第十二話 判明する二つの怪

 恭たちと合流した俺は、どこから探索を始めようかという三人の会話には加わらず、和泉の偽物に注意を向けていた。

 ポケットに移し替えた霊符を握りしめ、こいつが何かしようとした時にすぐに動けるようにだ。


 あの時、ドアの隙間から呆然とこっちを見ていた和泉の姿を確かに見た。だから目の前で二人と話している和泉は偽者で間違いない。

 それにこの偽者からは、俺がこの部屋に入った時に分かりやすい敵意みたいなものも感じた。そのはずなんだが――


「――だからここは手分けしてさ、なんか見つけたらそれぞれが掲示板に報告するのもありだと思うんだよ」


「うーん。でもさ、みんなで一部屋ずつ調べた方が見落としとかもないと思うよ。それに本当に何かあった時が大変だしさ」


「ズミは一人で調べるのが怖いだけだろ。……でも、まあ……ズミの言う通りだな。キョー、俺も固まって動くのに賛成だ」


 さっきまで分断させようとしていたはずなのに、何で偽者の方が固まって動かせようとしているんだ?

 まさか恭たちの方が偽者? ……いや、ないな。俺の勘は恭たちは本物だと告げてる。だけどさっきまでの行動や今の発言から考えても、一番怪異の影響を受けているのは恭だ。そうなってくると……この家にいる怪異たちの間で仲間割れでも起きてるのか?


「おーい、幹也の意見も聞きたいんだが、また考え事かー?」


「話は聞いてたさ。だけど俺も二人と同じで、一緒に行動する方に賛成だな」


 今回はしっかりと話を聞いていたので、聞き返すようなことはしない。

 恭は自身の意見に賛同してほしそうにしていたが、これ以上分断されたら全員を護るというのは不可能になる。

 最悪の場合は対魔師であることをばらしてでも護ることを視野に入れるべきだな。だけどそうすると、怪異たちがどう動くかが分からない。

 ばらすにしてもこの偽者が離れた時だ。今は二人の近くに偽者がいる以上、怪異の思惑通りに肝試しを行うしかない。


「……はあ、幹也もかよ。しょうがねぇな。ほら、これ持っとけ」


 味方が一人もいない現状に諦めたのか、恭は深々とため息を吐くと、俺にペンライトを渡してきた。

 恭が持っている物より小さいが、光源としては十分な代物で、史郎や偽者にも同じ物を渡していた。

 これだけ準備がいいのを考えると、何時から計画を立てていたのか。憑かれていることも考慮すると、恭の現状は正直ヤバいな……。


「俺が持ってるやつよりも安もんのライトだけど、十分明るいしスマホのライトだと充電喰うからそっちのがマシだろ。そんじゃあ奥の部屋から順番に回っていこうぜ」


「あ、待ってよ!」


 出発だと意気揚々と進む恭に、ペンライトを物珍し気にいじっていた偽者が慌てたように続く。その後を俺たちも続いた。


 ギシギシと廊下の軋む音が暗闇の中で反響する。前方の二人はあちこちにライトを照らしていて、俺と史郎はそんな二人を照らす。

 途中、確かめたいことがあった俺は、前の二人に聞こえないように声を潜めて史郎に話しかけた。


「史郎、二つ聞きたいことがあるんだがいいか?」


「……なんだよ?」


「さっきここに来るまでになんかもの凄い音が聞こえなかったか?」


「……え? 気のせいじゃないか? 俺たちにはそんな音聞こえなかったぞ」


 ――ビンゴ。やっぱりさっきドアを破壊しようとした音は、恭たちには聞こえていなかったみたいだ。間違いなく怪異の仕業とみていいだろう。となると、やっぱり本命は俺たち家の中に入った組か。

 外の和泉に俺の声がちゃんと届いてればいいんだが、多分大丈夫だろう。

 残りの問題としては、恭もだが、史郎の方もどれだけ怪異の影響を受けているかだ。あんまりわかりやすい質問は駄目だとして、何か史郎が違和感に気づくようなものは――


「――そうか。それじゃあ、もう一つ。俺が来た時にはもう恭の機嫌は直ってたんだが、あんなにもコロコロ態度が変わるやつだったか?」


「…………」


 ある程度時間が経って冷静になるのならわかるが、俺が恭たちと合流するまで精々数分経ったかどうかだ。

 そんな極僅かな時間で機嫌が直るというのは、元々あまり引きずらない性格の恭だとしても、普通に考えてもあまり考えられることではない。

 それに真っ先に恭を追いかけた史郎ならば、何かを見た可能性が高い。


 できればこれで話してくれないかと淡い期待があったが、結局史郎は黙りこくったまま質問に答えることはなかった。

 やっぱダメかと思った矢先、最初の部屋に入る直前に史郎はぼそりと呟いた。


「……部屋の中を調べる時にまた話す」


 それは聞こえるか分からないほどのか細いものであったが、ここに入ってから聴力を強化しておいた俺が聞き漏らすようなことはない。

 俺はそれにわかったとだけ返事をすると、恭の指示で家具が置いてある部屋を調べ始めた。


 ◇


 あれから幾つかの部屋を順番に見て回った俺たちだが、今はこの家に入って来た裏口がある台所と思わしき部屋の探索を行っていた。

 それぞれが思い思いの場所を照らして何かないかと探している中、偽者は裏口前を中心に調べていて、そこから離れようとはしない。

 もう全員ここにいるから、多少強引にでも行動した方がいいか?

 それこそ、この偽者ごとドアに向かって正拳突きを放った方が、まとめて片付けられて早いんじゃないかと脳筋的な思考が芽生えるが、何となく違うという気がしたので、その逸る気持ちを抑えておく。


「……本当に何もないな」


 隅の方を調査しながら、一旦ここまでに得た情報を一つ一つまとめていく。

 まずほとんどの部屋は家具などもなくただ空っぽの部屋であったが、一部家具がそのままになっている部屋があった。


 その中でも俺が嫌な感覚を覚えたのが、空っぽの部屋だ。


 一見すると何もない。いや、正確に言えば家具は置いていない部屋なんだが、ネズミや蛇、虫などの動物の死骸が部屋の隅に転がっている部屋だ。

 俺の眼には何も視えないが、そこに何かがあると俺の勘が訴えてくるのと、部屋を満たすような不気味な威圧感と瘴気があった。

 だから上手いこと丸め込んで空っぽの部屋は無視しようとした。しかし恭はこういった部屋の方が何か秘密があるかもしれないと騒ぎ、それでまた爆発されると面倒だとこっそり言ってきた史郎の言葉もあって、妥協案として簡単に見るだけということになった。

 だけどこういう時の勘はやっぱり当たるもので、部屋に入って数分経つと、背筋をぞわぞわとした何かが這いずり回るような感覚が襲い掛かってきた。そして霊視能力が低い俺でもわかるレベルで、部屋の隅の死骸から徐々に穢れが漏れるのが視えた。

 これ以上は不味いと脳内で警鐘が鳴り響き、それに従って恭を説得して次へと移動した。それを繰り返すこと数回。無理矢理ではあったが、その度に史郎が上手く恭を誘導してくれた。なお、偽者は我関せずと何時の間にか廊下で待機していた。


 家具がある部屋に関しては嫌な感じは全くしなかったから恭の好きにさせていた。

 置いてあるのは、何も入っていない本棚やタンスだったりと、運ぶのが大変だから置いていったと思われる物から、古いテーブルや玩具、この台所にある皿などの食器のように何故置いてあるのか不明な物まで。

 家具に血の跡が浮き出てくるとか、ポルターガイストといった怪現象が起きるということもない。

 他にはグチャグチャに丸められた紙くずや、古い地方新聞紙を幾つか見つけた。

 発行日を見ると、三十年前のものが最も新しく、読める範囲に関して特に変わった内容はなかった。そうなると、この家が空き家になったのは三十年前ということだろう。

 これは恭たちにも言っていないが、紙くずを開いてみると、この家に住んでいた住人が書いたと思われる日記らしきものが幾つかあった。


【今日、あの子が――くなった。私が――を――なかったせいだ。あの子のために――したのに、夫も娘も悲しんで――】


【娘が癇癪を起こした。泣きながら――を返して、消さないでと叫んでいる。夫もあれだけ悲しんでいたのに最近落ち着いている。まるで初めから――がいないみたいに。それを聞いて私も――】


【嫌だ消えないで】


【この家はあの子との――だ。だから私たちは――からこの家を去る。大事な思い出だけは持っていこう。これでこの家は――】


 日付は新聞記事と同じ三十年前、所々掠れて読むことができないが、間違いなくこの家で何かが起きた。死んでいるのか、それとも神隠しなどにあってしまったのか。

 この日記に書かれている『あの子』の存在は気がかりだが、今は情報が足りない。


 それと土の汚れや靴の跡が部屋や廊下で見つかったが、これはどう考えても俺たちと同じように肝試しに来た人たちが土足でこの家に入ったからだろう。

 台所の部屋近くにあったトイレや洗面所、浴槽については、設置されている鏡が汚れているぐらいで特に何もなかった。

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