判明する二つの怪 後編

 次に史郎から聞いた話だ。

 あの時真っ先に恭を追いかけた史郎は、恭が持っていたライトの光を目印にして追いかけた。追いかけながら何度も呼び掛けたが、恭は一切反応しなかったらしい。

 そして恭が俺たちが合流した部屋に入っていったのを見て、史郎もそのまま部屋に入った。部屋に入った史郎だが、恭はライトを切っていたようで、部屋の何処にいるのかよくわからなかったらしい。

 そこでスマホのライトの存在を思い出した史郎は、それを使って部屋内を見渡すと、部屋の隅の方で壁に向かって俯いている恭がいた。

 暗闇の中、こちらに背を向けて不気味に立っているその姿は、昔見たことがあるホラー映画のワンシーンを思い出してしまい、声をかけようにも無茶苦茶ビビったそうだ。

 何時もの悪ふざけかとか、そんな風に声をかけるのにも躊躇している時に背後から和泉の偽者がやってきた。それにまた驚いた史郎だったが、偽物は気にせずに恭の肩を叩きながら声をかけたらしい。

 肩を叩かれて振り向いた時には苛立たし気な表情を浮かべていた恭だったが、和泉と史郎の姿を見た瞬間、うっすらと笑みを浮かべていたらしい。


『あんな風に笑った顔、今まで見たことがねえ。……でもよ、あれは嬉しそうっていうより、もっとこう嘲笑っ……いや、あん時は暗かったし、多分俺が見間違えたんだと思うから気にしないでくれ』


 言葉を濁し始める史郎に他に何かなかったか尋ねると、少しだけ言い難そうにした後に話し始めた。

 どうやら恭は俺がいないのに気づいてまた機嫌が悪くなったらしい。それを史郎と和泉が宥めている時に俺が来て、また一瞬で機嫌が元に戻ったようだ。

 今まで見たことのない恭の感情の起伏の激しさに史郎は再び絶句したが、恭が俺に話しかけるのを見て、よくわからないが咄嗟に合わせないといけないと思ったらしい。


『あん時は咄嗟にキョーに合わせたんだけどさ。あんなのいつものキョーじゃねーよ。ズミもここに入ってからなんかおかしいし……なあ、幹也は大丈夫だよな……?』


 不安気な史郎に、大丈夫じゃなかったらこんなこと聞くかと返して、これ以上聞くのは史郎の精神的に酷だと無理やり話を終わらせた。

 この様子から見ても、史郎はほぼ正気に戻っていると考えていいだろう。

 探索もかなり消極的になっている。


 問題は恭だ。どう考えても恭は取り憑かれている。

 取り憑かれている以上、俺が対魔師であることをばらすのが現時点ではほぼ無理になった。せめて恭から怪異を追い出さないと不味い。

 何とか恭から怪異を追い出す霊符を貼り付けられればいいのだが、それをすると強制的に気絶させてしまうのが問題だ。


 そして恭が積極的に探索しようとした空っぽの部屋。いや、空っぽの部屋は正しくはない。死骸の部屋とでも呼べばいいか。

 これらの部屋には大小さまざまな死骸が部屋の隅に小さな山のように積み重ねてあった。一番小さいのは虫の死骸だが、魚やネズミや蛇の死骸が異臭を放って転がっていた。

 さすがにこの死骸の山には恭も触れたくないようで、それ以外の場所にライトを照らしていたが、偽者は何故かそれを嫌悪するような目で見ていた。というか俺が止めなれば死骸の山を蹴り飛ばそうとしていた。


 ……やっぱ何かおかしいんだよな。この偽者が本当に敵なのか。だけど俺を油断させようとしているだけの可能性もあるし、他に何か判断できそうな情報があればいいのだが、現状の情報だけじゃこれ以上は何もわからない。

 凪たちからは、俺が分断されたと送った後に佳奈から和泉の保護に向かうというのが来ただけで、それ以降何の連絡もない。

 不幸中の幸いなのは、俺の勘にまだ引っかかってこないから致命的なミスは犯していない……はず。

 そして俺をより混乱させているのが――


「あ? この食器棚開かねぇな。壊すか?」


「いやいや、ガラス越しに何があるか見えてるんだから壊す必要ないから」


 今目の前で行われている恭と偽者とのやり取り。

 探索中にも何度かあったのだが、偽者はこの家に置いてある物に傷をつけようとしたりするとこうして止めに入っている。時には勝手に持っていこうとしていた恭から力ずくで奪い取ったりもしていた。

 その度に俺や史郎が仲裁しているが、本当にこの偽者は何がしたいんだ?

 この家を傷つけられたくないのか? それとも別の何かか?

 偽者の立ち位置か分からないために、俺に注意を引かせようとしても上手くいかない。


 そんな偽者の意味不明な行動に再び思考の渦に飲み込まれそうになった時、持っていたスマホにハイドを通して霊力が流れたことで、誰かから連絡が来たことを知らせてきた。


 ちらりと恭たちに視線を向けると、偽者は史郎と一緒にまた暴走している恭を宥めていたので、これ幸いと送られてきた情報にザッと目を通す。

 送り主はあかりで、オカ研から得た情報を簡潔に報告してくれていた。

 ……やけに簡潔すぎる内容に違和感を覚えたが、今必要だったこの家の本当の噂を目にして、俺は気づかないうちに小さく笑みを浮かべた。


――この状況を引き起こしている元凶は元々この家に潜んでいた怪異じゃない。


 そして恐らくだが、元凶の怪異と敵対関係にある可能性が高い。

 そうでなければ元凶に憑りつかれているだろう恭をあんなにも邪魔をしない。

 つまり目の前にいる偽者が元々この家に潜んでいた増える怪異だ。

 だけどわかんねえのはこの怪異とあの日記との関係。可能性としてあり得るのは、この増える怪異が『あの子』なのか?


 ……まあ、わかったところで偽者が敵対しない保証がないんだけどな。敵意向けられてるし。それに恭の状態も不明だ。そうなると、どちらにも明確に敵対しないように立ち回るのがマシか。

 次善策として決めていた、怪異を引き付けるというのが上手くいかないことに内心苛立ちを覚えるも、今できることをするしかない。


「こっちの探索終わったけど、次行かないのか?」


「――ちっ、しゃーねえか。それじゃあスレに書き込んだら次は二階に行くぞ!」


「えぇ、二階はもういいんじゃないの?」


 今にも掴みかかりそうな恭であったが、俺の言葉に露骨に舌打ちをして、偽者にはうるせえと叫ぶと掲示板に書き込みを始めた。

 そんな恭の態度に史郎は動揺が隠せないようで、何度も俺に視線を向けてくるが、今の状況では何もできないので黙って首を振る。

 偽者も偽者で何処か戸惑ったような、困ったような表情でこっちを見てくる。さっきまで敵意を向けてきていたはずなのに、何で偽者がそんな表情をしてるんだ?


 ……ん? よくよく考えると偽者が敵意を向けてきていたのは最初だけで、それ以降は全部恭につっかかってたような……?

 普段なら気のせいだとそのまま流すような思考。だけど何故かそこに引っ掛かりを覚えた。


 ――これを無視してはいけない。


 直感的にそう思うと、ちらりと恭に視線を向ける。

 視線の先の恭はこちらには目もくれず、まだ掲示板に書き込みを行っていた。

 スマホの画面の明かりから底冷えするような笑みを浮かべる恭の姿に、どこか薄気味悪さを覚える。偽者の方もジッと恭を待っているようで、少しだけなら考える時間はありそうだ。

 恭たちに注意を向けるのを忘れないようにして、少し偽者の行動について整理した方が良いな。


 まず俺が合流する前に恭たちと合流していた。

 この時に偽者がとった行動は恭に話しかけただけ。

 そして俺が合流した時に偽者は俺に敵意を向けてきた。だが、探索中は俺よりも恭の行動に敵意を向けていた。


 ……そういえば、偽者は史郎には何もしようとしていなかったな。

 この違いはなんだ? 俺と恭が敵意を向けられて、史郎だけが何もなかった理由。恭が敵意を向けられた理由はわかっている。それは家にある家具を持ってこうとしたり、壊そうとし――あっ。


 その事実に気づいた瞬間、冷や汗が流れた。だが、理解した。何故俺が偽者に敵意を向けられたのか。

 簡単なことだった。この家に入った時に和泉と合流しようとして、俺は裏口を破壊しようとした。それが原因だ。

 俺と恭の共通点。それはこの家に何らかの害を加えようとしていたことだ。


 史郎は俺たちと違って探索自体消極的になっているし、調べるために小物などは持ち上げたりしていたが、すぐにその場に戻していた。

 そういえば、偽者は俺たちが何か家具を調べている時は必ずこっちを見ていたな。ということは、元々この家に潜んでいた増える怪異の敵対条件は、家と家にある物を傷つけたり、持ち去ることなのか?


 この考えが本当に合っているかはわからない。だが、この後の探索で注意するに越したことはないな。

 問題があるとするなら、俺への敵意が薄くなっても、恭に対しての敵意が消えるわけではないことだが。


 二階の探索をする前に一つ提案してみるか?

 上手くいけば偽者に対しては最低限の警戒で済むようになるかもしれない。

 ……交渉するのもありか?

 

「――?」


 言っても言わなくてもあんまり変わらないような気がしていると、何かチリチリと焼けつくような嫌な予感がした。


 振り返り、廊下の先を照らすが当然何もない――違う。


 首を上に向けて天井を睨むがそこにも何もない――違う。


 偽者にライトを向けるが、鬱陶しそうな表情を向けてくるだけで嫌な感じはしない――違う。


 史郎は違うから残りは――

 自然と手に持ったライトが恭の方に向く。

 史郎と偽者もそれにつられるように恭へと視線が向かう。

 そのタイミングで書き込みを終えた恭が顔を上げ、ぐにゃりと酷く歪んだ笑みを見てしまった。


 ――ああ、そういうことか。優先するのはそっちなんだな。


俺の中でかちりと何かが嵌った気がした。

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