役割と一つの誤算 後編

「家の庭とか周囲には誰もいなかったみたい。だけど、この子が一部の場所が変だと言っているわ」


「そこに何かあるってこと?」


「恐らくね。鳥の視界は人よりも優れてるのに加えて、カラスは夜目が効くのよ。だけどそこに霊的な何かがあるなら、たとえ見えていてもこの子たちにとっては違和感しかないのよ。――お手柄よ、助かったわ」


 褒められて嬉しかったのか。カラスは一声鳴いて佳奈に擦り寄る。

 それに応える様に佳奈もカラスの頭を優しく撫でると、首飾りを回収する。

 暫く撫でられたことで満足したカラスは小さく一鳴きすると、佳奈が腕を上げると同時に勢いよく飛び去って行った。


「最後、何て言ってたの?」


「また会いましょうって。そのうち家に来るわね。――それよりも、あの子が言ってた場所に行きましょうか。怪異に惑わされないようにお守りはしっかり握っておきなさい」


 そうしてカラスが示した場所に向かおうとした二人であったが、ハイドにメッセージが届いた。送信者を確認すると、あかりからのものであった。

 メッセージの内容は、オカルト部から得られた空き家に関しての噂の情報が簡潔にまとめられており、二人が知っているものとほぼ同じであった。

 しかし、その報告を読んだ二人は、あまりにも簡潔すぎることに違和感を覚える。


「これ、明らかに内容選んで送ってきてる。やっぱり姉さんたちの方で何か問題があったのか、それともここに書いたら不味いことでも知ったのか……」


「とにかく私たちも急いだ方が良さそうね」


 再びハイドにメッセージが届いたが、それが昼以降音沙汰がなかった純であるとわかった二人は、これ以上は時間をかけてはいられないと、確認するのを後回しにして走り出す。

 草木の生い茂る野道を駆け、カラスが示した場所に近づいた瞬間、二人は何かをすり抜けたような奇妙な感覚を覚える。それが何なのかに真っ先に気づいた春が声を上げた。


「結界! 多分これは幹也先輩の!」


 何故こんな場所に結界を張ったのか疑問を覚えた春であったが、幹也たちが家の敷地内に侵入した壊れたフェンスを見て納得する。

 二人が壊れたフェンスに近づいて行くと、そこには幹也が設置していった水晶の置物を握りしめ、倒れている和泉の姿があった。


「えっ、だ、大丈夫!? ……あ、良かった。息はしてる」


 もしかして間に合わなかったのかと、慌てて駆け寄った春は口元に手をやると、和泉が呼吸をしているのを確認してホッと胸をなでおろした。

 佳奈も春の隣で同じように屈むと、起こそうと和泉の肩を揺するが、目を覚まさない。それならばと声を掛けながら少し強めに揺すってみるが、一向に目を覚ます気配はない。

 和泉に何かが起きていると判断した春は、咄嗟にお祓いを試みようとしたが、そこに佳奈は待ったをかけた。


「鶴屋君が握りしめてる置物……水晶と銀だけじゃなくてオニキスも使われてる。銀もオニキスも魔除けの力を持っているわ。それに水晶はそれらの力をより強めるわね。あと……オニキスが祓うのは、外だけじゃなくて内なる心もって幹也が言ってたわ」


「うーん? それとこの人が目を覚まさないのと関係あるの?」


「幹也から報告があったでしょ。怪異に思考が操作されていたって。それに一緒に来ていた頼瀬君たちは、幻覚や凶暴性も発露している可能性があることもね」


「つまりこの人が目を覚まさないのは、怪異の影響から抜け出すためにこの置物が頑張っているから? じゃあ下手に私がお祓いをしない方がいいか」


「……置物が頑張る…………まあいいわ。私はそうだと思う。ただ、これは幹也が作った物のはずだけど、本来の使い方とは違うから効果は薄いかもしれないわね」


 幹也が作る霊具にはパワーストーンなどの鉱物が使われることが多い。

 制作の手伝いをしていたこともあり、幹也の持つ霊具の性能についてある程度聞いていた佳奈は、それらを踏まえて和泉の現状をそう推測した。

 実際、この推測は当たっていた。オニキスには外部の邪気を祓う以外にも、持ち主の内に秘める邪気を静める、自身の意思を高めるという力を持つパワーストーンとされている。

 和泉が目を覚まさないのも、はぐれた時に一人庭から出ようとしてこの置物を手に取ったからであった。


「とりあえず見つけたからハイドに報告して……あ、姉さんたちの方は問題が起きたからオカルト部を連れて蒼波寺に行くみたいだね。こっちにも迎えに来てもらった方がいいかな?」


「そうね。鶴屋君を運んで蒼波寺の人たちを待ちましょう。置物はこのまま持たせておいた方がよさそうだから、この入り口を守る代わりの何かを――」


「……? どうしたの?」


 ハイドを通じて蒼波寺に応援を頼もうとしていた春は、不意に言葉を途切れさせた佳奈に顔を向ける。

 そこにはスマホの画面をジッと見つめ、画面をスクロールさせている佳奈の姿があった。春の呼びかけにも答えず、画面を流れていく文章を目で追い続ける。

 そしてスクロールが止まると、一つの文を確かめる様に指でなぞる。

 佳奈が読んでいたのは、後回しにしてしまっていた残りのメッセージであった。


 春が言った通り、オカルト部で起きた件についてと蒼波寺に向かうということが書かれており、それだけなら佳奈も特に気にすることはなかったが、その後に純が送って来た一文に引っ掛かりを覚えた。


(元々は一つの噂かもしれない。何で私はこれを疑問に思った? 二つの噂の内容があまりにも違いすぎるから? ……違う、そうじゃなくてもっと別の何か。……肝試し、殺人鬼の噂。そもそもこの噂は何時、誰から始まったもの? 同じ場所の怪異だとしても中身はまったくの別物。元々の噂を誰かがこの家に興味を持つような噂に書き換えた? それじゃあ今この家には二つの噂の怪異が存在する……? 駄目ね。これ以上は情報が少なすぎて憶測にもならない。……そういえば幹也は怪異が複数いる可能性があるって――複数の怪異?)


 その言葉が頭に思い浮かんだ時、佳奈はある一つの可能性に思い至る。

 それはあまりにも突拍子もない可能性。だが、もしそれが当たっているならば、自分たちの行動が迂闊であったと後悔するほどであり、今の状況が非常に不味いことになってくる。

 当たってほしくはないとそう願いながらも、今までのメッセージを再び読み返すと、近隣で夕方に一人でいると現れる怪異についての報告を見つけてしまう。


(……ここに置物がなかったら鶴屋君はどうなっていた? きっとそのまま一人外に飛び出してた。そしてこの怪異に遭遇していた可能性が高い。……それならその怪異は今何処にいる?)


 そこで佳奈は顔を上げ、幹也が張っていった霊符を見つめる。

 張られている霊符は、入り口を守る結界と悪意などから身を隠す隠蓑の二種類の霊符。そして和泉が握りしめている結界をより強固にする幹也作の霊具の存在。

 佳奈たちが来るまで和泉を守り通してきたことからも、これらがこの場所を守り、怪異に気づかせないようにしていたのは明らかであった。

 それはつまり――


「…………ごめんなさい。しくじったわ」


「へ!? いきなりどうしたの?」


「本当に迂闊だったわ」


 突然の謝罪に春は目を瞬かせる。春からしてみれば呼びかけにも答えず、やっと反応したと思ったら謝罪されるのだから意味が分からない。

 佳奈は再度謝罪するとともに、自分たちの置かれている現状を簡単に説明し始めたのだった。


「この結界の場所を怪異に教えてしまったのよ」


 警戒していたとはいえ、そんな結界の中に自分たちは一目散に駆け込んでしまった。それが意味することは一つ、怪異たちにこの場所に何かがあると知らせてしまったということだ。

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