第四話 肝試しへの誘い

 時は凪が理科準備室に駆け込んだ頃に巻き戻る。


 その日の授業を終えた生徒たちは、早速思い思いに放課後を過ごそうとしていた。

 ガヤガヤと騒がしくなる教室の中で、ボーっとスマホを操作していた茶髪の少年――高城幹也は、手早く帰り支度を整えると友人たちに挨拶をして校舎を出る。

 そのまま自転車置き場の一角に集まっている男子三人組の元へと足を進めた。


「ああ、だから――お、来たな幹也」


 近付いて来る幹也に気づいた三人組は話を中断すると、金髪に髪を染めている目つきの悪い男子――頼瀬恭よりせきょうが幹也に向けて片手を挙げた。


「もう集まってたのか」


「俺たちはチャイムが鳴ったと同時にダッシュで来たからな。よし、これで全員揃ったな。シロ、ズミ、準備はできてるか?」


 恭はスマホ片手にやや芝居かかった口調でニヤリと笑みを向けると、シロと呼ばれた坊主頭のがっちりとした体格の男子――方蔵史郎かたくらしろうと、ズミと呼ばれた眼鏡をかけた気弱そうな長身の男子――鶴屋和泉つるやいずみにも声をかける。

 恭の言葉に、史郎と和泉も悪だくみをする子供のような笑みを浮かべた。

 彼ら三人は小学校からの付き合いで、毎日集まっては色々なことをしてきた。

 この日集まったのは恭が発案した肝試しを行うためであり、幹也が一緒にいるのは昼休みに誘われたからであった。


「しっかし幹也がこういうのに参加するなんて珍しいな。それに今日は白井さんと遊びに行かなくてよかったのか?」


「佳奈は今日図書委員の仕事があるらしくてな。先に帰っててくれってメールも来てたから大丈夫だ。まあそういう訳だから、たまには野郎同士で楽しくやろうぜ」


 そう外側にはねたくせ毛をいじりながら言う幹也に納得した恭たちは、じゃあ行こうぜとそれぞれ自転車に乗って出発した。


(悪いな、恭。一番安全に上手くいきそうな気がするのが、俺がついていくことなんだ……勘だけどな)


 先頭を走る恭たちの後を追う幹也は、楽し気に会話をしている三人に胸中で謝罪する。

 元々肝試しの話を聞くまでは、部室である理科室で佳奈を待ちながら凪たちをいじりつつ、霊具の調整をしようと幹也は決めていた。だがその前に恭たちが肝試しをしようとしていると聞いてしまった。

 幸いにも恭たち以外はこの肝試しに参加しようとする者はいなかったので、一安心する幹也であったが、話を聞いた以上止めようとしたのだが、これまでの恭たちとの付き合いから、間違いなく三人は肝試しへと向かうだろうということが容易に想像がついた。

 そのため目の届かない所で危険な目に遭わせてしまうよりも、自分がいる状況の方がまだ安全だと考え直した幹也は、恭たちの肝試しに参加することにしたのだった。


(実際には何も起こらないってのが一番良いんだが……多分無理だな)


 わいわいと雑談しながら心霊スポットに向かう三人に相槌を打つ幹也であったが、近づきつつある心霊スポットに内心嫌な予感を覚える。その予感を少しでも払拭させようと、自転車のカゴに収まっている自身の鞄に視線を向けた。

 その鞄の中に入っているのは、幹也自身の霊力に合わせて独自の霊式を組み込んだ霊符が十五枚と幾つかの霊具に塩。

 脅威度が低い心霊スポットならば、数人を守りながら対処するのに十分すぎる装備であった。


(恭が言っていた心霊スポットの内容が本当なら、今の手持ちの霊具じゃ危ないんだが、大丈夫な気もするんだよな……多分だけど)


 今の状況を軽く分析しながらも、幹也は『気がする』という自分自身の曖昧な勘を信じていた。それが今まで最良の結果になってきたからだ。

 幹也自身の対魔師としての実力自体は平均的だが、昔から異常な程勘が良く、幸運に恵まれてきた。しかし幹也自身、昔からこの勘の良さに苦しめられることも少なくなかった。

 その中でも、自身の信念を裏切ることになるからと大きく勘に逆らったことが過去に数回。それら全てが、幹也にとっては最悪の結果となって返ってきた。

 そうした過去があったためか、今の自身の行動が迂闊かもしれないと思いつつも、大丈夫な気がするという勘を信じることにしたのだ。その過程はどうであれ、この勘に従うことこそが、結果的に幹也にとっての最良になるのだから。


「――それで僕はあっちの山は行ったことないから結構楽しみなんだよ」


「俺もないな。けど市外の方からは結構山登りとか川遊びに来るらしいぜ」


「らしーな、幹也も……おーい、幹也? お前話聞いてたかー?」


「――ん? ああ、悪い。聞いてなかった」


「おいおい、今更ビビって……いや、ズミならともかくお前がそれはないな。しょうがねぇな、もう一回説明すんぞ」


 着いてからの対策を考えていたためか、幹也は何時の間にか黙り込んでいた。それに対して何やってんだよとばかりに茶化そうとした恭であったが、まあいいかと気を取り直すと、一旦自転車を停めてから自身のスマホの画面をずいっと幹也に見せた。

 同じように自転車を停めた和泉がひどくないかと叫ぶ声が聞こえるが、幹也は恭たちの何時ものやり取りだと、特に気にすることもなく恭のスマホに視線を落とした。

 それは地方のオカルト関係を取り扱う掲示板であった。


「もうすぐ噂の家に着くけどな。普通に肝試しするだけだとつまらないだろ? だからこの掲示板で肝試しを実況することにしたんだ」


「そうは言っても主に実況するのは恭だから。僕やシロはもし何かあったら書き込むだけだけどね」


「昼のうちにキョーが掲示板に書き込んでたんだ。それにこいつゴールデンウイークの時から色々準備してたんだぜ。そういうわけで幹也にもURL送るなー」


 史郎から送られてきたURLで掲示板に入れることを確認した幹也は三人に礼を言うと、一同は再び目的地に向かって自転車を走らせる。


(……これは凪に送っておいた方がいい気がするな)


 三人の視線が外れたことを確認した幹也は手早くURLをコピペすると、凪の仕事用のスマホへと送信した。

 この時幹也がハイドのアプリを使わなかったのは、今手元にあるのが私物のスマホで、ハイドがインストールされている方は鞄の中に入ったままであった。

 メールが無事送信できたことを確認した幹也は、そのままスマホをズボンのポケットにしまって三人の会話に混ざる。

 そうして休むことなく自転車を走らせるうちに見えてきた木造住宅に幹也は睨むように目を細めた。



 目的の木造住宅は山の入り口近くに建てられていて、近くに見える民家とは数百m程の距離がある。

 車を停めるためにあったと思う家の前の空き地に自転車を停めると、恭が掲示板に到着の報告をしたいというので、その間に俺たちは周囲の探索を始めた。


 巨大な玄関門があることから予想は付いていたが、この木造住宅は一世帯が住むには広すぎる大きさだ。しかし長らく人の手が入っていないのか、何処か寂れているようにも見える。

 家を囲む木造のフェンスはレンガを土台にしてそこそこの高さで、外からの視線を防ぐためか隙間は見当たらない。ここまではいいが、おかしな点が一つ。

 それはフェンス上部に張られている有刺鉄線だ。これは空き家になってから付けられたのだろうが、普通空き家になったからって有刺鉄線なんか張るか? それほど侵入しようとした奴が多かったのか?

 二階の雨戸はしっかりと閉められていて、有刺鉄線さえなければ少し古臭い普通の空き家にしか見えない。あとは手入れがされていないから周囲一帯が膝下ぐらいまで雑草が生い茂っている。

 史郎と和泉はフェンス沿いに歩いて侵入できそうな所を探しに行ってしまったので、俺は少し離れた所で探索するフリをしながら、この家の外観をスマホで撮影する。


「見た感じはただのでかい空き家に見えるんだけどな」


 俺自身の霊視能力が弱いので見敗れていない可能性もあるが、やはりこの家には問題がないように思う。未だ違和感は解消されてないけど、その理由がわからない。

 そういえば見る限り売り物件の標識とかは見当たらないな……。

 …………いや、今それを考えてもしょうがないし、凪に写真を送って霊視を頼んだ方が確実だな。あとはこの場所の住所を調べておい――


「おーいお前ら―! 入れそうな所は見つかったかー?」


 住所を調べようとしたタイミングで、掲示板に報告を終えた恭が辺り一帯に聞こえるように大声で呼びかけてきた。

 まだ住所を調べられていないが仕方ない。恭のいる所から俺がいる所は視えている。諦めてスマホをもう片方のポケットにしまって恭の元に戻る。それとほぼ同時に史郎も戻ってきた。


「和泉と一緒じゃなかったのか?」


「ズミはもう少し探すってさ。だから先に俺だけ戻ってきた。とりあえずぐるっと周ってきたが、鉄線が邪魔で登れそうな所はなかったな」


「マジか。この玄関も鍵かかってて開かないしなぁ。幹也の方はどうだ?」


「あー、こっちも同じだ。あそことかの木から飛び超えればとかも考えたが、距離がありすぎて無理だな」


 俺の言葉に肩を落とす二人。

 これで諦めてくれれば楽なんだが、この程度じゃこいつらは諦めないだろう。

 案の定、史郎はキョロキョロと踏み台にできそうな物がないか探し始め、恭は諦めきれないといった様子で、玄関門が開かないかとガタガタと揺らし――って、おい。


「恭、それはヤバイぞ。壊したらどうする気だ?」


「大丈夫だって。もしかしたら開くかもしれないし、別に壊れたとしてもバレなきゃ問題ないって」


 これから空き家に不法侵入しようとしているのに今更何を言っているんだと思うが、こういった場所の物を壊すのは、色々な意味でマズい。

 普段ならそんなことをするはずがない恭を止めようと声をかけるも、平気平気と言うばかりで全く気にした様子もなく、開けようと動かす手は止まらない。

 そんな俺たちの騒ぎに気づいた史郎も、恭がやろうとしていることがマズいと思ったのか、慌てて止めに入ってくれた。そのおかげで何とか恭の暴走を止めることができた。


「お前なー、少しは考えろよ。こんだけボロボロの家の門でもさすがに壊すのはヤバイだろ」


「……ああ、そうだな。悪かったよ」


「はぁ、わかればいいけどよ。あー、乗り越えるんならタイヤみたいな積み上げれそうな物とか何か落ちてないか?」


「いや、それよりも――」


 何処か釈然としない顔で謝る恭に、呆れた様子の史郎。

 そのまま二人はまた家に侵入するために何か持ってきた方がいいかと話し始める。


 ……人を呼んできて、通報でもされた方がよかったんじゃないかという考えが一瞬頭を過ったが、さすがにそれは酷い――ん? そういえば史郎の今の言葉、何かおかしくなかったか?

 先ほどの史郎の言葉に違和感を覚え、その言葉の意味を尋ねようとしたが、またタイミング悪く和泉が戻って来た。


「三人とも! 入れそうな所見つけた!」


「ほんとか!?」


「木の板で隠してあったんだけど、フェンスの一部が壊れてたみたいなんだ。一応通り抜けて確かめたから。ほら、こっち!」


 内心で何で見つけたんだよととか、この空き家の管理者はなにしてんだとか愚痴が出てしまうが、見つけてしまったものはしょうがない。

 喜び勇んでその場所に向かう三人の後を追おうとした時、凪からハイドでメッセージが送られてきた。

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