。

 史郎はゴクリと唾を飲み込んで何度も頷くと、それ以上追及することなくポケットに仕舞ってくれた。これで史郎は問題ない。


 あとは俺と恭の分なのだが、通行の霊符は一枚しかない。

 なので鞄から二つの銀のプレートバングル型の霊具を取り出す。

 その二つの内、無地の方を自身の左腕に装着し、通行の霊式が刻まれているもう片方を恭の腕に装着する。


 恭に装着した方は、誰にでも着けられるようにサイズを大きくしているため、ぶかぶかで合わなかったが、幽世から脱出するために身につけておく必要があるので、ハンカチでしっかり結んで固定させる。


「それなんだ?」


「あー、まあこれから必要になるもの」


 このバングル型の霊具も俺の自作した物で、霊式を描くために幅がしっかりとした造りになっている。

 利点は、基本的に使い捨ての霊符と違い、無地の部分に霊力を用いて霊式を描けば、これ一つで複数の霊式を壊れない限り何度でも利用できることだ。


 俺が持ってきていた霊符は十五枚。

 ここまでに使ったのが、結界の三枚とセットに使えるように調節した隠蔽が三枚に誘引が三枚。それに恭に使った解放が一枚と、史郎に渡した通行、扉の生成で計十二枚だ。

 霊符の残りは三枚。そしてこれらの霊符には既に霊式が書かれているため、何か問題が起きて別の霊式を使うならば、直接霊力を操って霊式を起動させる必要が出てくる。

 それで一番の問題としては、俺がこの直接霊力を操るというのがものすごく苦手なんだよな。で、それを解消したのがこの霊具だ。

 俺の霊力に合わせて一から加工して作ったことで、霊式の作成はもちろん、霊力の消費も自作霊符を使用した時並みに少ない。

 ただし今の俺の技術では、霊式がこの霊具を基点に起動するため使える霊式には制限があるし、耐久性にも不安がある。

 何より霊式を書き直す手間がある分、咄嗟の判断で使うならばまだ霊符の方が上だ。ここら辺を改善できればもっと使いやすくなるんだがな……。

 ちなみに無地ではなく霊式を刻んでいる方は、その霊式しか使えないが耐久性の問題は解消していたりする。


 それはともかく、俺の着けてるバングルにも通行の霊式を描けば三人とも幽世から脱出できるのだが、現世への扉は救助が来るまでは生成しない。

 何時でも逃げ出せるように準備しておいてもいいのだが、現世側のこの部屋に偽者がいる可能性もある。何より扉の生成は維持し続けるのは正直霊力がきつい。


 そうなってくると今霊具に描く霊式の候補は、精神を落ち着かせるために今も時折聞こえてくる外の音を遮断するタイプの防音の霊式か、史郎たちの消耗を少しでも抑えるために結界内を浄化する霊式のどっちかだ。

 ……外の音が聞こえないのは危ないから浄化の方がいいか。

 どっちもあんまり変わらない気がするけど……。


「あ、史郎。少し集中するからちょっと静かにしててくれ」


 史郎に一言断りをいれ、精神を集中させる。

 霊式を描くのに集中するのは大事だ。

 慣れているとはいえ、霊力を使って霊式を描く以上、失敗したら霊力が無駄になる。多少雑になってもいいのだが、当然効力は低くなる。自分用に改良してある霊式なら尚更だ。

 あとこれは俺の持論だが、霊式を描く時に思いを込めるとより強力になる気がする。


 目を閉じ、何度かの深呼吸。そしてゆっくりと目を開いて人差し指に霊力を込めてバングルに指を這わせる。

 右手の人差し指は筆、霊力は墨、バングルの無地を和紙に見立て、書道をするように一筆書きの要領で一気に描く。


 描かれた霊式は青白く光り輝くと、目に見える形で黒く浮き上がって霊具の模様となる。そこに起動のための霊力を流し込むことで、描いた礼式は再度発光して浄化の力が周囲に満ち始めた。


「すっげえ、なんだそれ!?」


「俺たち対魔師が使う霊式っていう漫画とかによくある術のようなものだ。今使ってるのは、この部屋の中の穢れを浄化して体調悪化を防ぐ術なんだが、あー、分かりやすく言うなら空気清浄機だな」


「……なんか一気にすごくなくなったんだが。いやでも息が少ししやすくなったけど……えぇ……」


 興奮したような口調の史郎に身近な物で例えたら呆れたような顔をしたが、こういう分かりやすいイメージの方が霊式の精度をより良くする場合もあるんだよ。

 いや、別にそれは今はどうでもいい。史郎たちの顔色は多少良くなったようだ。

 今のうちに史郎から少し話を聞いておくか。

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