肝試しへの誘い 後編

《さっきのURLは何? 何かあった?》


 ハイドを使ったのは俺にメッセージが送れない可能性を考慮したからだろう。

 早速現状を伝えようとしたが、タイミング悪く恭たちが呼ぶ声が聞こえてきた。

 ……一応俺が厄介事に首を突っ込んだのは伝わったから返事は後でもいいか。


「――ん? これは……?」


 スマホを戻して恭たちの元へと向かおうとした時、玄関門の近くの茂みに何かが書かれた木の板を見つけた。普通ならあまり気にしないはずだったが、それが妙に俺の勘に引っ掛かった。

 そのまま持ち上げてみると、その木の板は長年放置されていたためか、書かれている文字は擦れてしまっていて読めない。

 何とか読めないかと手で汚れを祓ってみると〈・屋〉というのが読み取れた。

 恐らく玄関門に掛けられた表札が落ちてしまっただけなのだろう。そう流そうとしておかしなことに気付いた。

 

 ――空き家ならば表札があるはずない。


 落ちていたことから前の住人が片付け忘れたとも考えられるが、放置されたままというのはおかしくないか?

 それを皮切りにして次々に生まれてくる疑問。やはりこの家は何かがおかしい。もっとよく考えれば閃きそうな気がしたが、また恭たちが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 ……今は恭たちを放っておく方が危ないか。


 表札をそのままにしておくのも気が引けたので、玄関門に分かりやすく置いて、恭たちの元へと向かった。

 急ぎ足で到着すると、今まさに恭が通り抜けているところだった。


「遅かったけど、何かあったの?」


「いや、何でもない。ちょっとメール来てたから返事してただけだ。……それで、これが壊れていたところか?」


「そうそう。シロたちは気づかなかったみたいだけど、色が少し変だったから調べてみたら木の板で隠してあったんだ。やっぱりこれだけボロければどこかしら壊れているもんだね」


「……本当によく見つけたな」


 ドヤ顔で自慢する和泉に返事をしつつ、壊れていたという部分を観察する。

 しゃがみ込めば人一人が問題なく通り抜けることができるような大きさで、俺たちが話している間に史郎も問題なく通り抜けていた。


「シロも通り抜けれたみたいだね。……引っかかると思ったのに」


「――ぷっ」


「おい、ズミ! 聞こえてんだよ! キョーも幹也も笑ってんじゃねえ!」


 ぼそりと呟いた和泉の言葉は向こうの二人にも聞こえていたようで、史郎の怒鳴り声に和泉はビクリと体を震えさせる。

 助けを求めるように俺を見てくるが、口を滑らせたのは和泉なので助ける気はさらさらない。

 黙って首を振ってやると、和泉も諦めたのかトボトボと通り抜けて――あ、しまった。俺が先に通り抜けるべきだったか?

 止めようとしたが、それより先に和泉が向こうへと通り抜けていった。


「……しょうがない、俺も行くか」


 覚悟を決めて、言葉にする。

 姿勢を低くして通り抜けようとした時に、穴の横に立てかけられた木の板がふと目に入った。壊れた部分を隠すために使われていた物だろう。

 確かに木造フェンスと似ている色が、よく見れば違うことがわかる。だけど何か違和感があるような……?


 ――いや、先に俺も中に入っておいた方が良いな。


 フェンスの先にいる恭たちの姿に、一先ずは合流すべきだと鞄を胸に抱えて、ゆっくりと足を進める。

 通り抜けた瞬間に、何処か空気が重くなったような気がした。だが嫌な感じはしない。

 問題なく通り抜けて立ち上がった瞬間、つま先がレンガの土台の淵を超えてしまいバランスを崩しかけたが、何とか持ち堪えた。


「――ふぅ。危ない危ない。さてと中はどんな状た――これは酷い……」


 思わず声が出た。

 周辺が手入れされていなかったからある程度予想はついていたが、庭も酷い有様だった。色々な植物が至る所で生い茂っていて、前に住んでいた住民が置いていったのか、ガーデンチェアやテーブルと思われるものが転がっていて、蔦も巻き付いている。

 また、風か何かで入って来たのか、それとも誰かが投げ入れたのか。ビニールやお菓子の袋などのゴミも散見していて、長い間放置されていたということが一目でわかるほどの惨状だった。

 恭たちも目を覆いたくなる程の状態に口々に言葉を漏らしていたが、止める間もなくそれぞれ駆けていってしまった。


「今のところは放っておいても大丈夫そうな気がするし、この間にメールしておくか」


 嫌な感覚はまだしない。その場で一人残されてしまったが、好都合だ。

 手早く凪にメールを送る。ハイドを使うべきかもしれないが、まだ電波が繋がる状況にあると伝えるためにはこっちの方がいい。

 ……あ、そういや佳奈に連絡してなかった。心配させるのもあれだから、一応凪には言わないように伝えておくか。


「お前ら! 裏口のドアが開いてたぞ!」


「……は?」


 俺も探索を開始しようとした矢先に恭の声が響き渡り、思考が一瞬停止する。

 いや、なんで裏口が開いているんだ?

 庭に入って分かったが、この家の一階の窓部分もしっかりとアルミ製の雨戸が閉じられていて、小さな小窓も侵入を防ぐためにフェンスが取り付けられている。

 そんな風にしっかりと戸締りがされているのに何で裏口だけが都合よく開いている?


「……もしかして、誰かが出入りしているのか?」


 よくよく庭を見ると、踏み荒らされた跡と言うべきか点々と他と比べて植物の成長が遅いような部分がある。それにさっきの通り抜けられた部分って、和泉が言うには木の板が外せたというし、誰かが出入りしている可能性が高い。

 考えられるなら俺たちみたいに肝試しに来た連中だと思うが……。

 ――いや、まてよ。そもそもこの家の噂は何処からきた? 何で俺は初めからこの家に入ることを前提に動いている?

 その考えが頭を過った瞬間、何処か霧がかって曖昧に流していた思考がスッと晴れた。


 恭は友達から聞いたと言っていたが、その友達っていうのは一体誰だ?

 何で誰もそれを聞かなかった? 史郎も和泉も何でこの家をボロボロだと言った?

 何でさっきあいつらが駆けだした時大丈夫だと思った? そもそもこの肝試しを行う前に場所だけ聞いてれば、先回りして祓いに行くこともできたじゃないか!?


 ああ、クソっ! 思い返せばおかしいことばかりだ。何時からこうなっていた?!

 それにさっきまで感じなかった瘴気だけじゃなくて穢れの気配もするぞ!?

 自分の迂闊さに叫びたくなるが、今はそれどころじゃない。あいつらが家の中に入る前に早く合流しねぇと――!!


「――いや、それは駄目だ」


 駆けだそうとした足がピタリと止まる。

 過去の経験から今のこの状況を考えると、感情的に動くのはかえって危険だ。

 凪も佳奈たちも今この場にはいない。だからまず落ち着け。そして時間をかけずに素早く分析しろ。


 まず俺の状況だが、恐らく思考が誘導されていた。これは間違いない。そして恭たちもどこかおかしくなっていると考えていい。俺と同じ思考の誘導以外だと、若干の凶暴性と幻覚、家への執着か?

 ということは、この家に近づいた人の思考を誘導している怪異がいる可能性がある。この怪異のテリトリーが何処からか分からないが、そういった怪異は人に危害を加えてくることが多い。だが、今回のこの怪異の能力には不可解な点がある。


 それは思考の誘導。これがあまりにも簡単に解けてしまったことだ。何度か流されたが、強い違和感を持った瞬間に解けたということを考えると、思考の誘導自体はそこまで強いものじゃないのか?

 ……それとも、元々の目的が肝試しに来た恭たちだから、おまけでついて来た俺はどうでもいいということか? いや、俺も思考の誘導にはかかっていたんだ。何かが違う気がする。


 ――怪異は複数いる……?


 少々考えすぎではないかと思うが、凪はあらゆる可能性を考えた方が対策は立てやすいと言っていたから、これも考慮に入れておいた方がいいだろう。

 ……ここまでの考え自体が誘導されている可能性もあるが、これこそ考えすぎだろう。とにかく、このまま恭たちと合流するのは危険だ。


 今後の備えのために鞄の中から大きめの巾着袋を取り出す。

 その巾着袋から手のひらサイズの銀の土台に乗った小さな水晶の置物を取り出すと、俺たちが入って来た壊れたフェンスの外側に分かりやすく配置した。


 水晶には周囲の邪気を祓ったり、土地を清めたりするといった力を持っている。

 水晶を外側に置いたのは、フェンス内が怪異のテリトリーならば、少しでも怪異の影響を受けにくいと思ったからだ。

 自作のこの置物は邪気を祓うことに特化していて、魔除けの銀の土台と水晶だけでなく、小さなオニキスも取り付けている。

 オニキスはロザリオに使われるぐらいの邪気を祓う魔除けの石としての力だけでなく、組み合わせた石の力を増幅させるパワーストーンとしての役割もある。サイズは小さいが、これがあれば限られた範囲だが結界としての役割を果たしてくれる。


 そしてフェンスの内側と外側の両方に、結界と隠蓑の霊式がそれぞれ施された霊符を二枚貼り付ける。隠蓑は結界用に調整した自作の霊式だ。

 これで悪意ある怪異はこの出入口を視認することはできないだろう。

 あ、あいつらが問題なく結界に入れるように細工をしておかないとな。


 本当なら凪が持っている瘴収箱のようなものがあればいいが、あの箱は俺には難しすぎて無理だ。

 精々俺にできるのは、パワーストーンとかを組み合わせたりしたちょっとした自作霊具ぐらいだが、退路の確保ができたからこれで良しとしよう。


 それに俺がここまで念を入れるのには理由がある。

 俺たちが入って来たこの壊れた部分。もしかして鬼門もしくは裏鬼門の方角ではないかと思ったからだ。

 今は雨戸で塞がっているが、ここからだと窓の位置がバッチリと見えている。この家の正確な方位がわからないので何とも言えないが、少しでも厄介事の可能性を潰しておきたい。


「――っと、凪からか。……あー、これはしょうがない。いや、むしろラッキーか?」


 退路の確保を終えたと同時に凪から送られてきたメッセージを確認する。

 それは佳奈に話したというものと、次からはハイドで全員に送れというものであった。バレてしまったのは後が怖いが、佳奈は恐らくこっちに来るだろう。

 もしかしたら凪たちも来るかもしれない。

 あかりや春は凪と一緒にいるはずだしな。

 純は……寺の用事があるって言ってたから恐らく無理だろう。


 凪たちも動き始めてくれたから俺が優先すべきなのは、あいつらがこの家に入らないようにすることだな。

 庭に入った時点で既に色々と不味いが、これ以上怪異の思い通りにさせるわけにはいかない。

 最悪全員気絶させてでも……いや、それは逆に駄目だな。

 気絶した人間なんて怪異からすれば恰好の的だ。

 一人とかならまだしも、三人になると俺が守り切れない。となると最善策は、凪たちが来るまで抑え込むこと。無理そうなら怪異の興味を俺に移すしかないか。

 霊具を身に着ければ即座に怪異の興味は引けるだろうが、恭たちのことを考えると状況次第か。

 ある程度の方針を固め、俺は恭たちの元に駆けだした。


 この時の俺は凪たちが来てくれると知って、運がこちらに向いたと、少しだけ気が緩んでしまっていたんだ。

 もし油断せずに凪たちとの情報共有を優先していれば、この後の結果はまた違っていたのかもしれない。

 結局俺の勘は最終的に俺にとって一番『マシな結果』にしかならないのに。

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