第六話 オカ研でのとある話

 工藤先生から情報が得られなかった僕とあかりは、オカ研へと足を運んでいた。


「失礼します」


【おじゃまします】


「およ、センダイ君にあかりんじゃん。何か用?」


 オカ研には新入生を含めて六人いるが、僕たちが来た時には現部長である三年の清水晃しみずあきら先輩と、僕たちと同学年のひいらぎ祈里いのりの二人しかいなかった。どうやら残りの部員たちは出払っているようだ。


「こんにちは柊さん。ちょっと清水先輩に噂話で聞きたいことがあってね。今大丈夫かな」


「私も部長も暇してたから別にいいよー。部長、センダイ君が用があるってー。」


「いや、聞こえてたからな。――それで、先代。俺に聞きたいことってなんだ?」 


「実は――」


 出迎えてくれた柊さんに清水先輩に用件があることを伝え、噂話について尋ねる。

 不自然にならないように、幹也から送られてきたメールも利用して、心配だという理由で何か知らないことはないかと尋ねている。念のために佳奈に聞いておいた心当たりのある心霊スポットの場所もそのまま伝えた。

 元々以前の協力者の先輩の代から、オカ研はオカルト相談と銘打って校内で広く活動していたので、今回の相談も特に疑われることはなかった。


「……これでもないな。――うーん、先代が言った場所の噂で家に関してのものは特に見当たらないな」


 表紙に『怖い話~噂~』とラミネートされたファイルを確認した清水先輩は、目ぼしい情報が見つからなかったのか申し訳なさそうに首を振る。


「そうですか……」


 ……空振りか。

 オカ研なら何か情報があるかと思ったけど、当てが外れてしまった。

 こうなったら残っている生徒がいないか探して聞き込みするしかないかと考えていると、残りのファイルを調べ終えた清水先輩が戻ってきた。


「すまん、他のも探したけどやっぱりなかったわ。最近の噂でまだこれにファイリングしてないだけかもしれないけどな」


 目を酷使して疲れたのか、何時も付けている伊達メガネを外して目頭をほぐしていると、ああそうだと柊さんに声をかけた。


「柊、お前ここらの噂に詳しかったよな? 何か知ってることがないか?」


「あー、あそこら辺ですかー、お昼に頼瀬君たちが騒いでたやつだよね。うーん、なんかあった気がするなー」


 あかりと話していた柊さんは本人自慢の金髪をクルクルと指で遊びながら、何だったっけと唸り始める。

 その見た目に加えて着崩した制服や口調でギャルっぽく見える柊さんだが、このオカ研の中では比較的良識的で真面な人である。ちなみに幹也とは同じクラスだ。

 ただこの人、僕のことをサキシロではなくセンダイと呼ぶ。理由を聞いたら、同い年なのにセンダイって面白くない? と、ちょっとよくわからない独特の感性を持っている。


「んー……あっ、思い出した。確かあそこら辺って、夕方とかに一人でいると、背後から足音が聞こえるって噂を最近聞いたね。あとは……空き家を探検していたら何時の間にか知らない人が増えていたってのは聞いたことあるかなー」


「さすが調査担当の柊だな。――しかし背後から足音か。それにもう一つの噂も知らないな。後でまとめとけよ」


「柊さん、探検の方について詳しく聞いてもいい?」


 背後から足音と言うのも気になるけど、今回と関係しているのはこっちの方だろう。柊さんはいいよーと軽い口調で僕たちの近くまで椅子を持ってくる。

 僕たちが話を聞く体勢になっているのを確認した柊さんは、自分も友達から聞いた話だと前置きをしてから話し始めた。


「うーんと、その友達も大学に通ってるお兄さんから聞いたらしいから又聞きになるんだけど。あそこら辺って少し歩けば山じゃん。それで綺麗な川もあるから他所から遊びに来る人とか少ないけどいるみたいなの。私からすれば物好きだねーぐらいにしか思わないけど。で、そのお兄さんの通ってる大学かはわかんないけど、とある大学生グループが川遊びに来たんだ。バーベキューとかもして楽しんでたらしいよ。それで夕方になって帰ろうってなったんだけど、帰り道で誰かが古い空き家を探検でもしようって提案したみたいなんだよね」


 そのまま帰ればいいのに意味わかんないよねー、と所々自身の感想を混ぜつつ軽い口調で柊さんは話を続ける。川遊びの時期とか考えると、少なくとも去年の夏頃にはあった話だとは思うけど、清水先輩も聞いてないということは、その体験した大学生たちの間で流行ったものなんだろうか?

 静かに話を聞いていたあかりも聞いたことがないのか首を傾げている。


「その大学生たちは誰にも会うことなく空き家に入ったんだけど、まあ物珍しさって言っても古い大きな家ってだけだからね。バラバラで探検したんだけど、特別何か起きたってこともなかったみたい。持ってきてたデジカメで家の中を適当に写真を撮るぐらいですぐに飽きちゃったらしいんだけど、帰る前に記念写真でも撮っておこうって、家の庭でみんなで写真を撮って帰ることにしたんだって」


「……うん? 無事に帰れたのか? ということは、撮った写真に何か写ってたのか? それとも帰ってから怪奇現象が起きたのか?」


「ぶちょー、前にも言いましたよねー? 予想するのは別にいいですけど、私が喋ってる時に勝手に口にするのはアウトですよーって」


 柊さんは口を尖らせると、清水先輩に非難するような目を向けた。そんな不機嫌になりましたという態度に、ガシガシとボサボサの頭を掻きながら清水先輩は平謝りしている。


「……まあ、部長の予想は全然違うんですけど。間違ってたので後で私のためにお茶入れてくださいねー。――うん。話を戻すけど、寮に帰った大学生たちは撮った写真を確認し始めたの。撮った写真を見ながら今日あったことを楽しく話してたんだって。で、最後の空き家でのみんなで撮った写真を見ていて、話をしていたんだけど、なんか所々話がかみ合わなかったんだ。と言っても、一緒に行動したとかしてないとか気のせいで片付けられるものだったらしいよ。それでも何かおかしいなーって話になってたんだけど、その時に大学生の一人が最後に取った写真を見て何かに気づいて悲鳴を上げたんだ。……センダイ君、何に気づいたと思う? 部長は勝手に予想して間違ってたんで、もう回答権はありませんよー」


 急にクイズ形式にしてきたけど、オカ研の面々が語っている時では何時ものことなので、特に気にすることじゃない。

 それでクイズの答えだけど、そこまで難しいことじゃない。

 知らない人が増えていたというオカルトな話で、さっき清水先輩が言っていたのが間違いっていうことは――


「写真を撮った人物は欠けるはずなのに大学生たちは全員写っていた……だね」


 柊さんの話や清水先輩の予想を加味して出した僕の回答に柊さんはニヤリと笑みを浮かべると、何処か満足げな様子で大きく頷いた。


「さっすがセンダイ君だね。センダイ君の言う通り、その最後の写真には川遊びに行った大学生全員が写ってた。その写真は誰が撮ったんだろうねー? ……それで、ここからなんだけど。最初は自分たちの勘違いで、タイマーを使って撮ったんだろうって話で片付けたらしいよ。でもね、止めておけばいいのに大学生たちの内の数人が、他の知り合いを肝試しってことで誘ってまた空き家に行ったんだって」


「怖い話とかでよくあるやつだな」


「それで襲われて後悔するまでがワンセットですねー。まあ、そんなことはなかったみたいですけど。……同じように家に入った大学生たちだけど、今度はみんな一緒に固まって行動したらしいよ。それで当然だけど何も起こらなかった。連れてこられた知り合いからしてみれば面白くないよね。その人たちは先に帰るって出てっちゃって、残った大学生たちもこれ以上何も起きないからやっぱり自分たちの気のせいって、無理やり納得させて外に出たんだけど――」


 そこで柊さんは言葉を切ると、僕たちを窺うようにぐるりと視線を巡らせる。そして先ほどまでの口調は鳴りを潜め、顔を伏せると重々しく口を開いた。


「外で待っていた知り合いたちは出てきた大学生たちに言ったんだ。もう一人、一緒にいた奴はどうした? って。大学生たちは当然そんな人は知らないからね。知り合いにどんな奴か聞いたそうだよ。でもね、誰も答えられなかった。確かにもう一人いたはずなのに……誰も顔を覚えていなかった。それどころか、男か女かもわからなかったみたい」


 これが私が聞いた話です。

 そう締めくくって顔を上げた柊さんの表情は、何処か浮かないものであった。

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