幽世と現世 後編
同じ場所であるはずの色が、空気が、彼女たちを取り巻く全てが、これまで認識していた世界から逸脱する。
目に映る色彩は自身が正しく認識していたはずの色などではなく、何処か錆びついたようにも、不自然な程に色鮮やかなようにも見え、ありえざる強烈な違和感として襲い掛かる。
何処か遠くで、近くで、耳障りな誰かが遊んでいるような理解できない声が聞こえてくる。
肌に感じる空気は生暖かいかと思えば、突然刺すような冷たさにもなる。
それら全てが平常心を削り取り、恐怖心を煽る。
この幽世ではこれが当たり前であり、受け入れられない自分たちこそが居てはいけない異物だと、強制的に理解させられる。
「「…………」」
襲い掛かる幽世の理に対して、二人は無言で全身に霊力を纏う。
霊力を纏ったとしても、その目に映る世界は依然変わることはない。しかし、その身に襲い掛かる違和感を、聞こえてくる声を、正しく認識し、幽世に自身を瞬時に慣らすことはできる。
最初から膨大な霊力を纏っていなかったのは、幽世に住まう者たちを悪戯に刺激しないためでもあった。
「……この感覚、やっぱり慣れないわね」
「だよねー。こんな世界に好き好んで住んでいる人もいるらしいんだから驚きだよ。やっぱ住めば都っていうのかなー?」
「少なくとも私はお断りね」
うーんっと伸びをする春の隣で、佳奈は世界の境界線である扉がしっかりと消滅しているか確認する。春が霊力を込めすぎて二人が通った後も残ってしまっていたら問題だからだ。
「じゃあ先輩の後を追うから、案内お願いします」
「ええ、ついて来て」
何時でも行けるよと普段通りに振舞う春に頷くと、佳奈は勢いよく地面を蹴り――跳んだ。
本来の脚力ではすぐに地に足が着くはずのその行動は、霊力が込められたことによって強化され、まるで猫のように軽やかに宙を舞い、学校を囲うフェンスの上に勢いよく着地する。そしてその勢いをそのままに、ガシャンとフェンスの軋む音をその場に残して再度跳躍する。
目の前に建物があればそれよりも高く跳び、地に足が着けば車とほぼ変わらぬ速さで駆ける。
時折感じる嫌な視線を無視して、二人は唯々真っ直ぐに目的地へと駆け抜ける。
もう少しで住宅街を抜けるという時に、二人のスマホのハイドにメッセージと幾つかの写真が送られてきた。
佳奈は少しだけ速度を緩めるとスマホを確認する。
グループ宛に送られてきたそれらの送り主は幹也であった。
「……幹也からね。こっちで確認するから、春はさっきの掲示板を更新してみて」
「えっ――あ、そうだね。わかった」
後ろからついて来る春をちらりと見て佳奈は呟く。
移動しながらでは聞き取るのは難しい声量であったが、霊力を纏うことによって聴力が強化されている春の耳には問題なく聞き取ることができた。
春が取り出したスマホには外見的な異常はないが、電波を示すアイコンは圏外となっており、ハイドのアプリを除いて、アイコンの一つ一つの色が二人自身が認識しているものとは異なっていた。
春はそこから開いたままにしていた掲示板を再度読み込む。
本来なら圏外となっているため表示できないと出るはずの画面は、ぐるぐると画面を読み込むと掲示板のレスが更新されていた。
「……うわっ、やっぱり開けたよ」
「肝試しを行うってレスから先を確認してみて」
表示できたという異常な状態に顔をやや引き攣らせた春は、言われたとおりに肝試しを行うという学生のレスから先を読んで、うわぁと嫌そうな声を上げた。
幹也からのメッセージを確認し終えた佳奈も、その正しく表示されたレスを見て、曖昧であった疑念が確信に変わる。
「兄さんがおかしいレスが幾つかあるって言ってたけど、これは……」
「そうね。あの三人は最初から誘われていたのね」
655:蜷咲┌縺励?隱槭j謇
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楽シミダネ
佳奈たちが目にしたのは、肝試しを行うというレスの後の保守と思われる書き込みの幾つかが文字化けを起こしているものであった。その下には、丁寧にもこの書き込みを行ったモノの思念らしきものも書き込まれていた。
「本当に何時から狙われてたのやら。この人たち何かしたのかな?」
「理不尽に襲ってくるのが怪異だから。……それにこの怪異は性質の悪い奴ね」
そう呟いた佳奈の内心は、自分で対処するのは手こずるかもしれないというものであった。
元々インターネットというのは、不特定多数の者たちが昼夜問わず誰かと繋がっており、数多の人の思念が複雑に絡み合っている。
その中でも掲示板やSNSといったものは、特別な条件もなく誰もが閲覧することが可能であることから、一際人々の思念が介入しやすい場所となっている。
そのため異界や幽世に迷い込んだ人たちがどうにかしたい、助かりたいという強い思いにより、本来ならネットが利用できない場所でも繋がってしまうことがある。それはやがて都市伝説の様に広まっていった。
無論、思念が介入しやすいということは幽世に住むモノなども介入することができる。
基本的に本能で動くことが多い怪異は、掲示板に書き込めたとしても、意味不明であったり、文字化けしていたり、本能のままに書き込んでいる。
しかし中には、今回のように人と変わらない書き込みを行うことが可能な知能が高い怪異もいるのだ。
そういった怪異は総じて厄介でしかなく、発見が遅れ、後手になることが多いのである。そのことを知っている佳奈が警戒するのも無理はなかった。
「そういえば先輩。聞くの忘れてたけど、理科室で言ってたおかしいことって結局何なの?」
「……私が知ってる噂と違うのよ」
「心霊スポットの場所が違うだけじゃないの?」
暫しの沈黙の後に出てきたその答えに春は首を傾げ、疑問をそのまま口にする。
掲示板から得られた情報と佳奈が持っていた情報がただ違っただけではないか。
そんな春の疑問は尤もであったが、幹也から送られてきた写真と情報を得た佳奈はキッパリと否定する。
「幹也から送られてきた写真と情報ね、私が知ってる噂の心霊スポットと一緒なのよ」
「まじかぁ……。その噂ってどんな噂なの?」
スマホから目を離して答えようとした佳奈は住宅街を抜けたことに気づくと、再度の跳躍の後に地面に降り立った。
そのまま足を止めてゆっくりと振り返ると、同じように着地した春と目が合う。
人形のような無表情と感情の籠らないその目は、幽世という空間の雰囲気も合わさり、より不気味さが醸し出されている。
悪気はないとはわかっていても、その目に見つめられた春は内心でビクリと反応する。そんな春を特に気にすることなく、佳奈は自身の知る噂を語った。
「あの家に特定の何かが出る話じゃないわ。……あの家に入ると“増える”のよ」
「……何が?」
「――人よ。肝試しでも、探検でも何でもいい。あそこに勝手に入ると何時の間にか人が増える。それだけの話なのに……不思議ね」
無表情のまま首を傾げる仕草を取る佳奈になのか、それともその噂の内容になのか。どちらが原因かは分からないが、春は薄気味の悪さを覚えずにはいられなかった。
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