第十一話 春の陰陽結界
「んー? ――ああっ、そういうことかー。でもこの結界の外からは何も嫌な感じとかはしないよ? 条件満たしてないから?」
「恐らくね。夕方一人で歩いていると背後から足音が聞こえるって話だから出てこれないみたいね」
佳奈先輩から事情を聞いた私は結界の外に目を向けるが、私の眼には何も映らない。こんな時、兄さんだったら何の苦労もなく隠れた怪異を見つけられるだろう。
これでも対魔師の中では視える方なんだけどなあ……。
……まあ、ない物ねだりをしてもしょうがないか。それよりも、私にできることを考えないダメね。
何より『こんな場所』に建てられた家の近くに何時までもいたくない。
できればさっき現世に戻ってきた場所までは離れておきたいところだけど――
「とりあえず蒼波寺に連絡入れとくね」
まだ連絡を入れてなかったので、ハイドでメッセージを送る。圏外中でも使えるからこういう時に連携を取りやすくて助かるんだよねー。
よし、送信っと――これで後は返事を待つだけ。
一先ず、優先事項のはぐれた人との合流はできたけど、この後はどうしようか。
私としては佳奈先輩がこの人……鶴屋先輩? と結界で待っててもらって、私が怪異と対峙した方がいいんだけど。
そこら辺も含めて話をすると、佳奈先輩からも提案をしてくれた。
「そうね……今取れるのは二つ。一つはこの結界をより強化して救援を待つ。もう一つはこの結界の外にいると思われる怪異の撃退。私は少しでも危険を避けたいから結界を強化したいわ」
「私はそれよりも怪異の撃退かな。正直言うと、この結界もそれなりに強度はあるんだけど、この置物が力の中心になるよう幹也先輩が弄ったみたいだから、現状だといくら強化しても守護には適さないよ。それに条件を満たさないと現れなくても、怪異としてはそこにいるんだから、鶴屋先輩に憑いてこられても面倒だし」
「……それもあったわね」
私が撃退を押したい理由はこれだ。
姉さんたちからの情報を疑うわけじゃないけど、この怪異が姿を現すための条件は『夕方』に『一人』で『歩いている』とだ。
ここら辺の場所という細かい指定もあったけど、それに関しては絶対じゃない。たまたまこの場所で遭遇したからそこにいると噂になっただけだろう。
それにこの噂には『背後から足音が聞こえる』だから、憑いて来るということがわかっている。わざわざ元の場所まで帰るような律儀な怪異でもない限り、場所は関係ない可能性は高い。
……あれ? それなら今この場所にその怪異は本当にいるの? いや、噂になっているということはここら辺にいるのは間違いない……はず。
それに今は日が落ちる寸前だから時間条件は満たしてる。
とにかく、これが私や佳奈先輩に憑いてくるならまだどうにかできる。だけどこの怪異、本当に今いるのか分からないけど、いるのなら鶴屋先輩を狙ってたってことだよね。
それならやっぱりこの場で待機するより、私が一人外に出て条件を満たして憑くかどうか試した方が話が早いと思う。
問題はその怪異が本当に足音を立てるだけなのかどうか詳しいことがまったく分からないことなんだよね。とりあえず振り向かずに背後に攻撃がベストかな。
――憑かれただけでアウトじゃないことを祈りたいんだけど。
そんな私の考えを伝えると、佳奈先輩は口元に手を持っていき、考える仕草を取る。
……無表情でそれをやってるので非常にシュールだなぁと思う。本当に幹也先輩も姉さんもよくわかるねー。
「春が新しい結界を張ってそこで鶴屋君と春の二人が待機する」
「……はい?」
予想外の案が出た。どうしてそんな考えに至ったのか。何で私が結界を張ることになるのか。佳奈先輩はどうするのか。
佳奈先輩が何を思ってそんなことを言ったのか意図がわからず、正直戸惑う。
そんな私のことは気にせずに佳奈先輩は自身の考えを話し始めた。
「私が一人で適当に歩いて怪異の条件を満たしてくるからその間に春が結界を張る。張り終えたら知らせてくれれば、私も結界に入るから蒼波寺の人たちが来るまでは安全。それにその怪異も私を標的にしているから鶴屋君も安全。これが最適だと思うわ」
「それは佳奈先輩が囮になるってこと? そんなことするよりも、私が一人動いた方が確実だよ」
「言ったでしょ適材適所って。確かに囮をするなら巫女であり、霊力が豊富で私より強い春の方が餌として適材よ。でも怪異はその一体だけとは限らないわ」
「……ねえ、餌って今言わなかった?」
「聞き間違いよ。とにかく、もし春が囮になって怪異を引き付けたとしても、その間に別の怪異に襲われたら気絶している鶴屋君を守りきるのは私には難しいのよ。仮に私の方に複数の怪異が来ても、一人だけなら逃げられるわ」
とても酷いことを言われた気がしたけど、佳奈先輩の言い分を聞いて、確かに私も少し短慮に考えていた。
今回の騒動には複数の怪異が絡んでいるのは既に分かっていたことだ。
本命はあの空き家の中にいる怪異だとしても、空き家の周囲にいる怪異が足音の怪異だけという保証はない。
それこそ幹也先輩の情報から、幻覚や思考を操る怪異は本命とは別の怪異で、私たちに見えない所で隙を伺っているという可能性も十分に考えられる。
だからこそ、私なら鶴屋先輩を守れると判断して、佳奈先輩は自身を囮にすることを提案してきたんだ。確かに私ならそれも可能だ。それこそ結界を張ってから佳奈先輩に憑いて来た怪異を撃退することもできる。
でもこれが姉さんなら、近くに怪異が潜んでいても問答無用で弾く結界とか張れるんだろうなぁ……。
……いやいや、羨むな私。私からついていくって決めたんだ。だから頑張って姉さんたちに褒めてもらおう。
「……わかった。佳奈先輩の方法でいこう。でも結界を張るならここよりもいい場所があるから。そこまで移動したら、佳奈先輩には結界強化用の対の霊符を張ってきてもらいます」
幽世から戻って来た場所なら、結界を張るのにはちょうどいいだろう。
佳奈先輩に今回作り上げる結界の力を強める霊符を手渡し、この場所の結界をそのままにして鶴屋先輩を抱き上げる。
お姫様抱っこになってしまったが、抱えられている鶴屋先輩は気を失っているので、このことを知られなければ文句は言われないだろう。
まあ何と思われても、別にどうでもいいし。
それを見た佳奈先輩が何か言いたげに口を一度開いたが、結局何も言わなかった。
「それじゃあ結界を張る基点の場所まで行きましょう」
結界を出てから、佳奈先輩と隣りだって歩いて進む。
別に気絶した人を抱えたまま走れないことはないけど、走っている時の衝撃で鶴屋先輩が握りしめている置物を落としてしまったら一大事だしね。
そうして歩いていると、何かに見られているような気はする。うーん、何と言えばいいんだろう? 観察されているみたいな嫌な感じ。一応聞いておこうか。
「……佳奈先輩、気付いてます?」
「さっき言ったことだけに集中しておきなさい。……それから、わかってるわね」
「もちろん。そっちも気を付けて」
何時の間にか頬を撫でていた生温い風は止まっていて、聞こえていたはずの鳥の声も聞こえない。それに周囲を霊視している時に視えた。沈みゆく夕暮れによって伸びる私たちの影のものではない何かが。
恐らくさっきの視線の正体。一瞬、足音の怪異なのかとも疑ったけど、条件はそろってない。これが件の怪異かどうかは分からないけど、私たちを狙っているということはわかった。
だけど結局この怪異が何かをしてくるようなことはなかった。
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