オカ研でのとある話 後編
話を聞き終えた僕の感想としては、正直に言ってすごく反応に困る噂話だった。
当事者たちにとっては確かに怖い話だけど、その怪異のテリトリーに足を踏み入れたのにただ現れただけで済んだのなら、それは比較的無害だからだ。
……何かの切欠で凶悪化する可能性もあるけど。
「……なるほど。人に害を与えるわけじゃないとするなら場所に憑くタイプの幽霊や怪異か? いや、確かあそこは山が近いからキツネやタヌキに化かされた可能性もあるが、生息地だったか? ……妖怪なら座敷童やぬらりひょん、正体不明なら鵺も考えられるが、そもそも空き家だから条件が――」
……清水先輩は今の話の考察を始めたけど、そっとしておこう。考察持論大好きな人だから、邪魔しちゃ悪い。
ぶつぶつと呟いている清水先輩にまた始まったと、先輩の隣に座っている柊さんは苦笑いをしている。
【ねえ、祈里ちゃん。その話って何時聞いた話?】
それまで黙って話を聞いていたあかりがそう質問すると、顎に指をあてながら柊さんは視線を宙に彷徨わせる。そして暫く考える仕草を取っていると思い出したのか口を開いた。
「ん-、私もあかりんたちが聞いてくるまで思い出さなかったくらいなんだけど。……確か、友達から聞いたのは……春休み前だったかなー」
柊さんがオカルト話でこんな返事をするということは、この話自体は柊さん基準でも近づかなければ問題ないということだ。
というのも、柊さんは歌方市内でオカルト関係の話を耳にすれば、危ない目に遭わないように軽く調べて深入りしないようにしている。危ないものだったら対処法も調べたりしているらしい。
それにオカルト話などはフィクションとして好きだが、肝試しとか現地調査など、そういうのは怖いから嫌だって豪語する人だ。
『危ない場所には近づかなければ安全! でも、何かあったら怖いから対処法を知りたくてオカ研に入ったんだ。あと先輩たちの話は結構面白いからね』
去年、オカ研を初めて訪れて会った時に、自己紹介後にそう言われた。
怪異は向こうから来る場合もあるから絶対に安全とは言えないけど、柊さんのこの考えは間違ってはいない。ただオカルトに興味がある人たちって、怪異たちからの干渉を受けやすかったりするけどね。
あかりが心配してオカ研の面々には、お手製のお守りを渡してるから、仮に何かあったとしても僕たち対魔師が来るまでは何とか逃げられると思うけど。
そういえば話し終えた時の柊さんの様子が何かおかしかった気がするけど、僕の見間違いだったのだろうか?
そうこうしていると、幹也から情報が送られてきた。空き家に関する噂話も聞き終えて丁度よかったから、ここら辺で切り上げるとしようか。
掲示板に書かれた噂は、さっきの話が独り歩きして噂自体が変わっていったって考えた方がいいかな。だけど掲示板の異常さや佳奈の言葉が何か引っかかるんだよね。でもそこら辺を考慮したとしても――
「……やっぱり掲示板で書かれてた噂なんてありえない、か」
「ないない。あそこら辺で家に関しての話なんて、さっき話したのしか聞いたことないよ。それにそんな危険な噂があったらさ、さすがに先生にチクってでも止めてるもん。……あ、ありえないといえば、一年の子たちの間で噂になってる『存在しないはずの飛び降りた少女』って噂知ってる? ハトっちが一年の子たち連れて調べに行ってるんだよねー」
ぼそりと小さく呟いた言葉だったが、柊さんには聞こえていたのか、その言葉を食い気味に否定すると、別の噂話を話し始めた。
その行動は柊さんからしてみれば、これ以上話題がなかったから、ただ話を変えただけなのかもしれない。でも何故か柊さんのその言葉に、引っ掛かりのような、喉元まで来ている言葉にならない違和感を覚えてしまう。
……柊さんの言葉の何に引っかかった? 見落としてる何かがないか?
「――ああ、そうだ。柊、間違ってたら言ってくれ。お前、その話は調べたんだな?」
この違和感を見過ごしたまま帰っていいかどうしようか迷っていると、先ほどまでぶつぶつと考察していた清水先輩が唐突に柊さんに尋ねた。
「あー……。言わなきゃダメですか? 祈里ちゃん的にはあんまし言いたくないんですけどー」
「それで大体わかった。……この話の大元、それと発信源もその友達から聞いた以上のことはわからなかったんだな」
言い淀む柊さんの様子に、清水先輩は一人納得したようにうんうんと頷いている。
その表情は何処か生き生きとしていて、クックッと小さく笑い声も上げており、正直言って悪いけど、とても不気味だ。
そんな様子にあかりも柊さんも引き気味……あ、柊さんは何か期待した様な顔をしているから違うか。
あかりは僕に何とかしてほしいと目線で訴えてきたので、とりあえず話を進めるために清水先輩に尋ねた。
「えーっと、どういうことですか?」
「先代も知っていると思うが、俺たちオカ研は前部長の代から、オカルト話や噂の情報を集める時には、その話や噂に近いものがないか、他に何かがないかをまず調べることにしているんだ。こういった噂や話っていうのは、大なり小なり脚色されていたり何かが違っていることが多いからな。そうしたものを集めていくと、共通している恐怖の対象があることが分かってくる。――それが大元だ。それと並行してそれが何処から始まったかも調べる。火の無い所に煙は立たぬって言うからな。切欠は何だろうと、何かが必ず出てくるはずなんだよ。柊はこういった調べ物が俺たちの中でも一番得意のはずなんだが……今回はそれが見つからなかった」
やや早口気味でそうだろと確信を持った様子で清水先輩は柊さんに問いかけると、柊さんは嬉しそうだが何処か悔し気に正解ですと頷いた。
つまり清水先輩の言うことを簡単にまとめると、柊さんは噂を聞いてから独自で調べたが、近しいものが何も見つからず、誰が流し始めたのかすらわからなかったと。
……ああ、そういうことか。違和感の正体がわかった。
今回柊さんが語ったのは、噂話じゃなくて誰かの体験談。それも一つだけなんだ。
何時もの柊さんならこれ以外にもこういった話があったって嬉々として語りだすけど、そういった話をしなかったということは、この体験談しかなかったということ。そのことが引っかかってたんだ。
「今までこの話をしなかったのは、他にも確かめに行く奴が出てくるはずなのにそういった話が全くなかったからか?」
「まあそうなんですよねー。友達のお兄さんから順に遡って調べようとしたんですけ――え……あ……れ?」
不意に柊さんの言葉が途切れた。
先ほどまで嬉々としていた柊さんは、目を大きく見開いていて、何かに気づいたように口元をパクパクとさせている。そして震える手で自身のスマホを操作し始めた。
その突然の行動に僕たちが何事かと見ていると、柊さんはスマホの画面からゆっくりと顔を上げた。その顔色は蒼白で、今にも泣きだしそうに瞳が揺れている。
柊さんは僕たちに助けを求めるように視線を巡らせると、震える声で告げた。
「……さっきの話をしてくれた友達……誰か、分からない……です」
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